第18話 新拠点

 翌朝、俺たちは冒険者ギルドを再訪していた。

 拠点となる借家を決めるためだ。


 アインス滞在は短期間の予定なので、宿屋に泊まるという選択肢もある。

 ただ、アインスの宿屋のほとんどがお金に余裕のない冒険者向けの安宿だ。

 ドライの街の生活に慣れた俺とシンシアにとっては快適とは言い難い。

 昨夜も比較的マシな宿に泊まったが、一泊で勘弁というのが正直な気持ち。


 俺たちが満足できるレベルとなると、金持ち向けの高級宿しかなく、それはさすがに予算オーバー。

 そういう事情があって、家を借りることにしたのだ。


 早朝はギルドが混み合うし、馬車疲れもあるので、今日は焦らずゆっくり目のスタートだ。

 ゆったりと朝食を済ませ、ギルドに到着したのが午前10時頃。


 閑散としたギルド内。カウンターにも冒険者の姿はまばらだ。

 全部で十あるカウンター窓口を見渡してみたが、ロッテさんの姿はないようだ。

 ロッテさんは俺たちの専属になったので、彼女に声をかけるべきなんだろうけど、その本人の姿が見当たらない。

 しかたがないので、空いていた窓口に向かい、受付嬢に話しかける。


「『精霊の宿り木』のラーズですけど、ロッテさんに取り次いでもらえますか?」

「……あっ、はい。お話は伺っております。少々お待ち下さい」


 受付嬢は後ろを振り返り、「ロッテさーん」と声をかける。

 カウンターの後ろは二十人以上のギルド職員が仕事を行う事務スペースになっている。

 声をかけられ、ロッテさんが顔を上げるのが見えた。

 もう一人の若い、というか幼い見た目の女性職員と書類の山を挟んで、なにか話をしていたようだ。


「はーい、今行くー」


 返事をしたロッテさんは、その女性職員にひと言ふた言いいつけて、こちらへ向かってきた。

 女性職員はあからさまに大きなため息を吐いているが、その顔は疲労困憊といった様子だった。


「おはようございます。ラーズさん、シンシアさん」

「おはようございます。というか、大丈夫なんですか?」


 疲労困憊なのは女性職員だけでなく、ロッテさんもだった。

 目の下には大きなクマ。普段は丁寧に整えられた髪も乱れている。

 それに、いつもよりピリピリしてる気がする。


「ええ、大丈夫です。ちょっと引き継ぎ作業をしているだけですので」

「…………そうですか。あまり、無理しないでくださいね」


 「ちょっと」と言う割には、どうみても徹夜明けの状態なんだが……。


「大丈夫ですよー。たったの一週間。それを乗り切ればいいだけですから」

「が、頑張ってください」


 そう言い返すことしか出来なかった。


「今日は、昨日お話した不動産の件ですよね?」

「ええ」

「分かりました。その前に、お渡ししたいものがあります」


 それは手のひらサイズの魔法処理がなされた金属プレートだった。


「今朝、正式に辞令が出ました。これで私は『精霊の宿り木』の専属担当官に任命されたことになります。このプレートはその任命証ですので、なにかご用件がありましたら、受付の者にご提示ください。すぐに私に取り次がれますので」

「はい。分かりました」


 俺は任命証である金属プレートを眺める。

 俺に専属がついたことが、未だに実感が沸かない。


「取次はどの窓口でも結構です。混んでる場合は特務窓口でも構いませんので」


 特務窓口!

 また、凄い名前が出て来た。

 特務窓口というのは、極めて緊急性の高い案件のみを取り扱う窓口だ。


 街道沿いにモンスターが大量発生しただとか。

 ダンジョンに通常は現れないモンスターが現れただとか。


 二十四時間いつでもギルド職員がスタンバイしているが、その性質上、仕事はほとんどない。ギルド職員の間では当たりシフトと呼ばれている窓口だ。


 しかし、取次だけで特務窓口を使用できるとか、あらためて専属担当官がつくことの大きさを理解する。


「それで、不動産の件ですが――」

「ああ」

「不動産担当にも、話は通っております。任命証を提示していただければ、スムーズに行くと思います」

「分かった。助かるよ」

「ちなみに、今日はダンジョンに潜る予定ですか?」

「ええ。拠点確保がすんなり進めば、午後からでも。初日なので軽く肩慣らし程度ですが」

「では、帰還後にご報告お願いいたします」

「えっ? でも、何時になるか分からないですよ?」

「ええ、何時でも問題ありません」


 それが当たり前とばかり、ニッコリと笑うロッテさん。

 目の下の大きなクマが、とっても怖かった。


 ――ギルド職員はドラゴンよりタフじゃないと務まらない。


 巷間の伝えは、あながち間違っていないのかも……。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ロッテさんに言われた通り、専属担当官の任命証を見せると、話はトントン拍子で進んだ。


