第5話 勇者パーティー1:クリストフの思い

 ラーズを追い出すことに成功した『無窮の翼』のメンバーたちは、仕切り直して宴を再開した。


「じゃあ、改めて乾杯だな」

「おう」


 【勇者】クリストフがなみなみとエールが注がれた陶器製のビアマグを持ち上げると、【剣聖】バートンもビアマグを掲げた。

 端正な顔立ちのクリストフが掲げると、それがビアマグであっても、ここが王城のパーティー会場であるかのような優雅さを醸し出す。

 それに対し、岩のような巨漢のバートンが持つと、ビアマグも普通のカップのように見える。


「ほらっ、クウカも」

「はっ、はい」


 ワンテンポ遅れて【聖女】クウカが従う。

 クリストフに笑顔を向けられ、それだけで赤面している。

 ラーズを追放した罪悪感は彼女も感じていないようだ。


「…………」


 【賢者】ウルは無言でビアマグを持つ。

 いつもと変わらず、なにを考えているか分からない無表情だ。


「じゃあ、カンパーイ」

「「カンパーイ」」

「…………」


 乾杯の合図でエールを流し込み、クリストフは喜びを噛み締めていた。

 長年待ち望んだ日がようやく訪れたのだ。

 「ざまあみろ」という思いでいっぱいだった。


 クリストフとラーズは同じ村で生まれ育った幼馴染だ。

 だが、彼はラーズに対しずっと劣等感を感じていた。

 村にいた頃は剣でラーズに勝てず、冒険者となってからも偉そうに指図されてばかり。

 そんな屈辱を彼はずっと耐えていた。


 ラーズが名前をつけ、メンバーを集めて立ち上げた『無窮の翼』。

 当然のようにラーズはリーダーを務めてきたが、そのこともクリストフは許せなかった。


 ――なんで、俺がアイツの下につかなきゃいけないんだっ!


 長年抱え込んできた鬱屈した思い。

 それを解消する切っ掛けとなる出来事が起こったのは半年前――セカンド・ダンジョン『風流洞』をクリアした時のことだ。

 ラーズ以外の全員がジョブランク3に昇格し、ラーズだけはランク2のままだった。

 しかも、全員がユニークジョブと呼ばれる強力なジョブ。クリストフに至っては数十年に一人と言われる【勇者】だ。

 記録を大幅に更新する驚異的な攻略速度、そして、ユニークジョブで固められた『無窮の翼』は国王陛下に謁見する栄誉を授かり、陛下からの直々にお褒めの言葉を頂いたのだ。


 ――【勇者】である俺こそが、リーダーに相応しい。みんな俺の下に付くべきなんだ。


 クリストフはこの考えに取り憑かれた。

 リーダーとして振る舞い、みんなに言うことを聞かせるようになった。


 ――もうラーズの言う通りにする必要なんかない。俺は自分が思う通りに行動する。それこそが【勇者】である俺には相応しい。


 それ以来、クリストフは司令塔であったラーズの命令に従わず、好き勝手に動くようになった。

 最初は上手くいった。

 サード・ダンジョンのモンスター相手でも、自分一人で倒すことが出来た。


 ――これこそが【勇者】の力だっ!


 クリストフの変化は他のメンバーにも影響を与えた。

 最初に変わったのはバートンだった。

 バートンもまた【剣聖】として、強大な力を得た。

 クリストフにバートンという2枚の強力な前衛――それに【賢者】となり威力が倍増したウルの攻撃魔法があれば、どんなモンスターも一方的に倒すことが出来たのだ。


 ――自称司令塔のラーズなんかいらない。俺たち3人の殲滅力と【聖女】クウカの回復魔法があれば、胡散臭い精霊魔法使いなんか必要ない!


