第6話 出発の朝

 俺が目を覚ましたのは、夜が白み始めた頃だった。

 慌ててベッドから飛び起きる。


 精霊王様との出会い。

 夢だったのかどうか。


 それを確かめるために、俺は首から下げた冒険者タグに手を伸ばす。

 タグを掴み、「ステータス・オープン」と念じる。

 すると、頭の中に俺のステータスが浮かび上がった。


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【名前】 ラーズ

【年齢】 20歳

【人種】 普人種

【性別】 男


【レベル】205

【ジョブ】精霊統(せいれいとう)(NEW!)

【ジョブランク】 2→3

【スキル】

 ・索敵   レベル4

 ・罠対応  レベル4

 ・解錠   レベル4

 ・体術   レベル2

 ・短剣術  レベル2

 ・精霊使役 レベル9→10

 ・精霊纏(せいれいてん)  レベル1(NEW!)


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「夢じゃなかった!」


 ステータスに歴然と刻まれている【精霊統(せいれいとう)】のジョブ名とジョブランク3。

 俺は間違いなくジョブランク2の【精霊術士】から、ジョブランク3の【精霊統】にアップしたのだ。


 かつて一冊の書物で知り得た【精霊統】の名。

 千年以上前に一人だけ存在した【精霊統】。

 そんな伝説的なジョブに俺はなったのだ。


 その名を知った時から、いつか俺もなれる日が来ると待望していたジョブだ。

 パーティー追放という屈辱的な仕打ちを受けたばかりだが、それが吹き飛ぶくらい嬉しい!


