第29話 打開

 三月九日。

 ポカポカした春らしい陽気、窓からは徐々に蕾が開きはじめる桜の木が映える。

 卒業式って、卒業生にとっては大切な区切りとなる日だと思う。でも、今日は俺にとっての区切りの日でもある。

 俺は卒業式が終わり、早々に式を後にしてクラスの教室に来ていた。

 今日は、羽島さんに想いを伝える日。

 式の途中から吐きそうなくらい緊張していたが、今は緊張のピークだ。立っているだけで足はガクガクで、心臓は制服越しでも分かるほどバクバクしている。

 卒業式が終わったら教室に来てほしい、と羽島さんに言っているので、もういつ来てもおかしくない。

 そう思うと、血の気が引いて冷静でいられなくなってしまう。

 俺は大きく深呼吸する。

 ……これは俺が決めたことなんだ。

 修学旅行のあの日から、今日までの恋。思い返すと、やっぱり楽しくて、辛くもあった日々だった。

 羽島さんのあの姿、あの声、あの笑顔。思い返すだけでも好きが溢れそうになる。一緒に話したり、ラインしたりするだけで、これ以上ないくらい幸せだった。

 でも、羽島さんに好きな人がいることを知った日、羽島さんと全然話せなくなってしまった日々、羽島さんと上峯がうまくいってるのを見た日。苦い思い出が思い返される。切なかったし、悔しかったし、辛かった。

 楽しいけど、辛い。恋ってもしかしたらこういうものなのかもしれない。

 でも、今日そのすべての恋に、区切りをつける。

 楽しかったこと、辛かったこと、全部を今日、羽島さんに告白という形でぶつける。

 羽島さんと上峯がうまくいってたって、諦められなかったんだ。それほど、大好きなんだ。

 だから今日、伝える。手遅れになる前に。

 緊張に飲み込まれそうになるが、そんなものに負けるものか、と強く心を勇ませる。

 白く映える空に、開きかけの桜の花が輝く。

 その人は、突然現れた。

 ガラガラガラガラ、と大きなドアの音が教室に響く。そして、あの人がドアから顔を覗かせる。

「あ! 福島君!」

 教室の奥にいる俺を見つけると、小走りで俺の前に来てくれる。

 久しぶりにこの近さで見る羽島さん。キラキラの笑顔を浮かべる彼女は、吸い込まれそうなほど美しくてかわいい。

 そんな羽島さんから、ふと逃げたくなる。目を逸らしたくなる。話があるなんてこと適当にごまかして、告白なんてなかったことにしたくなる。

 ――でも、逃げない。今日は逃げて後悔しないって決めたんだ。

「福島君、話ってなに?」

 いつもの眩しい笑顔の羽島さん。この笑顔をこの距離で見れるのも、今日で最後になるのかもしれないな……。

 しっかりと羽島さんのすべてを目に焼き付ける。

 そして、覚悟を決めて、俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あのさ、俺の中の区切りとして言わせてほしいんだけど……」

 羽島さんとの深い思い出を思い返す。

「修学旅行の時から俺たち仲良くなったじゃん!」

「うん、そうだね!」

「それから話したり、ラインしたり、羽島さんの恋愛の話したり……」

「そうだね……!」

 羽島さんは少し恥ずかしそうに笑う。

「上峯と奥山さんがキスしてるところを見ちゃった時は、めちゃくちゃ焦った」

「えへへ……なつかしいね」

 お互い、笑い合う。

「でも、今は上峯はフリーだよね」

「……うん!」

 羽島さんは、明るく笑う。この笑顔はきっと、上峯に向けられるものだ。

 俺も、覚悟を決めて、笑ってみせた。

 ずっと前から重く心に溜まっていた想いを、今解放する。

 羽島さんは上峯のことが好きなのかもしれない。でも、今日だけは俺が羽島さんの主人公だ‼

「羽島さんに好きな人がいたりとか、そういうことも分かってて言わせてもらうんだけど……」

 行け、物語よ。

「俺、羽島さんのことが好きだわ」

 溢れる気持ちを、言葉にする。

「羽島さんの笑顔も、明るいところも、かわいいところも、純粋なところも、元気なところも、全部! 好きです!」

 ――――言っちゃった……。

 言い切れた安心と、それ以上の恥ずかしさが胸に飛び込んでくる。

 気持ちに任せて、全部言っちゃった……。心臓は高速で鼓動して、足も震えてくる。

 俺の言葉を聞いて、羽島さんは――



「俺、羽島さんのことが好きだわ」

 ――えっ⁉

 福島君、今なんて……⁉

「羽島さんの笑顔も、明るいところも、かわいいところも、純粋なところも、元気なところも、全部! 好きです!」

 福島君は真っ赤な顔で、それでも、真っすぐに言った。

 胸が急に今まで感じたことがないほどドキドキしてくる。

 福島君、私のことが好きだったの……⁉ 全然気付かなかった……!

 頭の中が福島君でいっぱいになる。

 修学旅行の時の優しい福島君、話しかけてくれる福島君、辛いときに慰めてくれた福島君、目の前にいる、真っすぐで男らしくて、かっこいい福島君。

 真っすぐな福島君の顔を見ると、恥ずかしくて目を逸らしてしまいそうになる。

 心臓はバクバクで、立っているのがやっとだった。

 あれ……、福島君、めちゃくちゃかっこいい……。

 胸のドキドキが爆発しそうになる。

 もしかして私……、私、福島君のことが――



 俺の言葉を聞いた羽島さんは、目を逸らし下を向いてしまった。

 不安な気持ちが湧き上がる。

 ドキドキと恥ずかしさと不安で、倒れそうになる。

 その時、羽島さんが下を向いたままこっちに歩いてくる。

 下を向いているので表情は分からないが、顔は真っ赤だ。

 羽島さんの小さな頭が近付く。

 そして――、俺に抱きついてきた。

 ……‼

 ど、どういうこと……⁉

 いきなり身を寄せてきた羽島さんの体は、熱かった。

「わ、私も、福島君のことが好きです‼」

 え……。

 教室中に羽島さんの声が響き渡る。

「私も、福島君の優しいところも、真っすぐなところも、かっこいいところも、明るいところも、私のことを好きでいてくれているところも、全部、好きでしたっ!」

 俺の胸の中で言葉を放つ羽島さん。え……、え……?

「ほ……ほんとに?」

「もちろんっ!」

「で、でも、上峯じゃなくていいの?」

「いいの! わ、私は、福島君のことが好きだったの! 福島君がいいのっ‼」

 羽島さんは精一杯の声で言ってくれる。

 その言葉を聞いた途端、泣きそうになる。気が付いたら、一筋の涙が頬を伝っていた。

「あ、ありがとう……!」

「こ、こちらこそ……!」

 今までの辛かった片思いから解放されて、しかも、両想いになれちゃって……。

 愛と愛とが重なる瞬間だった。

 今起きている夢みたいな現実に、胸がいっぱいになる。

「いきなり抱きついちゃってごめんね……。こうしないと好きが溢れて倒れちゃいそうだったから……」

 羽島さん……。羽島さんが愛しすぎる……。

「俺だって、そうだよ……」

 二人はより一層強く抱き合った。

「羽島さん……」

「華奈でいいよ!」

「――華奈……! 俺と付き合ってください」

「……はい! これからよろしくね!」

 二人はそのまましばらく抱き合っていた。


 こうして、二人の気持ちは沢山の紆余曲折を経て、繋がった。

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