 クリストフはことあるごとにラーズを貶(けな)し、戦闘においてラーズが必要ないことを示していく。

 そうしているうちに、その考えはラーズ以外のメンバーの中に浸透してった。


 そのことにクリストフは多少溜飲を下げたが、完全に満足したわけではなかった。

 ラーズは相変わらず、自分の下につこうとせず、偉そうに指図してくる。

 クリストフはどうしても、許せなかった。

 そして、クリストフは最後の手段に出る。


――よし、ラーズを追い出そう。


 最初はクリストフもそこまでは思っていなかった。

 ラーズを自分の下につけ、立場の違いを分からせれば、それで満足するつもりだった。

 しかし、なかなか思い通りにならないラーズに、ついに、クリストフはブチ切れ、追放することを決意したのだ。


 それからのクリストフは慎重に根回しをし、ラーズ以外の全員が同意するように仕向けていった。

 本人にバレないように、水面下でこっそりと。


 単純なバートンは一番簡単だった。

 おだて上げると、素直にクリストフに従った。


 クウカも簡単だった。

 彼女はクリストフに惚れている。

 それを知っているクリストフは、彼女の気持ちを利用した。


 クリストフが一番難航すると思っていた相手がウルだったが、クリストフが考えを告げるといつも通りの無表情で「わかった」とだけ告げてきた。

 彼女がなにを考えているのか、クリストフには分からなかったが、自分の考えに同意してくれれば、それで十分だった。


 こうして根回しも済み、ようやく今日になってラーズを追い出すことが出来た。


――それにしても、さっきのラーズの表情は最高だったな。ざまあみろっ!


