第7話 馬車の中で
馬車に揺られること11日。
いよいよ、今日の晩には目的地である『始まりの街アインス』に到着だ。
俺にとっては約2年ぶりに訪れるアインス。
懐かしい街だ。
アインスがなぜ『始まりの街』と呼ばれるのか。
それを話すためには、まず、五大ダンジョンの説明から始めるのが適切だろう。
この世界にはダンジョンは無数に存在する。
しかしその中には、特別扱いされるダンジョンが五つあり、それらは五大ダンジョンと呼ばれている。
五大ダンジョンには序列が付けられていて、簡単な方から順にファースト・ダンジョン、セカンド・ダンジョン、サード・ダンジョン、フォース・ダンジョン、ラスト・ダンジョンという通称で呼ばれている。
五大ダンジョンを全て制覇した者は、創世の女神様がなんでも願いを叶えてくれると言われている。
それを信じた多くの者が、ダンジョンに挑むのだ。
ある者は不老不死を。ある者は叡智の深淵を。ある者は使いきれないほどの富を、ある者は歴史に残る名誉を。そして、ある者は王侯貴族に匹敵する権力を――。
五大ダンジョンに挑むには資格が必要だ。
どのダンジョンもそれより下の序列のダンジョンを踏破しなければ、入ることが出来ないのだ。
よって、全てのダンジョン攻略者はファースト・ダンジョンから攻略を始める。
そして、ファースト・ダンジョン攻略のための拠点となる街こそが『始まりの街アインス』なのだ。
アインスにはダンジョン制覇を夢見て多くの若者が集まる。
五年前の俺とクリストフもそうだった。
どうしても冒険者になりたかった俺が、同じ農村で育った同い年のクリストフを誘うかたちでやって来たのだ。
俺は五歳くらいからすでに冒険者に憧れ、絶対に冒険者になると決意していた。
だから、自己流ながらも毎日剣を振り、十歳頃からは村近くの森に入って弱いモンスターを狩り、強くなるための努力を積み重ねてきた。
俺の修行にはクリストフも付き合わせた。
最初は乗り気じゃなかったが、無理矢理に木剣を持たせ、模擬戦の相手にしたのだ。
俺に付き合って毎日剣を握るようになったクリストフだが、その腕は俺より下だった。
冒険者になるために村を出るまで、俺は剣でクリストフに一度も負けなかった。
奴は俺ほどやる気がなかったのだから、当然かもしれない。
だが、俺の誘いにクリストフは付いて来た。
その頃のクリストフは気弱で、中々自分の意見を言えず、俺のペースに巻き込まれてばかりだったが、この時ばかりはしっかりと自分の意見を述べた。「俺も冒険者になる。絶対にダンジョンを制覇する」と。
十五歳になった俺とクリストフは村を出た。
馬車を乗り継いで、『始まりの街アインス』を目指したのだ。
アインスに着いた俺とクリストフは冒険者生活を始め、同時期に冒険者になったばかりのバートン、クウカ、ウルを加え、『無窮の翼』を立ち上げたのだ。
『無窮の翼』は俺が立ち上げたパーティーだ。
俺が彼らに声をかけ、勧誘したのだ。
それに初期は俺がリーダーを務めていた。
この街で過ごしたのは三年間。
俺の冒険者人生の中で、一番楽しかった時期だ。
みんな駆け出しの初心者だったけど、手探りながらも、協力しあってダンジョンを攻略していった。
その頃の『無窮の翼』は俺にとって理想のパーティーだった。
お互いの欠点を補いながら、連携しあう。
そして、個々の力を足し合わせた以上の戦力を発揮する。
実際、俺たちは結果を出した。とんでもない結果を。
たったの三年間でファースト・ダンジョンを踏破したのだ。
毎年、多くの者が冒険者となりファースト・ダンジョンに挑むが、半数以上のものはクリアできないまま冒険者を引退する。
踏破するにしたって、五年以上かかるのが当たり前。
そんな中、俺たちは過去の記録を一年ニヶ月も短縮する、歴代最速の踏破記録を打ち立てたのだ。
それだけではなかった。次のセカンド・ダンジョンもまたまた踏破記録を大幅に更新したのだ。
それまでの『神速雷霆(しんそくらいてい)』というパーティーが持つ二年間という記録を半年以上も早い一年半という大記録で。
反響は大きかった。
俺たちは一躍若手のホープ扱いされ、王様に呼ばれ、激励の言葉を賜ったほどだった。
俺たちの快進撃はまだまだこれから。
