第4話 精霊王との邂逅

 俺は適当に視界に入った安宿に転がり込み、今夜の寝場所を確保した。

 今後どうなるか分からないので、贅沢は出来ない。

 それに、今の最低な気分では、どこに泊まっても大差ない。


 現在、その宿屋の一室に俺はいる。

 虫が湧くほどではないが、駆け出し冒険者の頃に泊まったような、狭く汚い部屋だった。

 マジック・バッグを床に下ろし、ベッドに身を横たえている状態だ。


 今日は一週間のダンジョン遠征を終えて帰ってきたばかりだ。

 本来なら、横になるとすぐに猛烈な眠気が襲ってくるのだが、今日に限ってはその気配すらなかった。


 感情が昂ぶり、興奮している自分を静めるのにはひと苦労した。

 だけど、俺は自分を落ち着かせなければならない。

 今後の身の振り方を決めなければならないからだ。


 大丈夫。俺は精霊術使いだ。

 感情を落ち着かせることには慣れている。

 深呼吸を繰り返し、徐々に気持ちを落ち着かせていく。


「さて、これからどうするか?」


 あそこまで虚仮(こけ)にされる仕打ちを受けて、今さらあのパーティーに戻りたいとは思わない。

 一人で再出発するしかないのだ。


 冒険者を辞めるという選択肢はありえない。

 俺が冒険者を辞めるのは、俺が死ぬ時だ。

 五歳のときに、俺はそう誓った。

 その想いは今でも変わっていない。


 問題となるのは、冒険者としてどう活動するかだ。

 他のパーティーに入れてもらうのか。

 しばらくはソロで活動するのか。

 それとも、また新たなパーティーを立ち上げるのか。


 ベッドに寝っ転がり、暗闇の一点を見つめながら、俺は考え続ける。

 考えを進める度に、奴らの憎らしい顔が思い出され、その度に怒りが再燃する、そして、その怒りを必死に押さえつける。


「くそっ!」


 怒りに任せ、枕を殴りつける――。


 いくら感情を鎮めることに慣れているとはいえ、今回ばかりは中々怒りが収まらなかった。

 ろくに考えもまとまらないまま、そんなことを何十回と繰り返しているうちに、明け方が近づいてきた。

 そして、いつの間にか俺は意識を手放していた――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 気がついたら、俺は真っ白な空間にいた。

 数メートルもある巨大な光の塊が、前方で強烈な存在感を放っていた。


 俺はこの光景に見覚えがある。

 この場所にも、あの光の塊にも。

 あれは俺が以前ジョブランクアップした時のことだ。

 ということは――。


「久しいのう、ラーズよ」


 光の塊が厳かな声で語りかけてきた。

 光の塊は球状から、朧(おぼろ)げな輪郭をもった人型へと姿を変える。


「お久しぶりです。精霊王様。以前とお姿が異なるようですが……」


 以前に会った時は精霊王様は球状をしており、今回のように人型ではなかった。


「それは、お主と精霊との親和力が高まったからだ」

「そうなのですか?」

「うむ。お主が精霊との親和力を高めていけば、真の姿の我と対面する日もいずれ訪れるであろう」


 精霊王様の真の姿。

 それを知る者は誰もいない。

 書物にも精霊王様は光の塊であると書かれている。


「私をお呼びになられたということは……」

「うむ。お主の思っている通りじゃ。お主に更なる力を授けようと思ってな」


 その言葉に俺は喜びに打ち震えた。

 俺はもっと強くなれるんだ。

 力さえあれば、俺を追放したアイツらを見返してやることが出来る。

 しかし、ひとつ疑問があった。


「どうしてまた、このタイミングでなのですか?」


 以前、精霊王様と出会い、ジョブランクアップしたのはダンジョンを踏破したときだった。

 てっきり次に会うのもダンジョンを踏破した時だとばかり思っていた。


「お主が精霊を見ているように、精霊もまたお主を見ておる」

「…………」

「今のお主には力が必要であろう」

「…………」

「既にお主の精霊との親和力は、更なる力を受け入れるのに十分なほど高まっておる」

「そうなのですか?」


 自分ではそれほどの実感は得られていない。


「うむ。先ほど火の精霊を使役したとき、いつもとの違いに気がつかなかったか?」


 チンピラが絡んできたときのことか……。

 あの時は怒りに支配されていて気づかなかったが、言われてみれば、いつもでは考えらないほどの精霊の量と密度だった気がする。


「激しい感情の爆発。それが精霊を強く求め、引き寄せ、お主と結びついたのだ」

「…………」


 確かに、今夜ほど激情に支配され、感情のままに行動したことは今までになかった。

 まさか、追放がきっかけで新たな力を手に入れることになるとはな……。


「本来ならば、お主に力を授けるのは今のダンジョンを踏破した後の予定だったのだが、お主は今、苦境に立たされておるであろう」

「ええ…………」


 精霊王様は全てお見通しだ。


「だから、少し前倒ししてやったのだ。安心せよ、今のお主なら新たな力を使いこなすことは十分可能なはずだ」

「はい。ありがとうございます」

「ただ、気をつけよ。激しい感情は破滅と紙一重だ。暴走した精霊は術者の魂まで喰らい尽くす。そのことは決して忘れるでないぞ。命を燃やすほどの激情に心を任せ、なおかつ、それを冷徹な理性で制御するのだ。お主ならばきっとそれが出来るであろう」