 追放した本当の理由はクリストフの復讐心。

 ラーズが精霊魔法使いだとか、ジョブランク2だとか、攻略が停滞しているだとか、全部後付けの理由だ。

 クリストフはようやく復讐を果たしたのだ。


 クリストフは長年の恨みを晴らすことが出来た満足感とともにエールを飲み干す。


 そうして、宴は進んでいく――。


「ぷはあ。酒がウマいぜ。これで食いもんがウマかったら、文句ねえんだけどな」


 濃いタレで味付けされた羊のスペアリブにかぶり付くバートンは少し顔をしかめた。


「まあ、この街じゃあしょうがないさ」


 ここ『ドライ』の街にあるダンジョンは通称『巨石塔』。

 出現するモンスターは石や岩系のモンスターばかりで、食用に適した素材をドロップする獣型モンスターは極めて少ない。


「今日はめでたい日だろ? モンスター肉頼もうぜ。オークでいいからさあ」


 これまで訪れた街と違って、モンスター肉は外から持ち込まれたものしかない。

 それゆえに、希少で高額だ。


「そうだな、今日くらい贅沢するか。クウカ、適当に頼んどいてくれ」

「はっ、はい。わかりました」


 注文したオーク肉を楽しみながら宴は盛り上がっていった。

 ウルだけは無言で葉野菜のサラダばかり食べていたが。

 そして、宴が一段落したところで、バートンが問いかける。


「で? どうするんだ? 当てはあるんだろ?」

「いや、これから考える」

「はっ?」


 バートンがイラッとした表情を浮かべる。


「オマエ、後任の当てもなくアイツを追い出したのか?」

「なにか問題があるか? 俺たちは『無窮の翼』だ。俺たちが声をかければ、誰だって躊躇いなく飛びついて来る。そうだろ?」

「……まあ、そりゃそうだな」


 クリストフの意見にバートンは納得げに頷いた。

 確かに『無窮の翼』より攻略が進んでいるパーティーはいくつかいる。

 しかし、『無窮の翼』こそが、この街の最強――すぐに追い抜かす。


 この傲慢な考えはクリストフとバートンに共通するものだった。


「それで、誰を入れるつもりなんだ? 偉大なるリーダー様の考えを聞かせてくれよ」

「まあ、焦らず俺の話を聞けよ」

「おっ、おう」

「俺たちの攻略が第15階層で滞っていた理由。それは殲滅力不足だ。だから、アタッカーを入れて火力を上げようって話になってただろ?」

「ああ、そうだな。アイツはまったく戦力に貢献していなかった。もう一人アタッカーが増えれば、第15階層のモンスターくらい楽勝になるな」

「……アタッカーですか?」


 クウカが躊躇い気味に尋ねる。


「そうだ。クウカとウルも良い考えだと思うだろ?」

「……ワタシはクリストフさんの考えに従います」

「…………(コクリ)」


 相変わらずイエスマンと無関心な女性陣。

 だが、自分に逆らう者がいない状況はクリストフにとってとても心地よかった。


 ――今までは、俺がなにか言うとすぐに反対する目障りなヤツがいたからな。


 それだけでも、追放は間違いじゃなかったとクリストフは再認識する。


「入れるのは前衛と後衛、どっちだ?」

「後衛の魔法使いだと、ウルの劣化版にしかならないだろ」

「ああ、確かにそうだな」


 【賢者】であるウルは魔法の威力と魔力量がずば抜けている。

 この街にもジョブランク3の魔法職はいるが、ウルに匹敵する者はいないのだ。


「だから、前衛アタッカーを入れようと思う」

「オッケー、賛成だ。オマエらもいいよな?」


 女性陣は頷いて肯定の意を示す。


「もちろん、ジョブランク3だよな?」

「ああ、当然だ」

「そうなると『疾風怒涛』のロンか、『闇の狂犬』のムスティーン辺りか?」

「そうだな」


 多くの冒険者がいるここ『ドライ』の街であっても、そのほぼ全員はジョブランク2だ。

 ほとんどの人間はここのダンジョン『巨石塔』をクリアすることによって、ジョブランクが2から3に上昇する。


 そんな中でジョブランク3である者は必然的に目立つことになる。

 10人ちょっとしかいない、この街のジョブランク3冒険者。

 全員の顔と名前、ジョブ名から所属パーティーまで、この街の冒険者であれば知っていて当たり前だ。


 クリストフとバートン以外でこの街にいるジョブランク3前衛アタッカーは3人。

 うち2人はバートンが挙げた2人。

 この2人は【勇者】や【剣聖】ほどではないが、強力なレアジョブだ。

 ロンは素早い動きで敵を撹乱し、短剣で致命的な一撃を放つ【アサシン】。

 一方のムスティーンは闇魔法と直剣で戦う【暗黒剣士】。

 ジョブランク3のアタッカーは他にもう1人いるのだが、バートンは格下扱いしており、最初から選択肢に入れていないようだ。


「まずはロンだな。俺たち以外じゃあ、アイツが一番マシだろ」

「ああ、俺もそう思う。ムスティーンは性格に問題があるしな。明日にでもロンに声かけてみよう」

「そうだな。俺も付いて行くぜ」


 ジョブのレアリティーで言えば、クリストフとバートンの方が上だが、冒険者としてはロンの方が先に行っている。

 全50階層の『巨石塔』。

 『無窮の翼』は現在第15階層で足踏みしているが、ロンたちの『疾風怒涛』はその倍以上、今は第34階層に挑んでおり、この街で一番先を行っているパーティーだ。


 明らかに格上であり、先輩として敬意を払うべき相手なのだが、クリストフもバートンも「自分たちの方が上であり、いずれ追い抜く相手」という意識しかなので、敬意の欠片も持ちあわせていない。

 自分たちが誘えば尻尾を振って付いて来ると思い込んでいた。


 ロンを誘うことで意見が一致した彼らはあらためて乾杯。

 誘いを断られる可能性なんて考えておらず、新しいパーティーに思いを馳せていた。

 クリストフもバートンも追い出したラーズのことは忘れたように浮かれていた。

 無言を保つウルはどう考えているか分からない。

 クウカはクリストフの顔をうっとりと見つめている。


 こうして夜は更けていく――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 勇者パーティー側も各人、思惑があるようです。

 新メンバー勧誘はどうなるんでしょうか?

 次の勇者パーティーの話は第8話、ざまぁの始まりです。


 次回――『出発の朝』


 バイバイ、ドライの街!

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