第771話
俺に顔面を殴り飛ばされたアイノスは、素早く膝をつき、体勢を立て直す。
折角窮地から一転、相手の隙を引き出せたんだ。
このまま逃がしはしねぇ。
俺は複数の魔法陣を展開しつつ、そのままアイノスへと肉薄した。
接近しながらも〚次元爪〛をお見舞する。
『ちいっ……!』
アイノスが両前脚で防ぐ。
『〚カースナイト〛ォ!』
放たれた四つの光は人型の輪郭を模していく。
上半身は鎧を纏った人間、下半身は馬。
各々は別々の軌道で、回り込むようにアイノスへと突撃していく。
アイノスは四体の動きを横目で睨んだ後、俺へと前脚の指を向けた。
芸のねえ奴だ。
またあの精神攻撃連打で押し切るつもりか。
相方に〚支配者の魔眼〛で肉体の主導権を取らせる手はあるが、結局あの作戦は不意打ちだったからこそ通ったのだ。
どっちの頭にもアレをやられるだけだ。
だが、俺だって、いつまでも同じ手でいいようにやられてばっかじゃねえんだよ!
俺は前脚の指を、自分のこめかみに突き立て、魔法陣を展開する。
『〚ミラージュ〛!』
アイノスのあの謎の精神攻撃は、五感に強烈な不快情報を流し込み、相手の動きを止めることができる。
だったら俺は俺で、先回りして自身の五感に、幸せな偽の知覚情報を送り込む。
俺にはオネイロスの〖幻影無効〗があるが、アレは幻影をそれを見分けて対処できるだけで、幻影そのものを確認できないわけじゃねえ。
それはアポカリプスの暴走を止めようとしたウムカヒメに、仲間が死ぬ幻影を見せられた際に痛感したことだ。
俺が自分自身に見せるのは、皆と幸せに、笑いながら歓談している幻覚だ。
ミリア、黒蜥蜴、アロ、トレント、アトラナート、ヴォルク、マギアタイト爺、ニーナ、玉兎、そして今横にいる相方。
全員が揃って笑い合い、南国の島でご馳走を喰ってる、そんな幻だ。
みんな、俺に力を貸してくれ……!
直後、俺の脳に強烈な衝撃が走る。
アイノスの精神攻撃だ。
俺の見ていた幻影も、一瞬にして歪み、ドロドロとした血生臭いイメージへと塗り潰されていく。
負けるんじゃねえ……!
俺はあの、幸せな日常を取り戻す!
トレントはもういなくなっちまった。
だから元通りにはならねぇ。
だが、だとしても、だからこそ、今まで以上に、もっと素晴らしいもんにしてやる!
だってトレントなら、俺達が幸せになるよう願っているはずだからだ。
「グゥオオオオオッ!」
俺は目を開いた。
自身の目と鼻から、血が溢れ出ているのがわかった。
アイノスの精神攻撃の負荷で血圧が上がり、感覚器官にダメージが入ったのだ。
頭がズキズキと痛い。
気分は最悪だ。
だが、俺は、凌いですぐに現実に帰ってきてやった。
『あ、有り得ない! なんで、お前、堪え切れて……! よりによって、お前如きが……!』
アイノスはまだ、俺へと指先を突きつけている。
奴の瞳には驚愕の色があった。
奴の精神攻撃から、まだ一秒と経っていなかったようだ。
なんで、か。
答えは単純だ。
幻覚を用いた五感への上書きで精神攻撃の負荷を抑えたのもあるが、俺は既にアイノスのクソ野郎にコードの乱用で、百を超える死と絶望のフルコースを体験させられている。
あの精神攻撃スキルも、この戦闘中に再三くらってきたのだ。
慣れられるようなもんじゃねぇが、それでも大分マシにはなった。
アイノス、テメェは、伏せておくべき切り札を、とっておきを乱用し過ぎたんだよ。
お前は俺を……この世界を、何の意味もなく、ただただ自分の空虚な心を満たすためだけに嬲り続けてきた。
だからこそ、お前はここで負けるんだ。
その全ての罪を、今この場で清算してもらう!
