第9話 勇者パーティー3:新規メンバー勧誘『闇の狂犬』

 『疾風怒濤』の拠点で手酷い仕打ちを受けたクリストフたち3人は、冒険者ギルドに戻り、併設の酒場で時間を潰すことにした。


 もう一人のメンバー候補である『闇の狂犬』のムスティーンを待つためだ。

 まさかロンに断られるとは思っていなかったクリストフだが、すぐに予定を変更し、ムスティーンに声をかける事にしたのだ。


 冒険者ギルドで受付嬢にムスティーンの所在を尋ねたところ、今日は日帰りでダンジョンに潜っているとのこと。

 夕方にでもなればギルドに戻ってくるはずなので、酒場で過ごすことにしたのだ。

 クリストフもバートンも酒でも飲まなければ怒りが収まらないからというのも理由だった。

 ちなみにウルにも遠隔通話用の魔道具で連絡しておいたので、後々彼女も合流することになるだろう。


 これまでも休日は四人で昼過ぎからダラダラと飲み食いして過ごすことがよくあった。

 ラーズが汗水たらして買い出しや情報収集に奔走している間、彼らはラーズをのけ者にして楽しんでいたのだ。


「ああ、ちくしょうっ! 腹が立つぜ」


 バートンが怒りを露わにビアマグをテーブルに打ち付けた。

 重厚な木のテーブルはデカい音を立てるがビクともしなかった。

 荒くれ者な冒険者たちが殴ったり蹴ったりしても壊れないように、テーブルは魔力で保護されており頑丈な作りになっているのだ。


 ちなみに、椅子はその反対で、簡単に壊れるようになっている。

 喧嘩になると椅子で殴りつける輩がいるので、殴られても怪我が酷くならないように、壊れやすくなっているのだ。


「まあ、落ち着けよ、バートン」

「あんな屈辱的な仕打ちを受けて、落ち着いてられるかよっ!」


 至って冷静であるように振舞っているクリストフに対し、バートンは怒りに肩を震わせていた。


「だから、落ち着けって」

「ああっ! なに平静にしてんだよっ! オメエは怒ってねえのかよ」

「怒ってるさ。絶対に許さないくらい、怒っているさ」

「じゃあ、なんでそんなに落ち着いてるんだよ?」

「怒っているからといって、周りにそれを撒き散らすようじゃ、ただのチンピラと変わらない」

「…………」

「怒りは発散させるものじゃあない。貯めこんで復讐のエネルギーにするべきだ」

「…………おっ、おう」

「俺は『疾風怒濤』のヤツらを絶対に許さない。時間はかかるが、必ず復讐してやる」

「そっ、そうだな……」


 冷静を装っているクリストフだったが、その目は怒りと復讐に燃えていた。

 バートンはクリストフの狂気とも言える憤怒を目の当たりにして、さっきまでの威勢を失い、おとなしくなってしまった。

 クウカもクリストフと視線を合わせないようにうつむいている。


 クリストフにとって復讐に時間をかけることは苦ではなかった。

 拙速を選び中途半端な復讐をするくらいなら、時間をかけてでも十全な復讐を完遂する。

 それがクリストフという人間だった。


 実際、彼は五年間耐えた。

 いや、村にいた頃も含めれば、もっと長い時間だ。

 その時間を耐えに耐え、パーティー追放という完璧な復讐を果たしたのだ。


 ――絶対に俺の下にひれ伏せさせ、後悔させてやる。


 『疾風怒濤』の面々、特にマクガニーとロンが自らの非を認め、頭を下げて謝罪する姿を思い浮かべ、クリストフは暗く笑った――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 通信用の魔道具で連絡をとったウルが途中で合流し、『無窮の翼』の一同はギルド酒場で時間を潰していた。


