第11話 シンシアとの再会

「すいませーん。この中にドライの街から来た【精霊術士】のラーズさんはいらっしゃいませんか〜?」


 俺を名指しで呼ぶ声は聞き覚えのあるものだった。

 思わず振り向いて、立ち上がる。

 そこにいたのは予想通りの人物だった。


「シンシアさん……」


 俺と同じような旅装に身を包んだ若く美しい女性。

 地味な旅装でも彼女が着ると気品が感じられるから不思議だ。


 どうして彼女がここに?

 疑問に思っていると、俺を発見したシンシアさんが駆け寄ってきて、そのまま飛び込むように抱きついてきた。


「ラーズさん…………良かった、会えました」


 シンシアさんは涙声だった。


 俺はといえば、女性に抱きつかれるなんて初めての経験だし、なんでシンシアさんがここにいるのかも分からず頭が混乱していた。

 俺の胸に顔をうずめ、涙を流すシンシアさんに、俺は彼女を軽く抱きしめることしか出来なかった。


「こんなイイ女が追いかけてくるなんて、ニーチャン、男冥利に尽きるなあ」

「女の子を泣かすんじゃないぞ〜」

「よっ、色男!」


 囃し立てる無責任な声が聞こえてくるが、無視だ無視。


 しばらく泣いていたシンシアさんだったけど、ようやく落ち着いたようで、俺の胸から顔が離れる。


「ごめんなさい…………はしたない真似をしてしまいました」


 俺より年上のシンシアさんだけど、その表情は可愛いらしい少女のようだった。


「どうしたんですか、一体?」

「ラーズさんに会いたくて、追いかけてきちゃいました」


 ペロッと舌を出して、いたずらっ子のように微笑むシンシアさん。

 普段は冷静で年上の美人お姉さんなシンシアさんだけど、たまにこうやってする可愛い仕草は破壊力バツグンだ。

 まだ目尻に涙が残っているから、余計に攻撃力高い。


「すっ、座りましょうか?」

「ええ、そうですね」


 ただでさえ、周囲の注目を浴びている。

 せめて座った方が良いだろう。

 俺とシンシアさんは馬車から少し離れた場所に並んで腰を下ろした。


「パーティーはどうしたんですか?」

「うちのパーティー解散しちゃったんですよ」

「えっ!?」


 シンシアさんの口から『破断の斧』解散の経緯が語られる。

 クリストフたちは俺を外して火力職を入れると言っていたが、まさか、それがジェイソンさんだったとは…………。


 確かにジェイソンさんは頼りになる前衛職だ。

 ジョブランク2のメンバーたちを率いて、サード・ダンジョンを攻略中。

 ジェイソンさん自身もジョブランク3だし、クリストフらが目をつけるのも納得だ。


 しかし、ジェイソンさんはクリストフらと上手くやっていけるのだろうか。

 ただでさえ、クリストフたちは連携が壊滅的だ。

 俺が精霊を駆使してフォローしていたからなんとかギリギリで保っていたのだ。

 そこにもうひとりの前衛を加えて、前線維持できるのだろうか?

 逆に混乱して、戦力が低下しそうだ。


 いや、もう、俺がヤツらの心配をする必要はないんだ。

 『無窮の翼』は俺にとってはもう過去だ。

 ヤツらがどうなろうと知ったことじゃない。

 今はそれより、シンシアさんだ。


「ラーズさんの手紙を受け取った日に、パーティーが解散しちゃって。そのまま、飛び出して来ちゃいました。ラーズさん、『アインス』の街へ向かうってことは、また一からダンジョン攻略するんですよね? 冒険者を諦めたわけじゃないんですよね?」