『くたばりやがれクソ野郎がァッ!』
俺の爪が、連続でアイノスの顔面、胸部、肩を打ちのめした。
それと同時に、先に放った〚カースナイト〛が、時間差でアイノスへと奴の死角より着弾し、青白い爆炎を上げた。
『有り得ない……このボクが、自分の造った玩具如きに、同じ土俵に立たされた挙げ句、追い詰められている……なんて。有り得ない……このボクが、こんな低次元な存在相手に……!』
アイノスが目を見開く。
俺の攻撃を受けつつ、懸命に魔法陣を展開していた。
また〚ヴォイドエッジ〛だ。
ま、一番速くて威力がある時点で、基本的にそれだけ使ってればいいって考えは、俺も充分わかる。
〚次元爪〛センパイには散々お世話になってきたからよ。
『〚コキュートス〛』
アイノスの〚ヴォイドエッジ〛を、俺は地獄の氷塊で防いだ。
自身の魔法攻撃に合わせて追撃するつもりだったアイノスは、そこで慌てて動きを止め、一手遅れることになった。
俺は〚コキュートス〛の氷塊の死角より、爪を振り上げながらアイノスへ肉薄する。
『随分〚ヴォイドエッジ〛を信頼してるみてぇだがなぁ! それ一本で戦おうとすりゃ、相手に動きを読まれるんだよ! 遠くから観察してるだけのお前にゃ、わかんなかっただろうが!』
俺の爪が、アイノスの顎を吹き飛ばした。
続いてアイノスの奴は、身を引きながら、俺へと右前脚を持ち上げる。
性懲りもなく、またあの精神攻撃で俺の動きを鈍らせるつもりだ。
その動きも読んでいた俺は、素早く〚次元爪〛で、アイツの右前脚の指を切断した。
『う、うぐ……!』
『くらいやがれアイノス!』
そのままアイノスの右前脚を、俺は肩から食い千切った。
血こそ出ないものの、奴の切断された右前脚は、青い光の粒子となって消えていく。
ドラゴンの最大の武器である前脚を奪った!
逃げられれば、すぐに〚自己再生〛で元に戻される。
ここのインファイトで一気に残り体力差を詰める。
俺は準備していた魔法陣を畳み掛けるように発動する。
『〚グラビティ〛!』
『〚グラビティ〛!』
俺の〚グラビティ〛に被せて、アイノスも同じ魔法を発動する。
互いに展開した黒い光が、両者の身体に超重力となって圧し掛かる。
俺は思わず、前屈みになる。
奴の〚グラビティ〛のが、遥かに出力が高い……!