 誰もが意図的に『疾風怒濤』とのやり取りについては話題に上げなかった。

 代わりに俎上に上がったのはラーズだ。

 ラーズをこき下ろし、彼の今後の境遇をあざ笑うことで、先ほど受けた屈辱を忘れようとしたのだ。


 そして、日が傾いてきた頃、目当ての人物がギルド内に入ってきた。


「おい、奴が来たぜ」

「ああ、ちょっと声をかけてくる」


 入り口から『闇の狂犬』の五人が入ってきた。

 騒がしかったギルド内が鎮まり、冒険者たちは彼らと目を合わせないように視線をそらす。

 そそくさと外に出て行く者もいた。


 『闇の狂犬』は男だけのパーティーだ。

 彼らは素行が悪く、しょっちゅう問題を起こしている。

 誰彼構わずケンカを売り、気に食わない奴はボコボコにする。

 気に入った女を力づくで犯すだとか、ダンジョン内でヤツらと揉めたパーティーが行方不明になっただとか、禁制の薬物を売りさばいているだとか、悪い噂も絶えない。


 今日のダンジョン攻略を終え、精算のためにギルドを訪れたのだが、他の冒険者たちは彼らに因縁をつけられないように、そっと離れていく。


 その先頭、肩で風を切るように進むのが『闇の狂犬』のリーダーであるムスティーン――クリストフたちの目当ての人物だ。


 『闇の狂犬』の中でも、もっとも喧嘩っ早く、残虐と言われ、凶暴なメンバーたちを力で従えている男。

 噂では、騎士の家系である某貴族の三男坊であるが、問題を起こしすぎて勘当されたとも言われている。


 普通だったら、関り合いになりたくないと考える相手だ。

 しかし、クリストフはあまり気にしていなかった。

 どんな相手であっても、【勇者】である自分に従うべきであり、たとえそれが狂犬と呼ばれるムスティーンでもそれは変わらないと考えていた。

 そして、清濁併せ呑むのも【勇者】としての器量であるとも。


 すでにその考えが上手くいかないことは『疾風怒濤』の一件で明らかになったはずなのだが、あれは【勇者】の威光を理解していないアイツらが間抜けなだけだと、クリストフは結論づけていた。