「はい。肝に銘じておきます」

「では、お主に力を授けよう」


 精霊王様が手を前に伸ばす。

 その指先から光の玉が飛び出し、俺の身体に吸い込まれるように消滅する。

 それと同時に、全身を今まで感じたことがない活力が駆け巡る。


「これが新しい力…………」


 俺が感動に浸っていると、精霊王様から声がかかった。


「新たな力は精霊を物質に作用させることが可能だ。火の精霊で物を燃やすことも出来るし、水の精霊ですべてを流し尽くすことも出来る。それにお主本人に精霊を纏(まと)わせることも可能じゃ。その力、十全に使いこなしてみせよ」

「はい、承知いたしました」


 返事をしながらも、俺は精霊王様が語った内容に驚愕していた。

 精霊は概念的な存在であり、物質に作用することはない。対象の精神にのみ作用できる存在。

 加えて、術者本人には作用させることが出来ない。

 それが常識だ。

 しかし、精霊王様の言葉はそれを真っ向から否定するものだった。


「試しに精霊を纏ってみよ」

「はい」


 火の精霊を呼び出し、右腕に纏わりつくよう命ずる。

 すると、俺の右腕は燃え盛る炎に包まれた。

 俺自身は熱さを感じない。

 しかし、この右腕で攻撃すれば、攻撃対象を燃やせると直感できた。


「すごいっ…………」

「加えて、今のお主は自分の声を精霊に届けることが可能だ。なにか言葉で命じてみよ」

「はっ、はい」


 右腕に纏わりついている火の精霊に語りかける。

 語りかける言葉は自然と心の内から浮かび上がってきた。


『火の精霊よ、球となりて翔び出せ――【火球(ファイア・ボール)】』


 途端、右腕から30センチほどの火球が飛んで行く。

 俺がイメージした通りの大きさ、速さ、軌道そのものだった。


「すっ、凄い!」


 この能力があれば、味方をサポートするだけでなく、前衛で直接戦闘することも出来る。

 それだけじゃない。精霊を飛ばして遠距離攻撃も出来るし、精霊の壁で壁役(タンク)も出来る。

 回復こそ出来ないものの、それ以外は万能じゃないか!


「精霊はお主の心を感じ取り、言葉を理解する。これからは精霊にたくさん話しかけよ。さすれば、お主の精霊魔法はその分だけ成長するであろう」

「はっ、はい。そのように心がけします」


 早速、俺は右腕に留まっている火の精霊に感謝の気持ちを伝える。

 それを理解したようで、火の精霊は俺から離れていった。

 気のせいか、火の精霊は嬉しそうにしているように思えた。


「どうじゃ、これがお主の新しい力じゃ」

「本当にありがとうございます」

「なに、気にするな。お主がそれだけ精霊たちと仲良くした証じゃよ」

「いえ、本当に感謝しております」


 パーティーを追放され、全てを失ったと思った。

 だけど、どん底の俺を精霊王様は救って下さった。

 この恩は死ぬまで忘れることがないだろう。


「ワシに恩義を感じるのであれば、『始まりの街』に向かうがよい」

「『始まりの街』ですか?」

「そうじゃ。もう一度、最初からダンジョンに挑むのじゃ。すべての記録を消して、最初からやり直すのじゃ」

「……………………」


 最初からやり直す?

 すべての記録を消す?


 精霊王様の考えを理解しかねて黙っていると、精霊王様はさらに続けた。


「お主はまだ本当の意味でダンジョンをひとつも攻略していない」

「えっ!?」

「精霊王はワシ一人ではない。ワシ以外にも4人の精霊王が存在する。ヤツらはダンジョンにおる。ヤツらを探し出し、出会うのじゃ。それが出来て初めて、真のダンジョン制覇と言える。そのためには、すべての記録を消してやり直す必要がある」

「記録とは、チェックポイントの記録ですか?」

「ああ、そうだ」


 ダンジョンに関する記録といえば、チェックポイント登録だ。

 ダンジョンの各所にはチェックポイントと呼ばれる場所がある。

 冒険者タグにチェックポイントを登録することによって、チェックポイントへ転移が可能になる。


 それを消すということは、本当に一からダンジョン攻略をやり直すことを意味する。

 そうする理由は分からないが、精霊王様の言葉であるならば、従う以外の選択肢はない。


「分かりました」


 とりあえず『始まりの街』に戻り、もう一度最初からダンジョン攻略をやり直す。四人の精霊王様たちを探し、真のダンジョン踏破を目指す。


 当面の目標は定まった。

 どうしようか悩んでいた俺に、精霊王様は行動の指針まで与えてくれたのだ。

 感謝してもしきれない。


「それでは、お主の健闘を祈っておるぞ――」


 その言葉を最後に、俺は眩い光りに包まれ、意識を失った――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 無事、覚醒!

 各ダンジョン、クリアには2パターンあるみたい。

 強くてニューゲーム!


 次回――『勇者パーティー1:クリストフの思い』


 追放後の勇者パーティーの話だよ。

 ざまぁはもう少し先(第8話)まで待っててね!


   ◇◆◇◆◇◆◇


【宣伝】


「バグ技は淑女の嗜みでございます」

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完結しました!

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