『舐めるなよ……わかってんだよ! 優位を取った瞬間、超重力場で動きを縛って肉弾戦で畳み掛けてやるって魂胆はさァ! ボクの方が魔力は高い! お互い超重力場を展開したこの状況、動きやすいのはボクの方……』
『バカが、足許をよく見やがれ!』
意気揚々と喋るアイノスが眉間に皺を寄せ、その目線を下へと落とす。
アイノスの足場には、俺が先程発動した〚コキュートス〛の氷が根を張っていた。
薄く張り付いてただけの氷は、一気にその質量を増し、アイノスの両足を絡めとった。
俺が〚グラビティ〛で畳み掛けたのは、超重力場で〚コキュートス〛の氷に奴の脚を癒着させ、そのまま凍てつかせて動けなくするためでもあった。
そしてご丁寧に下を向いてくれたアイノスの顔面へ、爪を用いて痛烈なアッパーをお見舞してやった。
足場が固定された状態のアッパーはさぞ効くだろう。
お互いが互いの魔法に囚われて動けないまま、超至近距離での殴り合いとなった。
俺が爪の一撃をお見舞してやれば、奴も同じ攻撃を返してくる。
片腕は噛み千切ってやったところだし、〚コキュートス〛で動きを束縛できた分有利は取れているが、それでも竜化しているアイノスの猛攻は凄まじいものだった。
俺は殴られ、打ち砕かれた箇所を、次々に〚自己再生〛で戻していく。
ちょっとでも遅れれば、HPが一気に尽きちまいそうだ。
やがて、相方の牙が、奴の残った左前脚へと噛みついた。
『相方ァ! 捕らえたぜ!』
『放せクズが!』
アイノスが左前脚を派手に振り下ろし、相方の頭部を地面へと叩き付ける。
俺はその隙を突き、奴の腹部へ渾身の一撃を叩き込んでやった。
『〚ドラゴンパンチ〛ィ!』
猛炎を纏った俺の拳が、アイノスの腹部を完全に捉えた。
アイノスが白眼を剥き、全身が震える。
さすがに今の一撃は効いたと見える。
『仕方ない……ここは離脱する……!』
アイノスは相方の口から引き抜いた左前脚を勢いよく振るい、自身の両足を切断した。
そのまま俺の〚ドラゴンパンチ〛の勢いを利用し、背後へと逃れていく。
思い切った逃げ方だ。
あのままの超至近距離でのインファイトは、分が悪いと判断したようだ。
しかし、このまま逃がすわけにはいかねえ。
ステータスでこちらを圧倒するドラゴンとツラを合わせて殴り合ったせいで、俺ももう限界が近い。
立て直す隙を与えず、このままトドメを刺す!
俺は息を吸い込み、腹の底に魔力を溜め、それを一気に前方へ放った。
『〚カオティックブレス〛!』
俺がテュポーンに進化して得た、新スキルである。
【通常スキル〖カオティックブレス〗】
【混沌の光が渦巻く、破壊の魔力の塊を放出する。】
【空間そのものを破壊し、世界の法則さえ乱しかねない、ブレス攻撃の頂点。】
眩い多様な色彩を放つ、混沌の光の渦が広がっていく。
アイノスの姿は、それらに呑まれて見えなくなった。
光が去った後は、周囲の地形一帯が出鱈目に空間ごと削り取られたようで、歪な場所へと変化していた。
す、凄まじい威力だ。
今更だけど、俺……この姿のまま、皆のいる世界に戻っていいのか……?
アイノスは俺達から離れた場所で、地面に蹲っていた。
ただ、奴のいる周辺だけは、地面がそっくりそのまま残っている。
分厚い光の壁が、薄っすらと奴を覆っているのが見えた。
管理者を守る、〚大賢者の盾〛……。
万能の絶対防御スキル。
アレがある限り、MPが尽きる前に一気に殺し切るのは不可能、か。
消耗は決して少なくねえはずだが、今みてぇに窮地からの離脱や、反撃の起点に使われたら相当厄介だ。
アイノスの全身が光に包まれ、破損した部位が急速に再生していく。
またお得意の〚エストリグネ〛だろう。
俺も今の間に肉体を再生していたが、思いの他MPが減っていることに気が付いた。
完全回復は諦め、爪や牙の重要部位の再生と、HPの回復を行う。
それなりに有利状況は作ってきたつもりなんだが、基本スペックの差が響いてんな。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
〖イルシア〗
種族:テュポーン
状態:通常
Lv :240/240(MAX)
HP :60472/75663
MP :4035/52082
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
俺のMPは、もう一割を切っていた。
次にぶつかったとき、そこで勝負を決めねえと、こっちのMPが先に尽きちまう。
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〖アイノス〗
種族:--
状態:ドラゴニム、憤怒
Lv :255/255(MAX)
HP :68925/99999
MP :11305/99999
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
あれだけやってきたのに、まだ俺の倍以上残ってやがる。
ドラゴニムの消耗も馬鹿になってねえはずなのに。
単純なHP・MPの総量の差の開きが痛すぎた。
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