「寝室がニつにリビング。ギルドに近い場所がいい。それと期間は一週間だ」


 不動産担当は中年の男性だった。

 俺たちが条件を提示すると、不動産担当は渋い顔をした。


「一週間ですか?」

「ああ」

「短期間は嫌がる家主が多いんですよね」

「長居をするつもりはないんでな。大家(おおや)が渋るなら、相場にいくらか上乗せしても構わない」

「それなら、なんとかなるかもしれないですね。ちょっと調べてみます」

「ああ、よろしく頼む」


 不動産担当は分厚い書類の束をめくり始めた。

 不動産の賃貸は一週間単位が基本だ。

 だが、実際短期間で借りるケースはほとんどない。

 ダンジョン攻略は年単位の長期戦だからだ。


 それでも、最短期間である一週間と指定したのは、俺の決意――ファースト・ダンジョン攻略に一週間もかけないという決意――その表れだ。


 しばらくして、不動産担当がいくつかの候補を提案してきた。

 俺たちは候補を実際に内見して、そのうちのひとつを借りることにした。


 少し古びているが、問題なく使える部屋だった。

 その上、ギルドまで徒歩五分という好立地だ。

 不動産担当が提示してきた賃料は相場よりかなり高かったが、サード・ダンジョンで稼いでいた俺たちにとっては誤差の範囲だ。その点はまったく問題ない。


 ただ、ひとつ問題があると言えば……。


「結構、埃を被っているわね」

「ああ」


 しばらく使用されずにいたのだろう。

 部屋内にはうっすらと埃が積もっている。


 普通だったら、今日一日掃除に掛かり切りになるところだ。

 しかし、俺には精霊術がある。

 試すのは初めてだが、【精霊統】としての直感が大丈夫だと告げている。


『風の精霊よ、塵と埃を集め、外に運び出せ――【吹飛(ブロウ・アウェイ)】』


 風の精霊たちが家中の塵と埃をかき集め、開けておいた窓から外に捨て去る。

 続いて――。


『水の精霊よ、部屋と家具を清めよ――【清掃(クリーン)】』


 水の精霊たちが床や家具を綺麗に磨き上げていく。


「すごい、ピカピカじゃない!」

「ああ、便利だなこれ」


 軽い気持ちで試してみたが、その成果は想像以上だった。

 先程までの埃まみれの部屋が嘘のよう。

 今すぐ快適に暮らせる綺麗な部屋へと、変貌していた。


「これなら、今すぐにも暮らせるわね」

「ああ、そうだな」


 物件もすぐに決まったし、掃除も一瞬で終わってしまった。

 これなら、午後の時間をたっぷりと使うことが出来るな。


「すぐに出かける?」

「ああ、そうだね。ちょっと早いけど、昼食は屋台で済まして、早速ダンジョンに向かおう」

「じゃあ、着替えてくるわね」

「ああ、俺もすぐ済ます」

「また後でね」

「うん」


 俺とシンシアはそれぞれ割り当てた寝室に向かう。

 部屋に入った俺はダンジョン探索用の装備へと着替え始めた。


 とは言っても、今着ている服にローブを羽織るだけだ。

 今着ているシャツとズボンはパッと見は普通の格好だが、軽くて防御力の高いものでダンジョン探索用としても十分に通用するものだ。

 不測の事態に対応できるように、俺は街中であっても、これを身に付けるようにしている。


 そして、その上から纏うのは、くすんだ黒灰色の膝丈まであるフード付きローブ――『バロメッツの黒ローブ』だ。

 バロメッツという、羊と植物が融合した様なモンスターのドロップ品であるバロメッツ・ウールで編み上げたものだ。


 バロメッツは高さ1メートルの低木型モンスターで、地面に露出した根っこを器用に操り、速い速度で移動する。

 木の上部に赤い実をいくつもつけており、その実を高速で打ち出してくるのだ。

 実は固く、直撃するとかなりのダメージを受けてしまう。


 ここまではよくある植物型モンスターの行動と同じなのだが、バロメッツは他とは違う特徴がひとつある。

 なんと、バロメッツの実は熟すと、羊になるのだ。


 低木の上に生える羊!

