第12話 新しい力

 シンシアと合流し、並んで座ったまま馬車に揺られること数時間。

 だいぶ日も傾いてきた頃だ。


 シンシアとの会話は尽きることがなく、退屈な馬車の時間もあっという間だった。

 そう。彼女とは話が合うのだ。

 とりとめもない話をしているだけでも、心が落ち着くし、自然体でいられる。


 お互い「さん付け」と敬語を止めたことで、二人の距離も近くなった気がするのは、俺だけだろうか。


「さっき会った時からずっと気になってたんだけど……」

「ん? なに?」

「前に会った時より、ラーズの周りにいる精霊、増えてない?」

「おっ、分かった?」


 最後にシンシアと会ったのは二週間ほど前だ。

 この短い期間だけど、俺の周りをふらふらと漂う精霊の数は増加した。

 ジョブランクアップしたのが原因だ。


 俺はもちろん気付いていたのだが、他人に分かってもらえるとは思っていなかったので、シンシアの言葉は本当に嬉しかった。

 これから二人でパーティーを組むことだし、俺のジョブランクのことはシンシアに話しておこう。


「実は――」


 俺は精霊王様に会い、ジョブランク3の【精霊統】になったことをシンシアに話した。


「ええええっ!! すごいじゃないっ!」

「しーっ」


 思わず絶叫を上げたシンシアに馬車中の視線が集まったので、静まるように伝える。


「ごめんなさい。興奮しちゃって、つい」

「気をつけてね」

「うん、気をつける」


 反省した態度とともに、シンシアが声をひそめる。

 しかし、その瞳は【精霊統】への好奇心で満ち溢れていた。


「精霊術の使い手でジョブランク3になった人って今までいないんだよね」

「詳しいな。確かに一般的にはそう言われている。だが、俺が調べた文献によると、過去に一人だけいたらしい」

「えっ、そうなの? 初めて聞く話だわ」

「しかも、その人ってのが歴史上唯一、五大ダンジョンを制覇した人間らしい」

「ええええっ!!!」


 今度は声をひそめながら驚くという器用な真似をしてみせるシンシアだった。

 だけど、驚くのも当然だろう。


「そういえば、確かに五大ダンジョン踏破者のジョブがなんだったのか、伝えられてないわよね」

「ああ、俺も色んな文献を読み漁って、ようやく一冊だけど、その人に関する記述を見つけたんだ。信憑性が高い文献だったから、信じていいと思う」

「へええ、壮大な話よね」

「ああ。そうだな。なにせ千年以上も前の話だ」

「じゃあ、ラーズが二人目になるかもね」


 シンシアは期待に瞳をキラキラさせている。

 こういう子どものような純真さも、彼女の魅力の一つだ。


「だといいんだけどな」

「大丈夫。ラーズなら絶対に出来るよ」

「シンシアが付いて来てくれればな」

「あはは。じゃあ、二人で五大ダンジョン制覇目指そう!」

「おう!」


 シンシアが一緒ならば、本当に出来そうな気がする。

 彼女からはそんな不思議な魅力が感じられた。


 会話を続けていると、いきなり馬車がガクンと揺れ、急加速し始めた。


「なにがあったッ?」


 経験からなにか異変が生じたに違いないと判断し、御者を問い詰める。

 シンシアもさすがは熟練の冒険者だ。

 マジック・バッグからメイスを取り出し、いつでも戦闘に移れる体勢でスタンバイしている。


「襲撃だッ! ゴブリンどもが襲って来やがったッ!」


 予想通りの答えが帰ってきた。

 乗合馬車での異常事態といえば、モンスターか盗賊のどちらかだ。

 そして、確率としてはモンスターの方が遥かに高い。

 乗合馬車なぞ襲っても大した金にならないからだ。


 馬車の中にいるのは、これから冒険者になるためにアインスに向かうひよっ子たちと、戦闘には縁のなさそうな職業の大人ばかり。

 ここは俺たちが出るしかないだろう。


「分かった。俺は【2つ星】冒険者だ。ここは俺がなんとかするから、安全な場所まで馬車を退避させてくれ」

「すまないッ!」


 状況は把握できたので、御者との会話を打ち切り、シンシアに話しかける。


「俺は行くけど、シンシアはどうする?」

「私も行くわっ。パーティーですもの」

「そうだな。頼りにしてるぜ」

「こっちもよ」


 俺もシンシアも旅のための軽装で、本格的な戦闘用装備ではないが、ゴブリン程度であればこの格好でも問題ないだろう。

 俺は素手で、シンシアは愛用のミスリルメイスを片手に立ち上がる。

 俺の腰にはナイフが差してあるが、今回はそれを使わず素手で戦うつもり――ちょっと考えがあるのだ。


 俺とシンシアは加速する馬車から転がるようにして飛び降りた。

 こうすれば着地のダメージはほとんどない。


 俺もシンシアもすぐさま起き上がり、体勢を整える。

 そして、すぐさま周囲を見回して、状況を確認する。


 ――ゴブリンが五体。


 思ったより数が少ないが……。


「ここは俺に任せて。新しく覚えたスキルの実験がしたい」

「分かったわ。後ろでお手並み拝見してるわね」


 今までの俺だったら、シンシアの後ろに隠れ、精霊術で支援することしか出来なかった。

 だがしかし、ジョブランクアップして【精霊統】になった俺は前に出て戦うことが出来る。

 新しく覚えた【精霊纏(せいれいてん)】のスキルがあれば、俺も直接戦えるんだっ!


