第10話 とある回復職

 ――ドライの街、冒険者ギルド。


 それは冒険者パーティー『破断の斧』が一週間に及ぶダンジョン遠征から帰還した日のことだった。

 時間帯はちょうど昼時。

 閑散とした冒険者ギルドに、『破断の斧』の面々は帰還の報告と遠征で得た戦利品の売却のために訪れていた。


 各種手続きが済み、ギルドカウンターから離れようとしたところで、回復職のシンシアはギルドの受付嬢に声をかけられた。


「シンシアさん、お手紙を預かっています」


 シンシアは金髪碧眼の女性だ。

 スラリとした体躯にボリュームのある胸部。

 その美貌はこの街で話題になるほどであり、パーティーの内外を問わず数多くの男性からお誘いを受けてきたが、シンシアはその全てを断ってきた。


 ――誰からだろう?


 彼女には思い当たる節がなかったので、疑問に思いながらも受付嬢の下へ向かう。


「ラーズさんからです」


 シンシアは意外に思った。

 知らない名前だからではない。

 むしろ、この街でパーティーメンバー以外の唯一の友人と言ってもいい相手だ。


 ――だけど、なんでわざわざ手紙を?


 伝えたいことがあるなら、直接会って話せば良い。

 連絡を取りたいなら、ギルドにひと言ことづければ良い。

 わざわざ手紙で伝えようとする用件とはなんだろうか、そう思いながらシンシアは手紙を開いた。

 そして、愕然とした――。


 手紙にはこう書かれていた。


 パーティーを追放になったこと。

 始まりの街『アインス』に戻り、一からダンジョン攻略をやり直すこと。

 そのために、すでに旅立ったこと。

 そして最後に、直接会って別れを告げられないことへの詫びで結ばれていた。


 ――なんで、どうして?


 シンシアには理解できなかった。

 なぜ、彼ほど優秀な冒険者がパーティーを追い出されなければならないのか。

 その疑問はすぐに追放した『無窮の翼』への怒りへ変わった。

 『無窮の翼』はラーズさんが立ち上げ、ラーズさんが育ててきたパーティーだ。

 それなのに、彼を追放してしまうなんて。


 そして、次にシンシアを襲ったのは絶望だった。


 ――もう、ラーズさんに会えないの?


