第3話 さらば拠点
チンピラどもを撃退したところまでは覚えているが、その後どこをどう歩いたのか、まったく記憶がない。
気がついたら、拠点の借家にたどり着いていた。
「こんな精神状態でも身体はきちんと覚えているんだな。ははっ」
自嘲気味につぶやき、灯りがともっていない暗い家を見上げる。
ここドライの街にやって来てわずか半年だが、その間過ごした家だ。
ダンジョン遠征で空けることも多かったが、これでお別れとなると無性に名残惜しかった。
俺はしばらくの間、心に焼き付けるように、家屋を眺め続けた。
やがて、俺は中に入る決心をした。
鍵で扉を開けると、共用部分のリビングを通り抜け、私室へ向かう。
私室のドアには鍵をかけていたはずだが――ドアが少し開いている。
そういえば、クリストフがマスターキーを持っていたな……。
嫌な予感を感じながら私室に入った俺は、辺りを見回し――唖然とする。
また、怒りが込み上げてきた。
――拠点の私物は好きに持って行っていい。それが手切れ金だ。
クリストフの言葉が頭の中で繰り返される。
「なにが『好きに持って行って良い』だ。フザケやがってッ!」
部屋の中は散々に荒らされ、高価な重要アイテムは根こそぎ奪われていた。
残されていたのは二束三文のガラクタばかり。
どうせ、俺が唖然としている様を想像して嗤っているんだろう。
そう思うと、はらわたが煮えくり返る思いだ。
ご丁寧なことにテーブルの上に1本だけマナポーションが置かれているのが、「オマエの手切れ金はこれ1本くらいで丁度いいだろ」と言っているようで、余計に怒りを誘う。
一瞬、怒りのあまり、備え付けの家具をメチャクチャにブチ壊したい衝動に駆られるが、すんでのところでグッと堪える。
「いや、ダメだ。そんなことをしたら、ヤツらが喜ぶだけだ」
アイツらの稼ぎからしたら家具など安いものだ。
俺がそれをぶち壊しても、「アイツ、こんなに怒ったんだな。笑える」と思うだけだろう。
俺は深呼吸を繰り返し、怒りを鎮める努力をする。
鎮静作用を持つ水の精霊の力を借りたいところだが、あいにくと精霊魔法は術者本人には作用させることが出来ない。
これも精霊魔法の使い勝手が悪いところだ。
怒りが収まってきたところで俺は思う。
ここでのんびりしてて、酒場から帰って来たヤツらと顔を合わせるのはまっぴらゴメンだ。
それに今夜泊まる宿も探さなきゃならない。
「さっさと荷物をまとめて、ここを出よう」
俺はあらためて室内を見回し、持っていけそうな物を探し出す。
冒険に役立ちそうな物は根こそぎ持って行かれている。
大型の物は持っていけないし、結局持っていけそうなものは数着の普段着と下着、それに、数枚のタオルだけだった。
俺はそれらをマジック・バッグに突っ込み。テーブルの上のマナポーションは無視だ。ヤツらから施しを受けるつもりはない。
マジック・バッグは異空間に繋がっていて、実際のサイズの何倍もの量を持ち運べる。
価格に比例して倍率は上がるのだが、俺が持っているヤツの容量はこの部屋の広さと同じくらいの優れ物だ。
それ以外にも、入れた荷物の重さを感じないとか、バッグの中は時間経過がほとんどゼロとか、収納物は念じただけで取り出せるとか、いくつかの便利機能がついている。
それに使用者の魔力を登録して、登録者本人しか使えないようにするセキュリティー機能もある。
だから、盗まれたりしないし、今回、クリストフたちに没収されたりもしなかった。
ヤツらのことだから、この機能がなかったらマジック・バッグまで置いていけと言ったことだろう。
マジック・バッグは冒険者にとって生命線だ。
冒険に必要最低限のものが全て詰まっているし、これがなければダンジョンから戦利品を持ち帰ることもままならない。
マジック・バッグを失くしたら、元の状態に復帰するのにとてつもない努力と時間が必要だ。
冒険中にマジック・バッグを失い、そのまま冒険者を引退した人の話も耳にするくらいだ。
普段であれば、長年の冒険者生活で築き上げた貴重な品々はマジック・バッグに収納してある。
しかし、今回のようなダンジョン遠征の際には、それらは部屋に置いていかざるを得ない。
ダンジョンで得られる戦利品を持ち帰るために、マジック・バッグに空きスペースが必要だからだ。
部屋に置いておいた貴重な財産はヤツらに根こそぎ奪われた。
遠征の戦利品もギルドで精算するために、全て預けてしまっている。
――今日は俺が精算しとくから、先に酒場で待ってろ。
いつもなら精算は俺の仕事だ。
クリストフが珍しく自分から言い出したのは、このためだったのか。
やけに時間がかかったのは、ギルドが混んでいたからだと思っていたが……。
「クソっ!」
取られた持ち物や今回の遠征における俺の取り分を要求したところで、こんな仕打ちをした以上、アイツらが真面目に取り合うとも思えない。
泣き寝入りするのは癪だが、今はそれ以上にアイツらと関わりたくないという気持ちの方が強い。
結局、俺に残された全財産はこのマジック・バッグひとつだけだ。
しかし、マジック・バッグには必要最低限の物は入っている。
これさえあれば、俺はまだ冒険者を続けられる。
「マジック・バッグがあるだけでも御の字とするか」
俺はマジック・バッグを肩からかけ直すと私室を出た。
そして、リビングのテーブルに家の鍵を置く。
玄関の鍵はかけられず、ドアが開きっぱなしになる。
奴らが帰って来るまでに、泥棒に入られるかもしれないけど、俺の知ったことか。
俺はそのまま玄関に向かい、住み慣れた家を出る。
そして、最後に振り向いて、家を眺めた。
「世話になったな。ありがとよ」
くるりと振り返ると、俺は今夜の宿を求めて歩き出した。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
ヘイト回はここまで。
次回――『精霊王との邂逅』。
ラーズ覚醒!
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