 なかなか珍妙な絵面だが、ダンジョン内ではもっと異形なモンスターも出現する。

 これくらいで驚いていたら、冒険者は務まらない。


 バロメッツの厄介なところは、この羊部分が睡眠魔法を唱え、冒険者たちを眠らせてくることだ。

 高速で飛んでくる赤い実を躱しながら、羊を先に倒す――これが攻略パターンだ。


 しかし、言うは易し。

 バロメッツは通常、複数の群れで現れるのだ。

 実を飛ばす波状攻撃と飛び交う睡眠魔法。

 多くの冒険者が手こずる強敵である。


 と、さも見てきたように語ったが、俺は実物を見たことすらない。

 バロメッツはサード・ダンジョンの中層以降に現れるモンスター。

 第15階層までしか到達していなかった『無窮の翼』では、出会うこともないモンスターなのだ。


 そんな強敵の素材で出来たこのローブを自慢、もとい、説明する前に、防具について一般論を述べよう。


 防具にはニ種類ある。

 ひとつ目は素材の硬さで防ぐもので、ふたつ目は魔力を通すことによって防ぐものだ。

 剣士などの力があり魔力に乏しい前衛職は前者を用い、非力で魔力の高い後衛職は後者を選ぶ。

 中には両者のハイブリッドもあり、ただでさえ硬い金属や竜鱗で出来た鎧を魔力でコーティングしたものは、最高の防御力を誇る。

 しかし、それを使える者は限られる。


 もちろん、俺には無理だし、『無窮の翼』で言えば、【剣聖】バートンは脳筋で魔力がほぼゼロなので、そのデカい体躯にバカみたいに重たいフルプレートを装備していた。


 その限られた使い手が【勇者】クリストフだ。

 双剣の使い手で光魔法も使えたクリストフはミスリルプレートメイルを装備していた。

 魔力で青白く発光するクリストフの全身鎧は、彼の俊敏な動きを阻害しない軽さで強固な守りという、反則みたいな代物だった。


 このローブはもちろん、後者の魔力を流して守備力を高める防具。

 サード・ダンジョンに挑むために、『ドライ』の街で仕立ててもらった特注品だ。

 二つのダンジョンを攻略して貯めた全財産のほとんどを注ぎ込んで作ってもらった一級品。


 軽いローブなのにサード・ダンジョンに出て来るモンスターの攻撃であっても、一、二発なら無傷で防ぐという優れものだ。

 小さな傷を早めに修繕したり、定期的に魔力を注ぎ直したりと、メンテナンスは大変であるが、それだけの手間をかけても有り余る性能だ。


 このローブに命を救われたことも数しれず。

 『無窮の翼』時代にこのローブを紛失してたら、俺は冒険者を引退していたかもしれない。

 いや、「冒険者を辞めるときは死ぬとき」と決めてるので、本当に引退する気はまったくないが、それくらい大事なのだ。

 命の次と言ってもいいくらい、俺にとっては大切な物だ。

 今後もしばらくはこのローブのお世話になるだろう。


 クリストフにこのローブを奪われなかったのは九死に一生だ。

 まあ、盗難防止のために装備していない時は必ずマジック・バッグに仕舞うようにしていたから盗られることはなかっただろうが。


 『バロメッツの黒ローブ』を身につけた俺は腰のベルトに小ぶりなミスリル・ダガーを装着する。

 その名は『ルナティック・ミスリル・ダガー』。セカンド・ダンジョン最終ボスのドロップアイテムで、魔力を込めると切れ味と耐久性が増すマジックアイテムだ。


 このダガーはいざという時のための護身用。

 基本的に、モンスターとは直接戦闘しないように立ち回るのが、精霊術使いの戦闘スタイルだ。

 今までもどうしようもないピンチのときに、モンスターの攻撃を防ぐために使っていたくらいだ。


 しかし、【精霊統】となった俺の戦闘スタイルは今までとは大きく変わるだろう。

 先日のゴブリン戦で証明されたように、俺は精霊を身に纏いガンガンと前に出てモンスターとやり合う事が出来る。

 近接武器に関しては、このダガーと精霊魔法で作り出した武器を使っていくつもりだ。


 敵を燃やし尽くす炎剣。

 斬撃を飛ばす風剣。

 敵を凍らせる氷剣。

 大質量で叩き潰す土剣。


 これらをそのまま使ってもいいし、ダガーに精霊を纏わせてもいい。

 それ以外にも、腕に纏わせて殴りつけてもいいし、槍や弓矢など、精霊で他の武器を模してもいい。

 無限ともいえる多彩な攻撃方法が考えられるのだ。

 これらを使い分けて行くわけだが、それもこれから実戦を通じて学んで行くことになるだろう。


 そして、俺が装備している武器といえば、このダガーだけだ。

 他の魔法使いは杖やワンドなど、魔法の発動体を使用する。

 発動体を利用することによって、魔法の発動を容易にしたり、威力を高めたりするのだが、精霊術の場合は話が違う。


 他の精霊術使いの話を聞いたことがないから、俺自身の経験からしか判断できないが、色々な発動体を試してもそれらしい効果は実感出来なかった。

 だから、俺は精霊術を使うための武器を装備していないのだ。


 ローブにダガー。

 これで俺の装備は完了だ。

 あっという間に準備が整った俺は、早速リビングに戻った――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 冒険者ギルドには、職員用のエナドリ的ポーション専用の大型冷蔵庫があるとか。


 次回――『冒険者シンシア』


 シンシアの装備は?

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