 シンシアとラーズの出会いはダンジョンだった。

 よくある話ではあるが、ピンチに陥ったシンシアたちの『破断の斧』をラーズたち『無窮の翼』が助けたのだ。


 『無窮の翼』はこの街で若手最有力とみなされている有名パーティーだ。

 実際、彼らは強かった。


 華麗に敵の攻撃を避け、双剣を矢継ぎ早に繰り出す【勇者】クリストフ。


 大剣を振り回し、何匹もの敵をまとめて薙ぎ払う【剣聖】バートン。


 強力な範囲魔法で敵をまとめて葬り去る【賢者】ウル。


 傷ついた私たちの傷を一瞬で完全回復してしまう【聖女】クウカ。


 そして、彼らのサポートをする【精霊術士】のラーズ。


 『破断の斧』のメンバーはみんな彼らに憧れた。

 彼らの強さに惹きつけられた。


 シンシア以外のメンバーは、【勇者】クリストフを中心に、ラーズ以外の四人に憧れた。

 華々しく戦場で活躍しているのがその四人だったからだ。


 だけど、シンシアは違った。

 シンシアはラーズの動きに魅入ってしまった。

 彼女は特殊なスキルを持っている。【精霊視】のスキルだ。

 このスキルのおかげで、シンシアは他人には見えない精霊たちを見ることが出来るのだ。


 シンシアには見えたのだ――ラーズの指揮の下、華麗に飛び回る精霊たちの姿が。


 美しかった。


 ただただ、美しかった。


 シンシアは心を奪われた。


 美しい精霊たちの舞に。


 そして、精霊たちを自在に操るラーズの姿に――。


 だから、シンシアはラーズが一人でいるときを見計らい、思い切って彼に話しかけてみた。

 シンシアは恋愛で奥手で、こういう風に男性に自分から声をかけることなど初めての経験だった。

 緊張して上手に話すことが出来なかったけど、ラーズはそれを笑ったりせず、真摯な態度でシンシアの話を聞いてくれた。


 そこから、シンシアとラーズの付き合いが始まった。

 といっても、友人としての付き合いだ。

 一緒に食事をしたり、二人の休みが合った日に買い物に行ったり。

 だが、それだけでもシンシアは十分に満足だった。


 彼は穏やかな人だった。

 彼を取り囲む精霊たちのように、平穏な静寂の中に生きていた。

 シンシアは不思議と彼の隣りにいると落ち着くことに気がついた。

 そして――ポカポカと心が暖かくなることに。


 次第に彼に対する気持ちは恋心に変容していった。

 彼に想いを伝えたい。彼ともっと深い関係になりたい。

 だが、臆病なシンシアは後一歩を踏み出せなかった。


 シンシアに近づいてくる他の男と違い、ラーズには下心が一切なかった。

 それは非常に好ましいことではあったが、自分から気持ちを打ち明けられないシンシアとしては、むしろラーズが強引に手を出してくれればいいのにと思い、そんなことを思う自分にビックリした。


 友達以上恋人未満。

 そんな関係が明日も続くと、シンシアはなんの疑いもなく思っていた。


 だが、そんな幸せな日々は急に終わりを迎えてしまった。

 ラーズからの一方的な別れの手紙によって――。


「おい、シンシア大丈夫か?」


 手紙を持って立ち尽くすシンシアを心配して、パーティーメンバーが声をかけてきたが、


「…………ええ、大丈夫よ」


 彼女は空返事をするので精一杯だった。


 ラーズが大事なのと同じように、同じ目標を掲げ長年苦楽をともにしてきた仲間たちもシンシアにとっては大切な存在だ。


 ――今すぐラーズさんを追い駆けたい。でも、無責任にパーティーから抜けることも出来ない。


 板挟みになったシンシアはどうしたらいいのかと途方に暮れる。


「それじゃ、精算も兼ねて夕方にここに集合な。じゃ、解散――」


 パーティーリーダーのジェイソンの声に『破断の斧』のメンバーは散り散りになる。


「シンシア、私たちは甘い物食べに行くけど、どうする?」

「…………私は帰る」


 甘味好きのシンシアにとって、ダンジョン攻略後の甘味巡りはなによりのご褒美だ。

 だけど、彼女は誘いを断った。


 一人になりたかった。

 とても、誰かと一緒にいられる気分ではない。

 シンシアは一人、拠点に戻ることにした。


   ◇◆◇◆◇◆◇


「俺のワガママですまん、今日でウチのパーティーは解散だ」


 ギルド酒場に集まった『破断の斧』の面々。

 本来なら、遠征帰りの打ち上げで楽しく盛り上がるはずが、リーダーであるジェイソンが発した言葉にしーんと静まり返った。


「どういうことだ?」


 サブリーダーの魔術師が問いかける。


「実は今日、『無窮の翼』に入らないかって誘われてな。みんなには申し訳ないが、俺はこの話を受けることにした」


 『破断の斧』はその名の通り、斧使いであるジェイソンが率いるパーティーだ。

 ジェイソンはパーティー唯一のジョブランク3である【戦斧闘士】、他のメンバーは皆ジョブランク2だ。

 『破断の斧』は名実ともにジェイソンのパーティーだった。


「無責任なのは重々承知している。だけど、こんなチャンス二度とない。分かってくれ」


 ジェイソンが頭を下げる。

 『無窮の翼』からの勧誘。

 誰でも飛びつきたくなるだろう。


 しかし、頭ではそれが分かっても、気持ちが割り切れるかというと、それはまた別問題だ。

 他のメンバーの顔に浮かんでいるのは驚き、不安、そして、無責任なリーダーへの怒りだった。


 だが、シンシアは別の反応を示した。

 彼女にとって、リーダーの解散宣言は渡りに船だった。


 ――これで私も気兼ねなくラーズさんを追いかけることが出来るっ!


 そう思うと、いても立ってもいられないシンシアだった。

 ガバッと勢い良く立ち上がり、メンバーたちに向かって告げる。


「私も抜けます。今までお世話になりました」


 シンシアは一礼すると、荷物を引っ掴む。


「ちょ、シンシア」


 仲間の声が背中にかかるが、シンシアは気にすることなくギルド酒場を飛び出した。


「待っててくださいね、ラーズさん。すぐに追いつきますから」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ようやくヒロイン出せました!

 今後のラーズとシンシアの活躍をお楽しみに!


 次回――『シンシアとの再会』


 再会した二人は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る