とある操霊術師が、復讐のために禁忌に手を出すようです。

ジーコ

とある操霊術師の日記

 ●4月1日


 最近、物忘れが激しいので日記をつけようと思う。あまり受け入れたくはないが、41歳にもなれば当然のことだ、と言い聞かせよう。


 まずはあれだな。落としても届けてもらえるように1ページ目に色々書いておくとしよう。


 俺はロタネ、操霊術師として人族と蛮族の境界となる"穢れ"について研究している。もちろん、操霊術師としての禁忌には触れていない。これだけだとピンと来ないだろうから補足すると、店で売られている"穢れ"に反応する道具の大半は俺の研究が基礎になっている。いまは、"穢れ"から何かエネルギーを取り出せないか研究しているが、こっちが実現するのはだいぶ先の話だろう。


 こんな悪趣味なことをしているので、友人といえるのは操霊術師が4人と自作のゴーレムが1体いるだけだ。ただ、今日からは日記帳という友人が増えた。友人が2割も増えるとは、なんて今日はおめでたい日なんだろう、と開き直るところで今日の日記は締めたいと思う。




 ●5月12日


 ある日、実験に使う青い貝殻を調達するために海へ行くと、青い色の髪と瞳を持った一人の女がいた。その女はモデルのように美しいが、肌も着ている服もボロボロで、何より右腕の肘から先はカニの爪のような外骨格だった。


 興味を持った俺は聞いてみたが、どうやらその女はタンノズという蛮族の血が混ざった"ウィークリング"という種族らしい。それで、同族からはタンノズになりきれていない劣等種ということで、こんな感じに虐められているらしい。


 まあ、後半については俺の知ったことではない。ただ、"穢れ"の研究家でもある俺はその女に興味を持った。最終的に、俺たちは二週間に一回だけ今日と同じ場所で今日と同じ時間に集まって、話をすることにした。




 ●5月26日


 二週間ぶりに例の女に会った俺は、自身の身体について色々と話を聞いてみた。どうやら、その女の見た目が他のタンノズよりも姿が人間に近く、同族よりも力が劣っている原因は"穢れ"が少ないためだと推測できた。おそらく、その女ぐらいの"穢れ"の量であれば<守りの剣>の近くでも生活できるはずだ。


 また、その女は同族から「ジネ」と呼ばれているらしい。どうやら意味は分かっていないみたいだが「私が仕事をすると、皆が笑ってその名前を呼んでくれるの」と笑顔で話していた。俺は、その女に「それは汎用蛮族語で"不要物"という意味だぞ」とは口が裂けても言えなかった。


 とはいえ、さすがにその名前で呼ぶのは憚られるので、俺はその女を最近見た青い花であるアネモネの名前から取って「アネモ」と呼ぶことにした。(以下、「その女」を「アネモ」とする)




 ●6月10日


 前回はアネモのことを聞いてばかりだったので、今日は俺自身のことについて話していた。これは、俺のことを知ってほしいなんて話ではなく、あくまでギブアンドテイクの一環だ。


 そして、俺は自分が操霊術師という社会から爪弾きにされる存在であること、"穢れ"について研究している学者であること、アネモと関わったのは同情心ではなく知的好奇心によるものであることを話した。決して、アネモと名前を呼ぶたびに彼女が喜ぶことに罪悪感を覚えたわけじゃない。断じて。


 アネモは、全てを聞いても怒りも驚きもせずに「そっか。でも、私の話をちゃんと聞いてくれるのはアナタだけだよ」と言った。「怒っていないのか?」と聞くと「うん」と返された。


 なぜそんな俺を許す?そして、なぜ俺はそれに安堵している?


「俺はロタネだ。次に会うときは名前で呼んでくれ」

 そう言って俺は海を発った。


 ●6月24日


 今日でアネモと会って四回目だ。ようやくだが、少しずつ分かってきたことがある。

 やっぱり、アネモは俺なんかよりもずっと普通の感性をしていると思う。正直に言うとちょっとバカっぽいところはあるが、感情表現も豊かで、俺よりも酷い仕打ちを受けているはずなのに俺よりも擦れていない。ある意味、俺なんかよりもよっぽど人間らしい。


 そんなアネモの姿を見ると、俺は人族として(一応は)社会に受け入れられているのに、どうして彼女は受け入れられないのだろうか。人族と蛮族の違いって何だ?右腕が外骨格だったら蛮族なのか?それとも、魂が穢れていたら蛮族なのか?はたまた、蛮族から生まれたら子もまた蛮族なのか?本当にこのままでいいのか?


