第770話
『少々熱くなりすぎていたよ。ここからは、冷静にキミを詰めさせてもらう』
アイノスが俺を睨む。
管理者として、あれだけ一方的な立場で仕掛けてきていた奴だ。
同じ土俵に引きずり出されて追い詰められれば崩れていくと考えていたが、どうにもその目論見は甘かったらしい。
『悪いことばかりじゃない。ラプラスはキミに賭けたみたいだけど、ボクが勝ちさえすれば〚スピリット・サーヴァント〛として、神話級の魔物が手に入る。ラプラスの行動は、結局ボクの計画を前へと進めるだけに終わる!』
アイノスが三つの魔法陣を展開する。
アレで牽制しつつ、俺へと白兵戦を仕掛けてくるつもりだ。
近接戦こそ、俺の本来の得意分野。
遠距離主体の撃ち合いよりステータスの優位性を活かしやすいが、それ以上に戦闘経験の差が出るはずだ。
俺も〚ディーテ〛と〚コキュートス〛の魔法陣を準備する。
仕掛けてこい、こっちもぶっ放してやる!
またアイノスの指先が光る。
またあの精神攻撃だ。
意識が薄れ、視界が真っ白になる。
脳に直接棒を突き入れられ、掻き混ぜられるような感触。
何も考えられない。
見えているはずの情報を処理できない。
こればかりは、何度くらっても慣れやしない。
だが俺は意識を手放すその直前に、〚コキュートス〛を俺とアイノスの間に展開した。
これで地獄の氷塊が、アイノスの攻撃を遮断し、肉薄を牽制してくれる。
その間に、相方が〚支配者の魔眼〛でバトンタッチして対応してくれるはずだ。
だが、俺が意識を引き戻したとき、俺は地面の上に仰向けに倒れており、両前脚と尾が綺麗に切断されていた。
あまりに状況が変わり過ぎている。
もう、十秒程度、意識が途切れていたのか……?
どうやらモロに奴の〚ヴォイドエッジ〛を受けたようだ。
両前脚に、尾、そして下っ腹にも一発。
『悪ィ、相方……防げなかった』
相方の目から、とめどなく血が溢れ出ている。
俺が意識を手放した間に、奴の精神攻撃を執拗にくらっていたようだ。
結局、〚支配者の魔眼〛でのバトンタッチ戦法もその場凌ぎに過ぎない。
発動が速く、回避が不可能で、対象の行動を制限できる。
こんなスキルを持ってる奴に、まともにぶつかったら敵う道理がねぇ。
チクショウ……。
アイノスの大きな腕が、無防備に仰向けになっている俺の胸部へと鉤爪を突き立てた。
「グゥオオオオッ!?」
重い一撃だった。
攻撃力六万オーバーの一撃は伊達じゃねえ。
『アハハ、アハハハハハ! 必死に粘ってたけど、どうやらここまでみたいだね! キミの大事な大事な相棒も、これ以上はボクのスキルを引き受けられないみたいだ! まだ泡を吹いて放心してるよ、ほら』
……ミーアも気にしていた、この精神攻撃スキル。
やはりこれの打開策を見出さない限り、アイノスへの勝機は見えない。
はっきり言って、アイノスが強すぎて、一個強スキルがあったところで今更変わんねえだろと内心思っていたが、ここに来て正体不明の精神攻撃スキルの存在が響いている。
ミーアのステータスじゃまともにアイノス相手に太刀打ちできる次元じゃなかったはずだが、最終的にこのスキルへの対応策が必要になると、彼女は見抜いていたんだろう。
さすがはアレだけ真剣に神の声討伐を考えていたミーアだ。
『これで終わりだイルシア!』
アイノスは俺に馬乗りになったまま、前脚の鉤爪を振り上げる。
ここまで来て、こんなところでやられて堪るか……!