 狂犬であろうと、きちんした主人が躾ければ、ちゃんと改心する。


 人間性には問題があるが、その実力は折り紙つき。

 闇魔法と直剣で戦うジョブランク3の【暗黒剣士】。

 ムスティーンが加われば、『無窮の翼』はさらに強くなる。だから、ムスティーンは『無窮の翼』に加入すべきなのだ。

 チンピラどもを従えて、お山の大将を気取っているよりは、【勇者】の下でその力を発揮すべき。

 それこそが世のため人のためだ。


 傍から見たら、頭の中がお花畑としか思えない考えだが、クリストフは心の底からそう思い込んでいた。


 ムスティーンは精算のため受付の行列に並ぶ他の四人のメンバーたちと分かれ、酒場に向かってくる。

 さすがの『闇の狂犬』といえど、ギルド内で不要な問題を起こす気はないようで、おとなしく行列の最後尾に並んでいる。


 いや、おとなしくなんかなかった。

 受付の行列に並ぶのは1パーティー1人がマナーだ。大勢で並んでもジャマなだけだから。

 しかし、そんなマナーなんぞ知ったこっちゃないとばかり、『闇の狂犬』の四人は大声で騒いでいる。

 こういう行為から評判が下がっていくのであるが、『闇の狂犬』は自分たちの悪名が売れると、むしろ喜んでいる節があった。


 一方、こちらに向かってくるムスティーン。クリストフとの距離が近づく。

 同じ長身金髪イケメンの両者であったが、クリストフが貴公子然とした優男であるのに対し、ムスティーンは危険な香りのする野性味あふれる偉丈夫であった。


 ムスティーンはクリストフには目もくれずにズンズンと進んでいく。

 横を通りすぎようとしたムスティーンに、クリストフが思い切って声をかける。


「なあ、ムスティーン」

「…………」


 ムスティーンは返事も返さず、ギロリと睨みつけた。

 その迫力に少したじろいだクリストフであったが、気を持ち直し、なんとか言葉を続ける。


「ちょ、ちょっと話があるんだが……」

「…………」


 しばし、無言で睨みつけるムスティーンであったが、急に笑みを浮かべる。


「まあ、呑みながら話そうぜ」

「あっ、ああ」


 その笑みがなにか不吉なものに感じられたが、クリストフは反射的に肯定の意を返した。

 話しかけたのは自分からであったのに、すでにムスティーンにペースを握られていることをクリストフは理解していた。


 ――やりづらい相手だ……。


「おっ、あそこがオマエらの席か」


 『無窮の翼』のテーブルを見つけると、ムスティーンは真っ直ぐに進んでいく。

 クリストフはそれを慌てて追いかけた。


「よお、ちょっと空けてくれや」


 ムスティーンは空いていた椅子を片手に声をかけると、クウカとウルの間を強引にこじ開け、二人の間に座り込んだ。

 クウカとウルは嫌そうに顔を顰めるがお構いなしだ。


 その傍若無人な振る舞いに、向かいに座っていたバートンは文句を言おうとしたが、ムスティーンに睨みつけられると、口をふさぎ黙りこんでしまう。


 バートンは一見粗野で乱暴だが、実は小心者だ。

 弱い相手には威勢よく振る舞うが、ロンやムスティーンのような格上に凄まれると猫のようにおとなしくなってしまう。


 クリストフもムスティーンの振る舞いに思うところがあったが、今は本題を優先すべきだと、ムスティーンを咎めはせず、バートンの隣に腰を下ろした。


 我が物顔で振る舞うムスティーンは、クウカの前に置かれたビアマグを手にすると、勢い良く煽った。

 クウカが「あっ!」と声を上げたが、止める暇もないうちに、ムスティーンはビアマグを空にする。

 ドンとビアマグをテーブルに打ち付け、ゆっくりと口を開いた。


「で、俺になんの用だ?」


 クリストフが呆気(あっけ)にとられているうちに、ムスティーンから振ってきた。

 会話の主導権を取り戻そうと、クリストフが問いかける。


「ムスティーン、うちのパーティーに入らないか?」

「おう、いいぜ」

「本当かっ!」


 ムスティーンが軽い調子で即答する。

 まるで「昼はサンドイッチでいいか?」と尋ねられたときのような軽い調子で。


 ――やはり、ムスティーンほどの男なら、『無窮の翼』の価値を、そして、【勇者】の価値を分かっているんだな。やっぱり、ロンのような二流はダメだな。アイツが加入しなくて良かった。


