第13話 ゴブリン殲滅

 五体のゴブリンを倒し尽くしたので、使役していた精霊たちに元の姿に戻るように命じる。


 壁を作っていた炎に、腕を包んでいた炎。

 後押ししてくれた風。

 礫となって飛んで行った石塊。

 鋭い剣を形作っていた氷。


 それらが元の不定形で不可視な精霊になって、俺の下に戻ってくる。

 俺の周りを取り囲むようにふわふわと飛び回る精霊たち。

 心なしか嬉しそうな気持ちが伝わってくる。

 【精霊統】の力を持ってしても精霊の意志はなんとなくしか理解できないので、俺がそう感じるだけかもしれないが……。


「本当に綺麗ね」

「ああ」


 シンシアにもこの姿が見えているのだ。

 うっとりとした表情で精霊たちに見入っている。

 理解者が出来たことを、俺は嬉しく思う。


「それにあなたのことが大好きみたいね」

「そうかな?」

「構って構って、って言ってるみたい」

「そうなのかもな」


 ひと仕事終えて、笑みを交わしあった後、シンシアが真剣な表情になる。


「でも、おかしいわね?」

「なにが?」

「たった五体で馬車を襲うかしら? いくらゴブリンでもそこまでバカじゃないと思うんだけど……」

「たしかに……」


 俺は実験に夢中でそこまで考えが及ばなかったけど、確かにシンシアの言う通りだ。


「ヤツらは先遣隊か?」

「ええ、多分。森の中に本隊が控えているんじゃないかしら」

「きっと、そうだろうな。先遣隊が瞬殺されて、戸惑っているってところか」

「ええ、そうね。どうしましょうか?」


 疑問形を取りながらも、シンシアの腹は決まっているようだ。


「やるしかないな」

「そうね」


 俺たちが見逃せば、他の馬車が狙われる。

 ここは面倒でも潰しておかねば。

 そのことを少し先で停車したまま状況を眺めていた御者に伝える。

 御者は快諾し、しばらく待ってくれることになった。

 馬車を狙うゴブリン共を根絶やしにしておきたい気持ちは御者も同様なはずだ。


 俺は再び森の様子を伺う。

 森の中は静まりかえっている。

 ゴブリンどもは息を潜めて様子を伺っているのだろう。


「厄介だな」

「そうね」


 森の中に潜むゴブリンを相手取るのは一苦労だ。

 探し出すのも大変だし、隠れているヤツから不意打ちを食らいかねない。

 こちらは向こうの総数も把握していないのだ。

 撃ち漏らしも避けたいし、たかがゴブリンでも面倒くさいことこの上ない。


 こういう場合、【探査】魔法を使えると便利なのだが……。


「あっ!」

「どうしたの?」

「いいこと思いついた」

「精霊術?」

「ああ、そうだ。ちょっと待ってて」


 俺は風の精霊に呼びかける。

 先ほど【飛礫(ペブル・ブラスト)】を使ったときに、特に狙いをつけなくても石つぶてはゴブリンに命中した。

 ということは、こういう使い方も出来るはずッ!


『風の精霊よ、森に潜む悪しき者を見つけ、その刃で切り裂け――【風刃(ウィンド・カッター)】』


 俺の命令で、辺りをふよふよと漂っていた無数の風の精霊たちが森の中にすっ飛んで行った。

 しばらくは静かだったが、急にやかましくなる。


 森から絶え間なく聞こえてくる「ギャアアア」という声。

 ゴブリンたちの断末魔で間違いないだろう。

 聞くに絶えない騒音はしばらく続いたが、数分後ピタリと静かになった。


 やがて森の中から風の精霊たちが帰って来た。

 森に入って確認するまでもないだろう。

 風の精霊たちがゴブリンの本隊を襲撃し、壊滅させてきたのだ。

 その手応えが、なんとなく感覚で伝わってくる。

 これも【精霊統】になったことの恩恵だろう。


 精霊から伝わってきた感覚によると、森の中にいたゴブリンは全部で32体。

 上位種であるゴブリン・ファイターやゴブリン・アーチャーも複数含まれていて、群れを率いていたのは1体のゴブリン・リーダーだった。

 駆け出しの冒険者パーティーだったら、壊滅させられるほどの集団だ。


 それを無傷で一方的に殲滅できたこの力はやはり、とてつもない。

 この力があるなら、もう一度ダンジョンに潜っても問題ないだろう。

 鍛えていけば、必ず五大ダンジョン制覇に到れるはずだ。

 俺はそう確信し、嬉しくなった。


「死体はどうしよっか?」

「馬車の人の手も借りて燃やしておこう」

「ええ、そうね」


 その後、馬車に乗っていた人々にも協力してもらい、まとめたゴブリンの死体を火精霊に燃やしてもらった。

 死体を放置していると、他の獣やモンスターを呼び寄せたり、疫病の原因になったりするのだ。


「よし、馬車に戻ろうか」

「ええ」


 御者からはお礼の言葉をかけられた。


「いやあ、魔法ってのは凄いもんだねえ」


 御者は魔法と精霊術の区別がついておらず、俺が属性魔法を駆使してゴブリンを退治したと思っている。

 まあ、これが普通の人の反応だ。

 わざわざツッコむことでもないので、俺は曖昧に返事しておいた。


「さすがは【2つ星】様だ。ゴブリンどもが手も足もでていなかったな」

「まあ、あれくらいはな……」

「それにしても、アンタらのおかげで、助かったよ。本当にありがとう」

「いや、冒険者として当然のことをしたまでだ」

「冒険者が皆、アンタらみたいだったら助かるんだがな」

「まあ、ガラの悪いのもいるからな」


 俺とシンシアを乗せると、馬車はアインスの街に向けて走り出した。

 その後は襲撃もなく、一時間ほどでアインスの街に無事到着した。

 シンシアと並んで馬車を下りる。

 御者からは改めてお礼の言葉を伝えられた。


 街道で馬車がモンスターに襲撃を受けるのは極めて珍しいケースだ。

 街道沿いにはモンスター避けの魔石が一定間隔で設置されている。

 騎士団も定期的に巡回するし、冒険者たちもモンスターを間引いている。


 確か、年に数件とか、それくらいの頻度だったと思う。

 それだけレアなケースに遭遇してしまったのだ。

 そこに冒険者である俺が乗り合わせていたのは不幸中の幸いだった。

 無事を喜ぶ乗客たちの笑顔を見ると、俺も満たされた気持ちになる。


「さて、なにはともあれ、まずは冒険者ギルドに行こうか」

「ええ、そうね」


 俺もシンシアもこの街で数年間過ごした過去がある。

 二年ぶりに訪れたアインスは、その頃とちっとも変わっていなかった。

 懐かしい気持ちに、俺は胸が締め付けられた。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 姿を現すことすらなく瞬殺のゴブリンさんたちに合掌。

 そして、ようやく、アインスの街に到着!

 だが、次は勇者パーティー回だ!


 次回――『勇者パーティー4:ジェイソン加入』


 新加入のジェイソンさん視点。

 勇者たちと上手く打ち解けられるのか?


 出来上がっている集団に新しく入るのって、コミュ障には厳しすぎるよね!

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