第15話 アインスの街

 ――始まりの街アインス。


 五大ダンジョン制覇を目指す全ての冒険者のスタート地点となる街だ。

 王都から馬車で半日というアクセスの良さで、冒険者全体のうち九割以上が五大ダンジョン制覇を目標に、この街から冒険者生活を始める。

 残りは地上のモンスターを狩ったり、五大ダンジョン以外のダンジョンに潜る冒険者たち。だが、彼らは例外と言えるほど少数。

 普通は、冒険者といえば五大ダンジョンを目指す者たちのことを指す。


 アインスはファースト・ダンジョン――冒険者たちが最初に潜るダンジョン――を内包するかたちで発展した街であり、主要産業はダンジョンからの収穫物――モンスターのドロップ品だったり、宝箱から取れるアイテムだったり。


 冒険者にとって青春時代といえば、この街アインスを指す。

 冒険者は冒険者登録が許される十五歳になると、育った故郷を離れ、この街へやって来て、冒険者生活を始める。

 仲間を集めパーティーを組み、お金を貯めて装備を整え、ダンジョンを進んでいく。


 そうやって成長していき、ファースト・ダンジョンを踏破することによって、ようやく一人前の冒険者とみなされるのだ。

 ファースト・ダンジョンを制覇すると冒険者タグに星がひとつ刻まれる。

 いわゆる、【1つ星】の称号を得るのだ。

 そして、この称号とともにアインスを離れ、セカンド・ダンジョンに向かう。


 新人冒険者は星を得ることを目標に、日々切磋琢磨する。

 星を得るまで平均で5年。

 長い長い挑戦だ。


 そんな駆け出し冒険者たちの夢と希望がギュッと凝縮された街がここアインスなのだ。

 もちろん、俺にとってもここは青春時代の思い出の場所だ――。


「さて、なにはともあれ、まずは冒険者ギルドに行こうか」

「ええ、そうね」


 俺とシンシアは冒険者ギルドに向かう大通りを真っ直ぐに進む。


「あっ」


 突然、シンシアが立ち止まり、目を閉じる。

 一瞬遅れて、俺もそれに気がついた。


 俺も歩みを止め、目を閉じる。

 そして、鼻から大きく息を吸い込んだ。


 風に運ばれて漂ってくる甘酸っぱく、そして、どこか切ない花の香り――キンカランの香りだ。


 アインスの街には至るところに赤い花を咲かすキンカランの木が植えてある。

 年中花を咲かせているキンカランの香りは、この街を代表するもので、三年ぶりにそれを嗅いだ俺は当時に引き戻されたかのような錯覚を覚えた。


 隣に視線を向けると、シンシアも同じ思いのようで、暖かな思い出に包まれているような穏やかな笑顔を浮かべていた。


「いやあ、懐かしいな」

「私も懐かしいわ」

「あの頃はこの香りが当たり前で、なんとも感じていなかったのになあ」

「ええ、ほんと。それなのに、この香りで帰って来たって実感するなんてね」


 ダンジョンでも、街並みでも、人々でもなく、なによりも懐かしさを感じさせるのが、キンカランの香りだとは…………。


「じゃあ、行こう」

「うん」


 二人でしばらく余韻に浸った後、ゆっくりと歩き出す――。


 大通りは人で賑わい、屋台から香ばしい串焼きのタレと肉が焼ける匂いが漂ってくる。

 そして、冒険者ギルドに近づくに連れて、武具店や魔道具店など冒険者向けの店が増えていく。


「シンシアはいつ頃までここにいたの?」

「私たちは四年前までよ」

「だったら、一年くらいかぶっていたのか」


 俺たち『無窮の翼』はニ年前まで、三年間ここアインスの街に滞在していた。

 俺たちの最初の一年間とシンシアたち『破断の斧』の最後の一年間が重なっている。


「ええ、そうね」

「そうだったんだ。全然知らなかったよ」


 その頃は『破断の斧』の存在を知らなかった。

 この街は一番冒険者が多い街だ。

 同期のヤツらなんかは意識していたけど、クリア直前の彼らのことまでは知らなかった。

 名前くらいは耳にしたことがあったのかもしれないけど、直接の接点があったわけではないし、あいにくと覚えていない。


「あら、私は知ってたよ」

「ホント?」

「ええ、その頃から『無窮の翼』は若手ナンバーワンだったじゃない。うかうかしてると抜かされちゃうねってよく話していたわ。実際、その通りになっちゃったしね」


 そう。シンシアの言う通り、『無窮の翼』は若手ナンバーワンパーティーとみなされていた。

 俺たちは皆、才能があった。少なくとも俺以外の四人は。

 その頃から四人とも才能の片鱗を発揮し、格上モンスターも苦にせず、破竹の勢いでダンジョン攻略を進めていった。


 俺たちの進行速度は歴代の記録を大幅に上回るペースだった。

 その頃はまだ連携がきちんと取れていて、がっちりと噛み合った俺たちにとって、恐れるものはなにもなかった。

 そのハイペース攻略から、俺たちは若手ナンバーワンとみなされ、最速クリア記録を更新するのではと期待されていた。


 そして、実際に記録を更新。

 今までの四年ニヶ月を遥かに上回る三年ちょうどでファースト・ダンジョンを制覇したのだ。


 それだけではない。次のセカンド・ダンジョンも最短踏破記録を大幅更新したんだ。

 今までの記録を半年も更新する一年半で。


 この時が俺にとって一番幸せな瞬間だったし、『無窮の翼』のピークだったと思う。

 国王陛下からお褒めと激励の言葉を賜り、『無窮の翼』は一躍、時の人ならぬ時のパーティーとなった。