 ムスティーンの快諾にクリストフは喜びを顔に浮かべるが――。


「ああ、その代わり、この二人は今日から俺の女な」

「えっ!?」「はっ!?」


 いきなり信じがたいことを言われ、クウカとウルが肩をピクリと震わせる。

 だが、ムスティーンはそんな反応を気にすることもなく、二人の肩に馴れ馴れしく肩を回した。


「「きゃっ!?」」


 そして、二人の胸を乱暴に握りつぶす。

 ニヤニヤといたぶるような野獣の笑みとともに。


「ちょっ……」「やめっ……」


 クウカとウルは身をよじって逃れようとするが、ムスティーンの太い腕に押さえつけられ、それもままならない。

 ムスティーンは二人の胸を揉みしだき、その感触を堪能する。

 クリストフを挑発する視線をその目に浮かべて。


「ふざけるなっ!」


 さすがのクリストフも激高し大きな声を上げる。

 その声に、ムスティーンの顔から笑みが消え去り、

 凄まじい殺気でクリストフを射すくめる。


「あっ、あっ……」


 それだけで、クリストフは縮み上がり、言葉も出せなくなってしまった。


「フザケてるのはどっちだよ、お坊ちゃん」


 声を荒げるでもなく、淡々としゃべるムスティーンだが、その言葉は冷たい刃のようにクリストフの精神を切り刻んだ。

 バートンはすっかりと萎縮し切っているし、クウカとウルもあまりの恐怖に、俯いて歯をガチガチと鳴らしている。


「オメエが言った『パーティーに入れ』って言葉――それは俺にオマエの下につけって意味だろうが」

「そっ、それはっ…………」

「誰がオマエみたいなザコの下につくんだよ。仲間にして欲しいなら、『なんでも言うこと聞きますから、どうか俺たちを傘下に入れさせて下さい』だろ」

「…………」

「いつから俺様に対等な口聞けるようになったと勘違いしたんだ」

「…………」

「調子に乗ってんなよ、お坊ちゃん」

「…………」


 それだけで人を殺せそうな鋭い視線を向けられ、クリストフはうつむき、拳を握りしめて耐えることしかできなかった。

 そこに精算を済ませた『闇の狂犬』の面々がやってきた。


「おっ、ボス、なんか楽しそうですね〜」

「ホントだ」

「おっ、『無窮の翼』じゃん。勇者くんもいるし」

「あれ、勇者くん、下向いちゃってるじゃん。どうしちゃったの?」

「おう、オマエらも適当に座れや」


 ムスティーンが命じると、他のメンバーたちも椅子を持ってきてクリストフとバートンを取り囲むように座った。

 二人はクリストフとバートンの外側に座り、クリストフとバートンの首に腕を回してくる。

 残りの二人はクリストフとバートンの後ろに座り、至近距離から顔を覗き込んでいる。

 もちろん、親愛の情ゆえではない。完全に舐めきっているからこその振る舞いだ。


 取り囲まれたクリストフとバートンはますます縮こまってしまう。

 クウカとウルの女性陣は、すでに顔面蒼白だ。


「あれ、どうしちゃったの、勇者くん?」


 『闇の狂犬』の一人が、クリストフの頬を馴れ馴れしく手でペチペチと叩く。

 普通、ここまで虚仮(こけ)にされたら、やり返すしかない。それが冒険者の流儀だ。


 黙っていれば、さらにナメられる。

 そして、一度ナメられたら、とことんナメられる。

 冒険者としての矜持を守るためには、ここで立ち向かわなければならない。

 しかし、怯えきったクリストフは黙ってうつむくことしか出来なかった。


「もとから、調子に乗ってるオマエにはムカついてたんだわ」


 ムスティーンがクリストフに向かって嘲るように言い放ち、次いでバートンに顔を向ける。


「それと、オマエ、なんつったっけ? 隣でビビり過ぎなデカ物くん?」

「…………」

「おいっ、ボスが聞いてんだから、さっさと答えろよ」


 バートンは恐怖のあまり、口も利けないでいた。

 その後ろに立つ男が脅かすように、バートンの顔の前でナイフをちらつかせる。


「ひっ……。ば、バートンです」

「そうだ、そんな名前だったな。で、くんは普段から『闇の狂犬』なんか、大したことないって言いふらしてたらしいな」

「…………」

「なんか言えよ」


 部下の男が冷たい声とともに、ナイフをバートンの喉元に突き付ける。

 ナイフは首の薄い皮膚を突き破り、熱い痛みとともに一筋の血がバートンの首筋を伝う。


「いっ、いえ、そっ、そんなことはっ――」