そう思っていたのだが――俺が理想とした『無窮の翼』はセカンド・ダンジョン踏破とともに終わりを迎えたのだった。
半年前のセカンド・ダンジョンの踏破によって、俺たち『無窮の翼』は変わってしまった。
ファースト・ダンジョン踏破時は、みんなそろってジョブランク2にアップした。
しかし、セカンド・ダンジョン踏破時は、俺以外の全員がジョブランク3にアップ。
しかも、【勇者】、【剣聖】、【賢者】、【聖女】と、四人とも強力なユニークジョブを手に入れたのだ。
俺は一人だけ取り残されたような疎外感を感じた。
それでも、不貞腐(ふてくさ)れたりせず、自分に出来ることを必死にこなしていった。
しかし、パーティーは俺の期待するのとは別の方向に進んで行った。
リーダーは俺からクリストフに代わり。
みんなが連携して戦うよりも、個々の技量を競うようになり。
そして一人だけジョブランク2の俺とみんなの間に溝が出来た。
俺が求めていた『無窮の翼』は地に堕ちた――。
それでもいつかは元の『無窮の翼』に戻れると期待して耐えていたが、結局は追い出されるという始末。
俺の想いはメンバーの誰にも届いていなかったのだ。
しかし、アインスはそんな苦い過去とは無縁の場所。
日々が楽しく充実していた、俺の青い思い出がいっぱいに詰まっている街だ。
今回、2年ぶりの帰還となる。
中々に感慨深いものだ。
精霊王様に言われたからというのもあるが、俺自身まだ五大ダンジョン制覇という夢を捨てきれていない。
だから――俺はアインスからやり直すのだ。
そんなことを考えていると、馬車はスピードを落とし、ゆっくりと停車した。
大きな街道には数キロメートルおきに「停」と呼ばれる開けた場所がある。
馬車を何台も停めることが出来るほどの広いスペースがあり、ここで休息を取ったり、野営したりできるのだ。
俺を乗せた馬車はアインスにほど近い停に停まった。
少し遅い昼食を取るためだ。
停には俺たち以外にも2台の馬車が停泊しており、彼らも同じような昼食を広げていた。
硬いパンに塩辛い干し肉、そして、薄いスープ。
食事は馬車の料金に含まれ、朝昼晩と提供される。
旅の定番であるが、十日間も食べ続けるとさすがに食べ飽きる。
マジック・バッグの中には、もっと美味しい食料が入っているのだが、みんなが同じものを食べている中、一人だけ別のものを食べるわけにもいかないだろう。
だが、それも今回までの辛抱だ。
夕方には、アインスに着く。
そうしたら、美味いものが食べられるし、フカフカの布団が待っている。
俺たちが昼食を取っていると、赤塗りの馬車が停に入ってきた。
この馬車もここで昼食を取るのだろう。
赤塗りは快速馬車である証だ。
魔力で加速する快速馬車は、走る場所にもよるが、だいたい普通馬車の1.5倍の速さだ。
例えば、俺が乗っているドライの街からアインスの街まで、普通便だと11日かかるが、快速便だと7日間。
実は普通便に乗るのは冒険者になって以来初めての経験だった。
冒険者になってからは、移動には快速馬車を用いていた。
お金には余裕があったし、移動に時間をかけるくらいなら、一日でも多くダンジョンに潜っていたかったからだ。
だから、普通便の馬車に乗るのは冒険者になるために育った村を出たとき以来。
そう考えると、普通便に乗るハメになったことも、初心にかえるようで悪くないかもな。
そんなことを考えつつ、硬いパンをスープでふやかしながら食べていると、快速馬車からゾロゾロと乗客が降りてきた。
そのうちの一人が停全体に響くような大声を張り上げる。
「すいませーん。この中にドライの街から来た【精霊術士】のラーズさんはいらっしゃいませんか〜?」
俺を名指しで呼ぶ声は聞き覚えのあるものだった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
誰でしょうか?
気になるところですが、勇者パーティーの話をはさみます。
次回――『勇者パーティー2:新規メンバー勧誘『疾風怒濤』』
勇者パーティーの新メンバー勧誘は上手くいくのか?
お待たせしました。ざまぁ始まるよー!
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