 その効果も肌で感じることが出来る。

 実際、今までより精霊たちを身近に感じる。

 それに、俺の周りを漂う精霊たちの数が増えた気がする。


 しかも、精霊王様の話だと、物理的に攻撃したり、自分に纏わせたり出来るんだったな。

 この【精霊纏(せいれいてん)】ってスキルがそうなんだろう。

 今まではなかったスキルだ。

 ジョブランクが上がって覚えたスキルに違いない。


 今までは精霊術関係のスキルは【精霊使役】だけだったし、レベルも9だった。

 そちらもレベル10に上がっている。

 ジョブランクが上がったおかげだろう。


 俺は自分がようやくジョブランク3になれた感動に打ち震える。

 そして――なにも考えられなくなるほどだった追放への激しい怒りが、消え去っていることに自分でも驚いた。

 これも精霊王様のお導きゆえだろうか。


 たしかに、今でも腹は立っている。

 許す気にはなれないけど、積極的に復讐したいという気持ちはまったくない(ヤツらから仕掛けてきた場合はその限りではないが)。

 それよりも、これからの新しい生活が楽しみで仕方がない――。


「やばい、急がないと」


 ランクアップした感動の余韻にゆっくりと浸っている暇は、今の俺にはないんだった。


 街と街を結ぶ駅馬車の出発は朝早い。

 日の出ている間に少しでも距離を稼ぐためだ。

 どうしても今日のうちにこの街を出ておきたい。


 今、ヤツらと顔を合わせたら、冷静でいられる自信がない。

 ヤツらに挑発されたら、新たに得た力でやり返してしまうだろう。

 あんな下らないヤツらのせいで豚箱行きはゴメンだ。

 絶対に朝イチの馬車に乗り込まねば。


 だが、その前にひとつやり残したことがある。

 俺はマジック・バッグをあさり、ペンと一番上等な紙を取り出した。


 手紙を書くためだ。

 この街に一人、親しい知人がいる。

 その人も冒険者で、今はダンジョン遠征中だ。


 知り合って3ヶ月だが、いろいろ世話になった。

 出来れば会って直接別れを告げたかったのだが、こればかりは仕方がない。

 だから、別れの手紙を書くのだ。


 俺は急いで、だが、雑にならないように手紙を書き上げた。

 マジック・バッグから取り出した旅装に着替え、くすんだ色の外套を身にまとうと、着ていた服をマジック・バッグに突っ込む。

 そして、マジック・バッグを引っ掴み、階段を駆け下り、無人のカウンターに鍵を置くと、宿を飛び出した。


 昨晩は適当に歩いて宿に飛び込んだから、ここがどこなのか俺には分からない。

 はやる気持ちを抑えながら、教会の尖塔を目印に冒険者ギルドを目指す。


 宿泊した宿は意外とギルドに近かったようで、五分もしないうちに到着できた。

 俺はウエスタンドアを開け、カウンターへ向かう。

 こんな時間だけど、カウンターには受付嬢が一人座っていた。

 冒険者ギルドが24時間営業で助かった。


「あら、ラーズさん。おはようございます。こんな早い時間にどうかしましたか?」

「すまないが、この手紙を『破断の斧』のシンシアに渡してくれ」

「はっ、はい。80ゴルになります」


 まくし立てる俺に受付嬢は少し気圧(けお)されたようだが、きちんと処理してくれた。


「これで頼む。釣りはいらん。それと今まで世話になった。感謝する」

「えっ? ちょ? どういうことですかっ?」


 俺は100ゴル硬貨をカウンターに置くと、受付嬢に別れを告げ、踵(きびす)を返した。

 本来ならパーティー脱退手続きをするべきなのだが、今はなによりも時間が惜しい。

 どうせ放っておいても、クリストフたちがやっておいてくれるだろう。

 背中に受付嬢の声が投げかけられるが、急ぐ俺はそれを無視して、半年間世話になったギルドを後にした。


 俺は通りを全力で駆け抜け、馬車乗り場を目指す。

 通行人がいないこの時間帯だから出来る技だ。

 目指す馬車乗り場は街外れ、南門の側だ。


 走りながら、俺は気がついた。

 そうだっ! 自分に精霊魔法をかけられるようになったんじゃないか。

 風の精霊に頼んで加速してもらうイメージを頭に描くと、自然と詠唱文が思い浮かんだ。


『風の精霊よ、我に纏(まと)い、加速せよ――【風加速(ウィンド・アクセラレーション)】』


 風の精霊の後押しで、俺の走りはグングンと加速していく。


「こりゃ、凄い」


 流れる街並み。「これで見納めか」と寂しい思いがするが、いや、「すぐに戻ってきてやる」と思い直す。

 結局、馬車乗り場まで5分もかからなかった。


 しかも、息切れひとつしていない。

 俺が授かった力は俺が思っている以上に凄いのかもしれない。


「おい、オヤジ、『始まりの街アインス』まで一人だ」


 俺は馬車乗り場の受付であくびを噛み殺しているオヤジに話しかける。


「快速便なら、今さっき出ちゃったよ。今日は普通便しか残ってないよ」


 まあ、今日中に出発できるなら普通便でも構わないか。

 数日も変わらないし、そもそも、そこまで急ぐ旅でもない。

 むしろ、普通便が残っていてラッキーくらいに思っておこう。


「分かった。じゃあ、普通便で」

「2,000ゴルだよ」

「はいよ。出発はいつだ」


 俺は料金をオヤジに握らせて急かす。


「定員になり次第だよ。もうすぐ埋まるだろうから、さっさと乗っておくれ。アインス行きは3番だよ。馬丁にこの札を渡しておくれ」

「ああ、分かった」


 オヤジから札を受け取り、3番の馬車へ向かう。

 馬丁に札を渡し、馬車に乗り込む。

 馬車は八割がた埋まっていた。

 オヤジの言ってた通り、まもなく出発なんだろう。

 間に合って良かった。

 俺は空いているスペースに腰を下ろす。


 馬車に乗るのも半年ぶりだ。

 まさか、また『始まりの街』に戻ることになるとはな。

 でも、絶対にすぐに帰ってきてやる。

 力を蓄えて、ヤツらを追い抜いてやる。

 俺は固く決意した――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 夢オチじゃなくて良かった!


 よくあるHPやSTRなどのパラメータ表示はない世界です。

 また、第2話で説明したように、ダンジョン潜っていないとどんどんレベルが下がる世界です。


 ラーズは元メンバーたちに復讐しません。

 元パーティーメンバーたちが勝手に落ちぶれてくだけです。

 その話はもうちょい先で。


 次回――『馬車の中で』


 馬車だよ! 旅だよ! おしり痛いよ!

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