「へえ、オマエ、俺が嘘つきだって言うんだ」

「…………」


 バートンは返事が出来ない。

 肯定するにしろ、否定するにしろ、どちらにしたってムスティーンの怒りを買うことは明らかだったから。

 どうにか、ムスティーンの怒りを鎮める方法はないかと必死に頭を巡らすが、恐怖にとらわれていて、ロクな考えが浮かばない。


「腰抜けのくせに、エラそうな口、聞くんじゃねえよ」

「やっ……」「ひっ……」


 より一層の怒りを露わにしたムスティーンは、クウカとウルの胸を握る手に力を込める。


「…………」「…………」


 仲間である女性たちが屈辱的な仕打ちを受けている姿を見ても、クリストフもバートンもなにも出来ず、黙っているだけだった。

 そんな状態に調子に乗った『闇の狂犬』のメンバーたちが煽り、バカにする。


「あれ、勇者くんとデカ物くん、ビビってる?」

「泣きそうじゃん、ウケる」

「ここまでのヘタレは久々だな」

「根性なしにジョブチェンジしろよ」


 クリストフもバートンも完全に呑まれ、すっかり怯えきっていた。


「ほら、謝れよ。俺は寛大だから、今回はそれで許してやるよ」

「さすが、ボス、優しいな」

「俺だったら、許さねえでボコボコにしちゃうな」

「ほら、さっさと謝れよ」

「早く、ドゲザしろ」

「「「「ドゲザ、ドゲザ」」」」


 囃し立てるドゲザコール。

 クリストフは屈辱のあまり、両の拳を強く握りしめる。

 しかし、ここは言われた通りに謝るしか方法がないことは明らかだった。

 クリストフは俯いたまま立ち上がり、ムスティーンのそばまで歩み寄り、両膝を床につける。


「ほらっ、オメエもだよ、デカ物くん」

「はっ、はい」


 バートンは跳び上がり、クリストフの隣へ急ぐ。

 いつもの偉そうな態度とは反対、肩を縮こまらせた姿は怯えきった仔犬のようだった。


 クリストフとバートンの二人が並び、床に頭を下げる。

 しばらく躊躇っていた両者だったが、「早くしろ」と冷酷に告げられる声に、示し合わせたように二人、口を開いた。


「「申し訳ありませんでした」」

「…………」


 二人声を合わせた謝罪の言葉。

 ムスティーンは黙って、二人の頭を見下ろす。

 クウカとウルは息を潜め、騒ぎ立てていた者たちも黙り込む。

 つかの間の静寂が場を支配し――。


 ムスティーンがゆっくりと立ち上がる。

 そして、テーブルのビアマグを二つ掴み、床に這いつくばる二人の頭にエールをドバドバとかけていく。


「「くっ……」」


 あまりにも屈辱的な仕打ちだったが、逆らうことも出来ず、うめき声を上げることしか出来なかった。

 そして、更なる屈辱が――。


 ムスティーンはクリストフの頭を靴裏で踏みつけ、床にグリグリと押し付ける。


「うっ……」


 怒りと恥辱でクリストフは呻き声を上げるが、ムスティーンはお構いなし。

 それどころか、足に込める力をさらに強める。

 尊厳ごと踏みにじるように。


「オマエたち『無窮の翼』は今まで順調にダンジョンを攻略してきたなあ。最速攻略っつー優秀な成績で、苦戦せず、立ち止まる事なく。なあ、勇者のおぼっちゃん、そうだよなあ?」

「あっ、ああ……」


 なぜいきなりムスティーンが褒め出したのか、クリストフには分からなかった。

 だけど、その言葉に少し自信を取り戻す。


 ――そうだ、俺たちは誰よりも早く2つのダンジョンを攻略してきたんだ。俺達『無窮の翼』こそが最も優秀なパーティーだ! なのに、なんでこんな仕打ちを受けなければならないんだっ!


 その思いとともに、怒りが沸き起こりかけるが――続くムスティーンの冷たい言葉によって、怒りは萎んでしまう。


「だから、修羅場を知らねえんだよ――」

「…………??」

「格上相手に死にかけたことがねえんだよ。死と隣り合わせの状況で、それでも命懸けで抗わなきゃならない状況を味わったことがねえんだよ。だから、自分より強い相手にちょっと脅されたら、情けなく尻尾を振ることしか出来なくなるんだよ」


 ムスティーンはクリストフの顔に向かってペッと唾を吐き捨てる。


「テメエらみてえなヘタレが同じ【2つ星】冒険者を名乗ってるなんて、ヘドが出る。それだけじゃねえ、弱いなら弱いなりに身分をわきまえて大人しくしてればいいものを、随分と調子こいてたよなあ」