 誰もが、『無窮の翼』に期待し、称揚する。

 『無窮の翼』こそが、五大ダンジョン制覇をなしてくれると。


 だが、この時を境にして、『無窮の翼』は変わっていく――悪い方向へ。


 もとからその兆候はあったのだが、俺以外の四人がユニークジョブにランクアップしたことで、歯止めが効かなくなったのだ。


 自信が傲慢に代わり、各自が好き勝手に動くようになっていく。

 連携を取るどころか、相手の足を引っ張る始末。

 俺は精霊を駆使して、なんとか上手くまとめようとしたが、ご覧の通り、まったく評価されなかった。

 それどころか、ジョブランク2の俺の言葉は彼らに届かなくなっていく。


 パーティーリーダーの座を奪われ、そして、パーティー追放という仕打ちを受けた。


 だから、先週までいたドライの街にはあまり良い思い出がない。良い思い出と言ったらシンシアとの思い出くらいだ。

 だけど、この街には良い思い出がいっぱい残っているんだ。良かったことも悪かったことも、今となっては全てが良い思い出だ。


「シンシア、ありがとう」

「なにがですか?」

「いや、俺一人だったら暗い気持ちでギルドに向かってたんだろうなって思って。だけど、シンシアと一緒だと全然気にならないんだよ」

「ラーズ……」

「大丈夫。追放されたことはもう吹っ切れた。最初は落ち込んだし、怒って恨んだよ。だけど、もう平気だ。彼らは彼ら。俺たちは俺たち。別の道を行くだけだ」

「ラーズ……」


 シンシアがいきなり、腕を絡ませてきた。


「私はなにがあっても、ずっと隣りにいるからね」


 俺もシンシアも旅姿で軽装だ。

 そのせいで、シンシアの大きな胸の柔らかさが思いっきり伝わってくる。


 慣れない俺はその気持ちよさにドキドキしてしまい、「ありがとう」と返すことしか出来なかった。


「ほら、行きましょ」


 そんな俺の気持ちに気づいていないのか、シンシアは気にした様子もなく、俺の腕を掴んでズンズンと進んでいく。

 結局、ギルドに到着するまで、腕を組んだままだった。


「うわあ、変わってねえ」

「ほんと、変わってないわねえ」


 ギルドの建物は以前見たときと全く変わりがない姿でどっしりと構えていた。

 まるでここだけ時間が止まっているかのようだ。


 堅牢な石造りの三階建ての建物。

 そして、そこに出入りする若手冒険者たち――。


 そう。アインスの街の冒険者たちは若いのだ。

 冒険者登録が許される15歳の駈け出しが一番多く、年齢とともに冒険者数は減っていく。


 自分の才能に見切りをつけて廃業する者。

 ファースト・ダンジョンを踏破して次の街ツヴァイに移る者。

 そして、ダンジョンから還らぬ者。


 大体が長くとも五、六年でこの街を去る。

 平均年齢は十七、八歳。

 大部分が現在二十歳の俺より年下なのだ。


 まだ真新しい装備をまとう新人冒険者の姿を見ると、こっちもフレッシュな気持ちになる。

 隣を見るとシンシアも同じ気持ちのようで、新人冒険者たちに見守るような視線を送っている。


「ジャマだよ、オッサン」

「そこどけよ」


 つい、感慨にひたってギルド前で立ち尽くしてしまった。

 そこに、まだまだ駈け出しと思われる少年たちから声をかけられた。

 これくらいのことでは腹を立てなくなった自分に気づき、俺も大人になったんだなあと実感する。


「ああ、すまんすまん」


 脇に避けると、少年たちは無言で通り過ぎて行った。

 イキがりたい年頃なんだろう。

 俺たちにもそんな時期があった。

 特に、バートンは酷かったな。

 いや、バートンの場合は今でもそうか。

 精神が全く成長していないな、ヤツの場合。


「若いわねえ」

「ああ、微笑ましいな」


 今の少年ほど失礼ではなかったけど、俺にも血気盛んな頃があった。

 だが、それじゃあ通用しないことをいずれ知る。


 自分たちだけでツッパってやっていけるほど、ダンジョンは甘い場所じゃない。

 先輩冒険者からイロハを教わらないと、早々に行き詰まることになるのだ。


 そうなってから周りに助けを求めても、あんな態度ではほとんどの冒険者から相手にされない。

 しかし、世の中には親切でお節介な先輩というのがいるものだ。

 わざわざ時間と手間をかけて、ガツンとゲンコツを落とし説教してくれる先輩が。

 その時に態度と考えを改められるかどうか、それが分かれ道だ。


 心を入れ替えればやり直せる。若さというのはそういうものだ。

 しかし、それが出来なければ、すぐに退場することになる。

 そういう奴らがダンジョンに飲まれていくのを、俺は何度も見てきた。


 今の少年がそうならないことを俺は祈る。

 お節介な先輩と出会えるように。

 その時に、改心出来るように。


「じゃあ、入ろう」

「うん」


 俺とシンシアは冒険者ギルドへ入った。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 「ジャマだよ、オッサン」

 この言葉が胸に刺さる今日この頃。

 まさキチはラーズほど人間ができていないので、普通にキズつきます。

 暴言イクナイ!


 次回――『アインスの冒険者ギルド』


 大物登場!

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