 今までよりも考える時間が欲しくなった俺は、アネモに「これからは会う頻度を1ヶ月に1回にしないか?」と提案した。アネモは前回のように「そっか。信じて待っているよ」と返した。

 そう言ったアネモの顔が少し寂しそうに見えたので「頼むからそんな顔をしないでくれ」と言うか悩んだが、さすがにそれは自意識過剰じゃないかと悩み、結局何も言えずに別れの挨拶をした。




 ●7月24日


 俺は一ヶ月ぶりにアネモに会った。アネモは、ついさっきまで暴力を振られていたかのように全身に切り傷がついて、出血していた。この一ヶ月でタンノズについての資料に目を通した私は、この傷が同族によって付けられたものであるとすぐに気がついた。


 ひとまず、俺は急いでアネモの傷をアースヒールで止血して「どうして今日はいつもより生傷が多いんだ?」とアネモに尋ねた。どうやら、これまでのアネモと会った日は周りの同族の機嫌が良いときだったらしく、今日みたいな状態のほうがむしろ日常らしい。

 今日、俺は初めてそのことを知った。そして、前回の提案を後悔した。俺はこの一ヶ月で何をしたんだ?結局何も変わっていないじゃないか。


 傷口に細菌が入らないようにと近くの道具やで包帯などを買ってこようとしたら「バレちゃうから」と止められた。アネモにせめて人並みの生活をしてほしい。今の状況が当たり前なんて思わないでほしい。だったら、どうすればいいのさ?


「俺さ、政治家になって、穢れなんてもので差別されない社会を作るわ」


 とっさに出た言葉だった。正直、あまりにも自分が情けなさ過ぎて格好つけたかったんだと思う。それでも、間違いなく本心から出た言葉だった。

 そして一気に冷静になる。何を言っているんだ。穢れは人族と蛮族を区別するものじゃないのか。そんなことを言ってしまっては、俺のこれまでの穢れの研究は何だったというんだ。


 アネモは「そっか。私はこうしてロタネとお話できれば満足だよ」と言った。俺は「そっか」と返した。俺もバカか?もっと他に言うことがあるだろ。




 ●8月24日


 振り返ると、この一ヶ月は慣れないことの連続だった。突然「政治家になる」と精神属性の魔法でも受けたかのような様子で知り合いに打ち明け、教えを請うた。そして、服装を整え、体型を絞り、表情筋を鍛え、人にわかりやすく物を教える話し方を真似して、コミュニケーションの基礎を相槌の仕方から学んだ。


 やはり、分かっていたけど上手くいかない。何もかも。今日の俺は、そんな愚痴ばかりをアネモに話してしまった。違う、俺はそんな話をするためにこの一ヶ月を過ごしたわけでも、お前に会いに行ったわけでもないんだ。


 焦った俺は「何とかして、アネモが受け入れてもらえるような社会にしてみせるさ」と咄嗟に口にした。アネモは「そっか。私はこうしてロタネとお話できれば満足だよ」と返した。

 弱い心を見透かされたかのようだった。いや、実際に見透かされていたんだと思う。辛かった。




 ●9月24日


 そんなこんなで、選挙まであと20日となった。立候補はした。演説だって最初よりは上手くなったし、俺の話を聞いて頷いてくれる人も増えてきた。最近は、穢れに比較的寛容なラージャハ帝国からこの国に来る人も増えているらしく、これも追い風となった。


 しかし、全てが順風満帆とも限らない。俺の「穢れで差別されない社会を作る」という公約は、いまのマカジャハットに蔓延る「穢れのある者が作る芸術には呪いが宿る」とする"純潔至上主義"の思想を真っ向から否定するものだ。

 それでも俺は諦めない。アネモが人族として認められないなんておかしい。残りの人生を賭けてでも、俺はそんな社会を変えてみせる。


 前回は俺が愚痴をこぼしていたのに対して、今度はアネモは「最近、みんなの暴力が激しくなってきたんだ」と珍しく愚痴をこぼしていた。いつの間にか、もう四ヶ月の付き合いだ。遠慮しがちなアネモが本当は何が言いたいのか、さすがに俺でも分かる。だからこそ、俺は「今すぐ一緒に逃げて、俺と暮らさないか?」と言いたかった。結局、言えなかった。だって、あと一ヶ月なんだ。だから、次に会う時まで待っていてくれ。どうか、お願いします。