「…………」

「おいっ、オメエらみたいな調子に乗っているヤツが、どうして今まで見逃してもらえたか分かってるか?」

「いっ、いえ……」

「オメエらのとこにラーズがいたからだよ」

「……ラーズが?」

「アイツはイイ奴だ。礼儀をわきまえているし、人を色眼鏡で見ない」

「…………」

「大抵のヤツは、恐れ媚びへつらうか、関わりを持たないようにする。だけど、奴はどちらでもなかった。俺のメンツを立てながらも、同じ冒険者として対等に付き合おうとしてきた」

「…………」

「俺はラーズが気に入った。何度も一緒に酒を飲んだし、くだらねえバカ話で笑いあった」

「…………」

「そんなアイツが、頭下げて頼んだんだよ。オマエらが調子に乗ってっけど、それは若気の至り。いつか改心するから、それまで見逃してやってくれってな」

「…………」

「だから、今までは奴の顔を立てて、見逃してやってたんだよ」

「…………えっ?」


 クリストフは知らなかった。

 ラーズが裏でそんなことをしていたなんて。

 呆然とするクリストフ。


 ムスティーンはテーブルの上にある料理の乗った皿を数枚、クリストフとバートンに向かって投げつける。

 料理にまみれグチャグチャになった二人に、ムスティーンはもう用はないと背を向ける。


「じゃあな、お坊ちゃん。今度会ったらイジメてやるから、楽しみにしてろよ」

「俺は腕を折っちゃおうかな」

「じゃあ、俺は耳な」

「ひでえな、おい。俺は優しいから、目玉を繰り抜くくらいで許してやるぞ」

「お嬢ちゃんたちも、たっぷり可愛がってやらないとな」

「「「「ぎゃははは」」」」


 捨て台詞を残し、『闇の狂犬』は去って行った。

 茫然自失でそれを見送る、『無窮の翼』の面々。

 自分たちが『闇の狂犬』に目をつけられたことを理解し、怯え上がるのはしばらく時間がたった後だった。


    ◇◆◇◆◇◆◇


 やり取りを見ていた他の冒険者たちの嘲笑に満ちた視線を浴びながら、這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)でギルド酒場から逃げ出してきた『無窮の翼』のメンバーたち。