俺は〚竜の鏡〛の応用で、その場から姿を消した。
空振ったアイノスの前脚が地面へ突き刺さる。
アイノスは無表情で爪を突き立てた地面を見ていたが、すぐに肩を震わせ、大きな声で笑い始めた。
『アハ……アハハ、アハハハハハハ! バカが! そんなもので凌いだつもりか! キミは今よりも細い袋小路に逃げ込んだに過ぎない! ボクがこの世界を作って、管理してるんだよ! そのスキルはただのその場凌ぎ、姿を現すときに致命的な隙を晒す! わかっていないわけがないだろ!』
アイノスが地面を蹴って背後へ跳び、周囲一帯に大きな魔法陣を展開する。
『キミが〚竜の鏡〛を解除した瞬間、〚グラビディメンション〛で押し潰し、そこへ連撃を畳み掛ける! これで完全に詰みって奴だ! ハハハハ! 散々粘ってくれたけど、これでゲームセットなんだよ!』
〚グラビディメンション〛……一度目にした覚えがある。
広範囲を次元の捻じれで押し潰す、グラビティ系の最上位スキルだ。
〚竜の鏡〛で姿を現すときは同じ座標だ。
とにかく連撃を受けるわけにはいかねぇと、咄嗟に〚竜の鏡〛を使ったが、失策だった。
こうなった以上、俺にできるのは、無防備に姿を現すことだけだ。
姿を現すまでは、現実世界への干渉は何一つできない。
まともな検証はしてねえが、それは感覚的に理解できる。
行使しようとしても、まるで手応えがない。
ここで、お終いなのか?
ここまでお膳立てしてもらって、何重にも奇跡を掴んで、ようやく土俵に立てたってのに、俺はここまでなのか?
『さあ、とっとと観念して出ておいでよ。〚竜の鏡〛の透明化は、維持すればするほど、急速にMPを擦り減らす。どんどんキミを追い詰めていくだけなんだよ。勿論、出てきたところで、お終いだけどね。そのスキルで安易な逃げに出たのが運の尽きさ。いや、キミは本当に、ここまでよく粘った方だ。そのお陰で予定より早くこの虚構の世界を消し去り、理想郷イデアを復活させられる。その踏み台になれることを、もっと喜んでおくれよ!』
アイノスの言葉を聞いて、俺は歯噛みする想いだった。
悔しい。
結局俺は、こんな奴にいいようにされて、お終いなのかよ。
……………………。
……………………、……………………。
いや……この状態だと、世界に何一つ干渉できねえはずだけど……いや、アイノスの言葉は聞こえてるよな?
向こうから〚念話〛での干渉できてるってことは、同じ原理ならこっちからでも干渉できるはずだ。
完全に何の干渉もできないと考えていたが、もしかしてこの状態でも〚念話〛での会話だけはできるんじゃねえのか?
とはいえ〚念話〛だけでこの窮地を凌ぐなんて、無茶にも程がある。
だが、そんなもんは百も承知だ。
こっちは元より一か八か、綱渡りの連続なんだ。
何か、何かねえのか?
確実にアイノスの動揺を誘える一言は。
アイツは幼稚で残酷な奴だが、残念ながら安易な挑発に乗ってくれるようなことはなかった。
怒ったり喚いたりも、どこか演技染みた不気味さを感じる。
恐らく長生きし過ぎた弊害で感受性自体が薄っぺらいのだ。
だからこそどこまでも残酷な真似ができるし、自分の感情を揺さぶってくれる加虐行為に際限なく執着している。
命懸けの戦闘による興奮で多少はペースを乱しているようだったが、そこについてもさっき、冷静さを取り戻されちまった。
駄目だ。
今更、アイツを一言で動揺させられるような言葉は見当たらねぇ。
他の六大賢者には相当恨みを持っているようだったが、俺がそれについて何か言及したって、気を引くことはできねぇだろう。
永劫にも近しい程に遠い過去の話だと、どこか切り捨てている節がある。
じゃあ、別のアイツが価値を感じているものはないのか?