 ゴブリン程度ならミスしても対処できる。

 実験台には丁度いい相手だ。

 いい機会だから、一通り試しておこう。


 シンシアを後ろに下がらせたので、ゴブリン五体に俺が一人で対峙するかたちだ。

 数の優位を確信してか、ゴブリンが俺に詰め寄ってくる。

 囲まれたら実験ができないので、まずは足止めだ。


『火の精霊よ、集いて壁を成せ――【火壁(ファイア・ウォール)】』


 精霊に命じると、俺とゴブリンの間に高さ1メートルほどの炎の壁が出来上がる。

 精霊は普段は俺とシンシアにしか見ることが出来ない。

 しかし、今のように精霊に命じ顕現させると、誰にでも見えるようになる。

 ゴブリンどもは顕現した炎の壁に驚き、慌てて後ろに飛び退る。


 馬車に揺られた十日間、俺は色々と実験し、自分の新たなスキルの能力を試していた。

 そのおかげで、新しい能力に関してはかなり理解できた。

 これだけの出力で魔法を放つのは初めてだが、実験通りに上手くいったようだ。


 よし、次は遠距離攻撃だ。


『土の精霊よ、礫と成りて敵を討て――【飛礫(ペブル・ブラスト)】』


 右腕を一体のゴブリンの方向に向けると、そいつに向かって無数の石の礫が飛んで行く。

 礫はゴブリンの身体を貫通し、穴だらけとなったゴブリンはそのまま息絶えた。


 実験でも大木に穴を開けるほどだったけど、改めてすごい貫通力だな。

 似たような魔法で土属性魔法の『ストーン・バレット』があるが、威力は段違いだ。

 これが精霊術の真価か……。

 ほんと、すごい力を授かったもんだな。


 ゴブリンどもは、仲間をやられ「ギャアギャア」と喚(わめ)いているが、炎の壁に突っ込むほど無謀ではないらしい。

 その場で怒りを露わにするだけで、なにも出来ずに立ち竦(すく)んでいた。


 よし、次の実験だ。

 先ほどと同じように礫を飛ばす。


『土の精霊よ、礫と成りて敵を討て――【飛礫(ペブル・ブラスト)】』


 ただし、今度は2体のゴブリンを同時に狙うことをイメージする。

 飛び立った礫は勝手に2方向に別れ、2体のゴブリンを穿(うが)つ。


「こりゃ、便利だな」


 特に狙いをつけなくても、精霊が勝手に標的に向かってくれる。

 土属性魔法の『ストーン・バレット』だと、狙いをつけなければならないので、こう上手くはいかない。

 しかし、今の俺だったら、5体まとめて礫で倒すことも可能だろう。ジョブの恩恵か、直感的にそれが分かる。


 ゴブリンは残りニ体。

 さあ、次の実験だ。


『火の精霊よ、我が腕に纏い、全てを焼き尽くせ――【火腕(ファイア・アーム)】』


 俺の右腕を燃え盛る火炎が包み込む。

 熱さは感じない。術者本人は顕現した精霊によるダメージを受けないのだ。

 続けて――。


『風の精霊よ、我に纏(まと)い、加速せよ――【風加速(ウィンド・アクセラレーション)】』


 風の精霊に背中を押された俺が地面を蹴ると、矢のように加速し、またたく間に炎の壁を突き抜ける。

 やはり、右腕に纏った炎と同様に、炎の壁も俺にはダメージを与えない。


 炎の壁を突き抜け、いきなり出現した俺に、ゴブリンニ体は驚き戸惑っている。

 そのうちの一体に向けて、俺は炎の拳で殴りかかる。

 型もなにもない力任せの一撃だったが、拳は的確にゴブリンの腹をとらえた。

 ゴブリンは衝撃で弾き飛ばされ、木に衝突する。

 それと同時に、その全身を燃え盛る炎が包み込み、燃やし尽くす。

 すぐにゴブリンは消し炭となった。


 さて、残り一体。

 最後のゴブリンは、背中を見せて逃げ始めた。

 しかし、逃しはしない。


『水の精霊よ、凍てつく剣となれ――【氷剣(アイス・ソード)】』


 俺の左手に鋭い氷剣が現れる。

 長さ80センチほどの氷で出来た直剣だ。

 持ち手も氷だが、術者である俺は冷たさを感じない。むしろ、よく手に馴染む。

 初めて手にする剣とは思えなかった。


 風の精霊の力で加速した俺は、すぐにゴブリンに追いつき、その背中を袈裟斬りに斬りつける。

 氷剣はなんの抵抗もないようにスルリとゴブリンを切り裂き、真っ二つにする。


 ここしばらくは剣を握ることもなかったが、村を出るまでは毎日のようにチャンバラごっこに明け暮れる生活だったし、冒険者に成り立ての頃は剣も使っていた。

 身体はそれをちゃんと覚えていたようで、久しぶりにも関わらずスムーズに剣を扱うことが出来た。

 俺はニンマリと笑みを浮かべる。


 よし、実験は終わりだ。

 結果は、大成功というしかない。

 火風水土――すべての精霊術を試したが、どれも俺の想像を遥かに上回る能力だった。


 これを見れば、精霊術使いが不遇職だなんて誰も言えないであろう。

 俺は自分の新たな力に打ち震えた――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 技見せ&無双回でした。


 次回――『ゴブリン殲滅』


 まだまだラーズのターンは続くよ!

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