 人目を避けるようにして拠点に戻り、クリストフとバートンはエールと料理でぐちゃぐちゃになった服を着替え、軽くシャワーを浴びて汚れを落とした。


 今は拠点のリビングに四人集まっている。

 クリストフはなにか考えるように黙りこみ、クウカとウルは先程の恐怖が収まらないようで、その肩は小刻みに震えている。


「なっ、なあ。ヤバくねえか?」


 すっかりビビっているバートンがクリストフに話しかける。

 いつもの威勢はどこへやら、バートンはムスティーンが最後に残した「今度会ったらイジメてやる」の言葉に完全に怯え上がっていた。

 今にでもここから逃げ出さんばかりの勢いだ。


「…………。なにビビってんだ。落ち着けよ」

「でっ、でも……」


 クリストフは無表情。

 バートンのように怯えているのか、それとも、怒っているのか、その顔色からは伺うことが出来なかった。

 無表情のまま、バートンを諭すように口を開く。


「ヤツらだって、町中で攻撃してくるほどアホじゃない」

「そりゃ、そうだけどさあ……」


 冒険者ギルドも官憲も、冒険者同士の揉め事には基本ノータッチだ。

 しかし、さすがに町中で剣を抜いたり、攻撃魔法を放ったりは見逃されない。

 黒い噂の絶えない『闇の狂犬』だが、これまで証拠を残すような悪事は働いていない。

 さきほどの嫌がらせも、ギルドが介入してこないギリギリの線を狙ったものだった。

 だから、いきなり町中で襲ってきたりはしないだろう――それがクリストフの考えだった。


「まあ、さっきみたいな嫌がらせはあるかもしれないから、町中ではヤツらと鉢合わないように息を潜めていればいい。それより、危険なのはダンジョン内だ」

「ああ……」


 冒険者が一番気をつけるのが、ダンジョン内で他の冒険者と揉めることだ。

 ダンジョン内では、アイテムも死体も一定時間がたてばダンジョンが吸収してしまう。

 すなわち、全員殺してしまえば証拠が残らないのだ。


「ダンジョンではヤツらとかち合わないように気をつけ、出会ったら転移石ですぐに脱出すればいい」

「まあ、そうだが……」

「大丈夫。注意しておけば、回避出来る問題だ」

「おっ、おう……」

「まだビビってんのか?」

「ビビってなんかいねえよっ!」


 だが、バートンの声は震えていた。


「アイツらが怖いか?」

「こっ、怖くねえよ……」

「アイツらを怖いと思うのは、アイツらが今の俺たちより強いからだ」

「…………」

「だったら、アイツらより強くなればいい。それだけだ」

「そっ、そうだな。ジョブは俺たちの方が上なんだ。すぐに追い越してやろうぜっ!」


 バートンの顔が明るくなる。


「ああ」


 冷静に頷くクリストフ。


「つーか、クリストフ、オマエはビビってんのか? それとも、怒っているのか? 無表情だから、分かんねえよ」

「俺か? 別に。ただ、復讐の対象が増えただけだ」


 ラーズの追放という長年の悲願を果たしたクリストフの次の目標が定まった。

 『疾風怒涛』と『闇の狂犬』を追い越し、自分を見下したヤツらに復讐することに。


 クリストフは心の中では怒り狂っていた。

 しかし、それを表に出さずに、復讐のための燃料として抱え込んだのだ。

 どうやって復讐したらよいか?

 クリストフの思考はその考えで占められていた。


 しかし、そんなクリストフだが、ひとつ気になることがあった。

 『疾風怒濤』のリーダーであるマクガニー、『闇の狂犬』のムスティーン。

 二人とも、ラーズを評価していた。

 しかも、クリストフからは考えられないほどの高評価だ。


 ――もし、彼らの評価が正しいなら、俺が間違っていたことになる。


 クリストフは頭を振って否定する。


 ――いや、そんなはずはない。ヤツらはラーズに騙されてるんだ。アイツは外面だけは良いからな。ヤツの戦闘力の無さを同じパーティーの俺が一番知っている。アイツは無能だ。役立たずだ。


 そのことも含めて、ヤツらに思い知らせてやる、とクリストフは固く心に誓った。


「それで、後一人はどうするんだ? ジョブランク3の前衛アタッカーといったら――」

「『破断の斧』のジェイソン」

「アイツか……。まあ、しゃあないな」


 『破断の斧』のリーダー、ジェイソン。

 ジョブはランク3の【戦斧闘士】。

 こちらの求める前衛アタッカーで、リーダーとしてパーティーを率いてきた実績もある。

 【勇者】や【剣聖】といった華々しいジョブではないが、ギルドや他の冒険者の間で評価の高い人物だった。


 しかし、バートンもクリストフも、ジェイソンをあまり評価していなかった。

 なぜなら、彼のジョブはランク3ながらもありふれたものだったからだ。

 ジョブの優秀さこそ、冒険者の優秀者。

 そう考える二人にとっては、ジェイソンは明らかに格下で、当初は選択肢に入れてなかった。


 いつものバートンだったら、ジェイソンの加入には大反対するはずだが、今は二つの格上パーティーから

手酷く断られ、弱気になっていた。


「じゃあ、明日、ジェイソンに声をかけてみる。みんなもいいな?」

「おう」

「はっ、はい」

「…………(コクリ)」


 不本意ではあったが、『無窮の翼』の新メンバー候補として『破断の斧』のジェイソンに声をかけることになったのであった。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 以上ざまぁ2連発でした!

 書くのが楽しすぎて、長くなっちゃいました。

 ごめんなさい。


 ざまぁは今後も続きますが、続きはちょっと先で。


 次回――『とある回復職』


 ヒロイン登場です!

 第10話でヒロイン登場は遅いかもしれませんが、構成上こうなってしまいました。

 もっと早めに出したかったのですが、筆者の力量不足です。ごめんなさい。

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