「ええ。そうですね」

「じゃあ、私と組んで下さい」

「はいっ、喜んで」


 考える間もなく、口から肯定の言葉が出ていた。

 自分でも驚きだった。


 多分、嬉しかったんだろう。

 パーティーを追放され、俺はすべてを失った気がした。

 だけど、精霊王様が救ってくれた上、シンシアさんが俺を追いかけてきてくれた。

 一人ぼっちじゃないんだと分かり、嬉しかったんだ。


 彼女の人柄は良く知っている。

 優しくて、気遣いも出来、ウィットに富んでいる。

 彼女となら、楽しいパーティーになるだろう。


 それに、彼女が回復魔法の使い手であることも、うってつけだ。

 ジョブランク3の【精霊統】になって、色々出来るようになった俺だけど、回復だけは自分では出来ない。

 その点を補ってもらえるのは大助かりだ。


 戦力として考えても、彼女なら十分だろう。

 シンシアさんは自分の身は自分で守ることができる。

 一度だけ、彼女が戦う場面を目撃したことがある。

 格上のモンスターに襲われ、パーティーは決壊しそうだったが、彼女はメイスを振るって敵を牽制しながら、傷ついた仲間たちを回復魔法で癒やしていた。

 ギリギリのところで決壊を免れたのは、彼女の働きが大きかった。


 彼女のジョブは【回復闘士】。

 回復魔法を使えるだけではなく、メイスを持って直接戦闘もこなせるジョブだ。

 ジョブランクは2で、彼女自身は謙遜しているが、並のランク3に比肩する戦闘センスを持っている。

 安心して肩を並べて戦える相手だ。


 このように、彼女とパーティーを組むメリットなら、いくつも上げることが出来る。

 しかし、そんなこと関係なく、反射的に快諾していた。

 食い気味に大声で返事した俺に、シンシアさんはビックリしたようだが、すぐに破顔一笑。


「嬉しいですっ! これからよろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 パーティー結成の証に、俺たちは固く握手を交わした。

 そこに無粋な声が聞こえてくる。


「おーい、そろそろ出発だぞ。荷物まとめろ〜」


 俺が乗ってきた馬車の御者が発した声だった。


「あっ、じゃあ、私、急いで馬車変更の手続きしてきますね」

「ああ、そうですね」


 ドライの街を出発した時は満席だった馬車だが、途中で人が乗り降りし、今はいくつか空席があった。

 シンシアさんの乗り換えも問題ないだろう。

 手続きを済ませたシンシアさんと一緒に、俺は馬車に乗り込み、隣り合って座る。

 やがて、すべての乗客を乗せ終わると、馬車が出発した。


「でも、シンシアさんはなんで俺のところへ来たんですか?」

「あの〜、それ、やめませんか?」

「それ?」

「『さん付け』で呼ぶのと敬語です。同じパーティーになったことですし、お互い呼び捨てで敬語もなしにしましょうよ…………なんて思ったりして」

「そうですね。いや、そうだね、シンシア」

「うん、ラーズ」


 えへへと笑うシンシアは顔が少し赤かった。

 その姿は可愛いんだけど、慣れない呼び方が俺には少しむず痒かった。

 でも、そのうちに慣れてくるだろう。

 そう思い、俺はあらためて問い直す。


「シンシアはなんで俺のところに来たの? シンシアなら引く手あまたなんじゃない?」


 【回復闘士】は【精霊術士】のような不遇職ではない。

 むしろ、その需要は高く、シンシアほどの実力と実績があれば、ドライの街でもパーティーには困らないと思うんだが。


「前々からラーズと一緒にパーティーを組みたかったんだ」

「俺と?」

「前に助けてもらったでしょ?」

「ああ」


 ダンジョンでピンチに陥っていたシンシアたちのパーティーを助けたことがある。


「私ね、見えるんだ」

「なにが?」

「精霊が」

「えっ?」


 精霊を見ることが出来るのは精霊術の使い手のみ。

 唯一の例外が――。


「私、【精霊視】のスキルを持ってるんだ」

「マジか…………」


 精霊術の使い手よりもレアと言われる【精霊視】のスキル。

 そのスキルをシンシアが持っているとは……。


「うん。今もラーズの回りを精霊たちが舞っているのが見えるよ」

「…………」

「以前、助けてもらったでしょ?」

「ああ」

「その時からずっと、心が惹かれているんだ。精霊たちとそれを自在に操るラーズに。えへへ」


 なるほど、合点がいった。

 俺たちが助けた『破断の斧』の他のメンバーたちは、華々しい活躍をした俺以外のメンバーに群がった。


 だけど、シンシアだけは別だった。

 俺にお礼を言ってくれたのは、彼女だけだった。

 彼女には戦闘中、俺が何をしていたのか見えていたのか。

 だからこそ、俺を、俺の精霊術を認めてくれたのか。


「嬉しいよ。俺も精霊術も今までちゃんと評価されなかった。いや、最初の頃は『無窮の翼』のメンバーも評価してくれてたよ。だけど、そのうち、誰も評価しなくなったんだ」


 精霊が見えないから。


「そんな中で、シンシア、君一人でも俺の精霊術を評価してくれてたことが、凄く嬉しいよ」


 静かにシンシアは微笑む。


「大丈夫だよ。これからは私が隣で見てるから。ラーズもラーズの精霊術も。だから、二人でみんなを見返してやろうよ」

「ああ、そうだな」


 一人でやり直すつもりだった。

 だけど、隣にもう一人いるってことが、こんなにも心強いとは思わなかった。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 さん付けと敬語の禁止。お約束ですね。

 これで二人の距離が縮まり……。

 ウブな二人なので急接近とはいきませんが、暖かく見守っていただければ。


 次回――『新しい力』


 初戦闘(チンピラ除く)!

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