 ●10月14日


 当選した。未だに信じられない。

 もちろん、はじめは大したことなんて何も出来ないのは間違いないが、それでも、はじめの一歩を踏み出すことが出来たことが何よりも嬉しかった。


 周りの人に祝福されながら、俺は一番このことを伝えたい人を探すために、ダメもとだが海に向かった。もちろん、いつもの海で、いつもと同じ時間だ。しかし、そこには誰もいなかった。そりゃそうか。すこし残念だったが、なぜか俺は10日後には必ず会えると安心した。




 ●10月24日

 いつもの海の砂浜に出来ていたのは、血の海だった。そこには、出血多量で意識を失いかけているアネモと、アネモから切り離された右腕があった。


 外骨格と骨を人たちで切断できる刃物など、止血用の布すら買えないアネモが持っているはずがない。おそらく、同族が腹いせのあまりアネモの腕を切断し、労働力として使い物にならないからと見捨てたのであろう。


「これでロタネの邪魔にならないからさ、ロタネの家にお邪魔させてよ」アネモはこれまでのなかで最大のわがままを俺に告げると、安心したかのように気を失った。俺はもう迷わない。




 ●11月24日


 アネモと一緒に暮らして一ヶ月が経った。やはり、毎月24日の日記というものは俺のなかで特別なルーティンとなっているようだ。だから、これからも毎月24日に一ヶ月の出来事を振り返ろうと思う。


 あの日にアネモを連れ帰ったときは、これからどうしようかと必死に考えていたが、実際には驚くほどスムーズに話が進んだ。とりあえず、アネモは遠くから出稼ぎに来たモデルということにして、身元を詳しく追求されると困るので俺と結婚したということにした。

 今のところ、アネモは人族ということで押し通せている。アネモに種族を偽らせていることがたいへん心苦しいが、しばらくは何とかなるだろう。


 アネモはあれから片腕での生活を余儀なくされている。それについて俺が申し訳無さそうにしていると、いつも「もとから上手く動かせなかったから、そんなに変わってないよ」と言う。励ましてもらっておきながら失礼な気もするが、反応しづらい。

 だから、俺はそのことについては深く考えるのを辞めた。まずは現実を受け止めて、少しでも良くするためにあがき続けようと思う。


 家族が一人増えたことで家事の作業量も増えたが、さすがに隻腕の人にさせるのはあり得ないのでゴーレムに手伝ってもらっている。こういうとき、自分が操霊術師でよかったと思う。


 とにかく、俺はいま幸せだ。毎日アネモに会うことができて、これ以上物理的に傷つくアネモを見る必要もなくなった。結果的に、アネモと一緒に暮らすという俺の当初の目標は達成したが、俺たちのような悲しい人たちを出さないためにも議員としての活動は続けていくつもりだ。

 家を出る前にこの話をしたら、アネモは「そっか。私はロタネが帰るのを信じて待っているよ」と返した。




 ●12月24日


 アネモとの日常は相変わらず平穏だ。かつては変わらないことが"最悪"とも言えたアネモとの生活が、いまは変わらないことが"幸福"と感じられるようになったのは非常に喜ばしいことだと思う。


 ただ、議員活動のほうが最近は少し憂鬱だ。選挙活動の時点で覚悟していたことではあるが、純潔至上主義者どもの反発が激しい。市民の支持が得られても、強力な後ろ盾がいないのであれば、それは砂上の楼閣に過ぎないのである。


 そういう意味では、純潔至上主義者のなかでもカール・ハンフリーは多くの市民からの支持と有力者からの支援を同時に得ている。一度だけ会ったこともあるが、やはり食えない男だと思う。また、黒い噂の絶えない男だ。


 アネモは俺が仕事の話をすると「私はこうしてロタネとお話できれば満足だよ」といつもにこやかに言っている。このまま対立を続ければ、アネモに危害が及ぶかもしれない。でも、アネモにはどうか人並みの幸せを得てほしい。俺は進むべきなのか?


 どうしても、政治の話は君にしか話せないんだ、いつも最後まで聞いてくれてありがとう。




 ●1月24日


 ようやく俺を支援してくれる資産家が見つかった。選挙活動のときから俺を支持してくれた人たちのなかにラージャハ出身の資産家がいたらしく、穢れを持つ人の芸術活動を支援する団体を立ち上げてくれるらしい。

 これから設立の手続きで忙しくなるとのことで、来月になったら具体的な話し合いを行なうために、一旦ラージャハに出張することになりそうだ。


 そうなると不安なのはアネモだ。つい先日分かったことだが、アネモが妊娠して2ヶ月だそうだ。この場合、生まれてくる子供の種族はどうなるのだろうか?穢れは?……と一瞬知的好奇心がはたらきそうになるが、考えるのをやめた。今はあの時とは違うんだ。新しい家族の誕生を祝うことに集中するべきだ。


 まあ、そんなことはさておき、アネモにはあまり無茶をしないようにもう一度言っておこう。最近は近所の人たちとも打ち解けてきたんだ、アネモはもう少し他人を頼ることに慣れてほしいとつくづく思う。


 少しずつ、少しずつだけれども、俺たちは進んでいるんだ。




 ●2月24日


 ラージャハから帰ったらアネモがいない。どうやら、ほんの数日前からだそうだ。なぜ?どこに?