そう考えたとき、思い当たるものがあった。
理想郷イデア……アイツが最も執着しているものだ。
ここに絡めれば、奴の動揺を誘うことも、不可能ではないかもしれない。
アイノスが世界をひっくり返し、不幸をばら撒き、それでも尚狂信的に求めているもの、それがイデアの復活と、そこへの帰還だ。
理想郷イデアについては謎が多い。
アイツは俺をイデアの出身だと勘違いしていたようだが、残念ながら俺は銀河系地球出身であって、そんなファンタジーとは無縁の世界からやってきたのだ。
俺の記憶は不確かだが、それでも俺が奴の語る世界にいなかったことだけは確信を持てる。
俺がイデアの出身者ではないとわかったアイノスは、早々にあの話を打ち切り、俺の説得を諦めて殺すことを選んだ。
だが、あの時のアイノスは、思い返しても少々妙だった。
上手く言えないが、細かい言動が矛盾していたような気がするのだ。
間違いなく理想郷イデアは、奴が最も執着するものだ。
しかし、そこに関する奴の言動は、どこかちぐはぐだった。
ここを突けば、一言で奴の動揺を誘えるかもしれねぇ。
理想郷イデア周りのアイノスの言葉には、細かい違和感が無数にあった。
一番は、俺をイデア出身だと勝手に思い込んでいたことだが、それだけじゃない。
『ラプラスの輪廻システムの外側……元の世界の記憶を持つキミには、ここがどれだけ歪で退屈な世界なのか、よく知っているだろう? 広がる大地も、続く海原も、吹き荒れる風も、ここで生きる者共も、何もかも全てが不自然で、どうしようもない程に贋作だ』
『この世界の物質は、何一つ本物としての熱を帯びていない。こんな歪な場所で暮らしてどうするんだい?』
こっからちゃんちゃらおかしいんだよな。
もしこの世界が何かしらの魔法で作られた偽物だとして、俺はそこに、熱を帯びていない、不自然だとは感じなかった。
そりゃあ、ステータスだのなんだのは奇妙に思ったが、アイツはこの世界の在り方や自然そのものを見下している。
俺はこの世界の空や大地や海原に、偽物を感じたことはなかったのに、だ。
一つの考えが頭を過ぎった。
アイツが理想郷イデアを語る言葉には、熱が込められていた。
しかし、アレは、望郷からじゃねぇんじゃないのか?
この世界の万物を見下し、理想郷イデアを美化している。
そう、アレはどちらかといえば、望郷じゃなくて、憧憬なんじゃないか?
俺は心を落ち着かせ、思考する。
MPが急速に減っているのは感じるが、ここで外したら終わりだ。
導き出された答えから、少しでも奴の心を掻き乱す言葉選びをしろ。
『アハハハ! 万策尽きて、どうすることもできないかい? そのままMPが完全になくなるまで、かくれんぼを続けてみるかな?』
アイノスの笑い声が響く。
俺は心を落ち着かせ、〚念話〛を発する。
『理想郷イデアが故郷ね、よくそんな寝ぼけたこと言えるもんだぜ。望郷も何も、お前は端から、この紛いもんの世界出身だろ。それが原因で他の連中に置いてけぼりにされたのが、そこまでコンプレックスだったのか?』
事実がどうだったのかは知らねえ。
ただ、これまでの奴の言動から推察できたことを、アイツが気にしそうな言葉を選んで並び立てただけだ。
アイノスは真実の世界、理想郷イデアについて、そこまで詳しいようには見えなかった。
アイツは理想郷イデアについて、壁画から読み解けることや、伝聞レベルのぼやけた話しか語らなかったのだ。
あくまでも語ったのは世界の輪郭についてだけで、そこにアイツ自身の個人のエピソードが全く見えない。
それはアイツが、そもそもイデアの出身ではないからではないのか?
だから致命的な勘違いをしていて、俺の存在についても取り違えをしたまま、直接話をするまでそれにさえ気付けなかった。
曖昧なことしか言えなかったし、俺からそこについて深掘りされるのを嫌がって、疑問を残したまま早々に会話を打ち切ったのだ。
言うまでもなく、これはただの仮説だ。
まあ僅かでも掠ってるところがあれば、イデアにご執心なアイノスの気を引くことが、ちっとはできるかもしれねぇ。
少しでも動揺を誘えればいいと思っての苦し紛れの奇策だったが、効果は覿面だった。
轟音と共に、周囲一帯の空間が捻じれ、引き裂かれ、地面が奇怪なオブジェを形成した。
俺の言葉を聞いたアイノスは、俺がまだ姿を現していないにもかかわらず、準備していた〚グラビディメンション〛を誤爆しやがったのだ。
『次元の狭間に迷い込んだだけの塵芥が。キミ如きが、このボクの何を知っている?』
アイノスは感情の失せた顔を浮かべていた。
その瞳の奥には、際限なく過熱化し続けた憎悪だけが込められていた。
間違いなく、今が最大のチャンスだった。
俺は〚竜の鏡〛の解除と共に、隙だらけのアイノスの顔面を思い切り殴りつけた。
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