 まずは"あの海"に行った。いなかった。次に、アネモの生活圏を探した。いなかった。知ってる人全員に聞いた。何も分からなかった。知らない人にも聞いた。何も分からなかった。




 俺は否応なしに頭に浮かんできた……「誰に?」同族のタンノズどもか?ハンフリーか?あるいはアネモの種族がバレたか?……心当たりが多すぎる。


 誰か教えてくれ、アネモはどこに行ったんだ。

 明日も探そう。見つからなければ、明後日も。




 ●3月6日


 アネモを探して戻ると家の前にアネモがいた。死体で。


 



 俺は腐っても操霊術師だ。自分で言うのもアレだが、使える魔法の強さだけなら一人前の冒険者にも引けを取らない自信があるし、リザレクションだって冒険者の蘇生で数十回は使ってきた。だからこそ、色々と分かってしまう。


 ……もう"手遅れ"だと。そして、"あと数日早ければ、もしかしたら"と。アネモが俺の妻であることを知ったうえで、俺が不在の隙を狙ってアネモを殺して、さらに俺が蘇生の魔法を使えることを知っているうえで敢えて手遅れになった直後に寄越してきた。

 俺がまっさきに感じたのは"偶然であってほしい"だった。"偶然でない"ならば、それはもう俺のせいになってしまう。俺のせいなのに、生き残っているのは俺。アネモはもう生き返らないんだ。せめて責任転換ぐらいはさせてくれたっていいじゃないか。


 そういえば、これってあの日から2週間なんだな。2週間という時間を見ると、ぽっかりと空いた心の穴に去年のあの頃の記憶が入って胸が苦しくなる。




 俺"は"42歳になった。

 俺が帰るのを信じて待っていた最愛の女性は、もういない。




 ●3月24日


 アネモの死体が見つかってから、今さら本格的な捜査が始まった。死因を調べた結果、ブラストの魔法を腹部に受けて即死だったらしい。また、目撃情報によると、異貌したナイトメアによる犯行の可能性が高いらしい。


 なんで? アネモがお前に何をした?

 犯人はナイトメア?なあ、俺のやっていることも知ってるだろ。お前、なんで妻を手に掛けることができた?


 気がつくと俺は犯人を自分で見つけていた。操霊魔法には人形の視界を得たり人形そのものを操作する魔法もあるんだ。便利だよな。


 いま思い返すと、頭は意外と冷静だったみたいだ。ゴーレムで気絶させて、ポイズン・クラウドで少しずつ苦しめて、息絶えたらリザレクションで蘇生させる。

 2回目のリザレクションを使って、さらにポイズン・クラウドを使ったところで、ようやく「ある純潔至上主義者の政治家」に依頼されて殺したと白状した。


 さらに名前を答えるまで毒が回るのを待っていたら、死んでいた。これは2週間前と同じ感覚、"手遅れ"だ。




 ●4月1日


 これ以降のことは決して忘れない。ゆえに日記を書くのはこれが最後になる。君とはここでお別れだ、これまでありがとう。


 最後のお願いがあるんだ。出来たらで構わないから、俺を止められるような冒険者を見つけてほしい。こんなのに意味はないってこと、アモネは喜ばないこと、全部わかってるんだ。でも、止まれない。修羅の道を進む俺を、どうか止めてください。



 ……失礼。


 俺はかつてアネモから聞いた話を頼りに、タンノズどもの集落に行った。見せしめに2~3体ほど死体にして、族長らしきタンノズと禁忌の操霊魔法を教えることを条件に同盟を結んだ。

 穢れについての研究がこんな形で役立つなんて、皮肉なものだよな。



 必ず、"純潔至上主義者"どもから犯人を見つけて、俺が殺してみせる。人を殺した、蛮族と手を組んだ。ここからさらに俺は禁忌を犯す。もう後戻りはできない。




 俺は先週の白骨化した死体を素材に詠唱を始めた。


 操、第三階位の魂。従僕、亡骸――従死

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とある操霊術師が、復讐のために禁忌に手を出すようです。 ジーコ @Zico_furuyoni

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