第21話 片恋
「羽島さん……!」
俺は走って羽島さんに追いつき、勢いで声を掛けていた。
そんな俺に羽島さんはいつもの笑顔を浮かべてくれる。
「あ、福島君! 今日は部活ないの?」
「うん。先生達が出張になっちゃったみたいで、オフになった」
羽島さんと話すと、いつも緊張してしまう。でもそれは、羽島さんが俺じゃない誰かを好きでも、まだ羽島さんの事が好きってことの証明にもなった。
「羽島さん、上峯とはどうなの?」
羽島さんと話す時はこの話だ。
羽島さんはその“上峯”というワードが出ただけで顔を赤くさせる。
上峯に対する嫉妬と、その素直な羽島さんもかわいいって思いが繚乱する。
「もう、ほんと、え? ってかんじだと思うけど、ラインも送れてないんだ……」
羽島さんは恥ずかしそうに下を向く。
「そうなんだ……」
もしかしたら羽島さんも難儀な恋をしているのかもしれないな……。
「色々教えてくれてたのに、ごめんね……」
「謝る必要なんてないよ!」
恋愛が難しいのなんて、俺にだって分かる。
「羽島さんなら、絶対に大丈夫だから! 絶対うまくいくと思うよ!」
思わず飛び出た言葉は、全部本心だった。羽島さんと上峯はきっとすごくお似合いで、うまくいってしまうんじゃないか。俺は心の片隅でそう思っていた。
俺の言葉に、羽島さんは笑顔を浮かべる。
「福島君ほんと優しい……! 私なんかのために協力してくれたり、なんでそんな優しいの?」
羽島さんが愛しすぎる。
(羽島さんの事が好きだからだよ)
なんて言えるわけがなく、
「そ、そんなことないよ」
と返す。俺はそんなにイケメン主人公じゃない。
でも羽島さんに優しいって言われるのは物凄く嬉しい。
そんな冬の夕焼けの下、突然事件は起こった。
俺と羽島さんが歩く前方。駅前のコンビニから、ばっちりキマった髪型のイケメン、上峯が出てきた。そして、それと一緒に一人の女子が出てくる。
あの人、だれだっけ……あ! 隣のクラスの奥山さんだ。
おい、これってまさか……。
俺らは足を止め、茂みに隠れるようにして身を潜め、何も言わず二人を見ていた。
二人は談笑しながら歩みを止め、向かい合う。
嘘だろ……。
徐々に近づく二人。目は虚ろだ。
やめろって……。
二人は顔を近付ける。
やめろ……!
俺の虚しい祈りなんて届かず、二人は唇を重ねた。
そして、真っ赤な顔の二人が別れの言葉を告げて、それぞれの帰路に就く。
冬の冷たい風が吹いた。
俺と羽島さんはそれを呆然と見ていた。
上峯と、奥山さんが付き合ってたのか……⁉ にわかに信じられない……。
「はぁ……」
後ろから聞こえる大きなため息。
後ろを振り返ると、そこには暗い顔の柊斗がいた。
「柊斗……!」
「……おう」
柊斗は低い声で言う。
「あいつら、付き合ってるらしいね……。オレもさっき聞いた。二人を見かけてちょっと後ろつけてたんだけど……、見たくないもの見ちゃったわ……」
柊斗はいつもの元気がなく、弱々しい声で言う。
「なんでこうもまあ、恋愛ってうまくいかないんだろうなっ……」
柊斗はそう呟いて、歩いて行ってしまった。
だが、柊斗以外にも、今この瞬間きっと心を痛めている人がいる。
「羽島さん……」
羽島さんの好きな人に、恋人がいたんだ。しかも、目の前であんなところを見せられてしまって……。
「いやー、まさか彼女がいるなんてね!」
羽島さんはそう言って、笑った。
「ちょっとショックだけど、それは応援するしかないね!」
羽島さんは自然に言う。
でも、俺は気づいていた。
羽島さんのその笑顔は、いつもの満開の笑顔じゃなく、悲しそうな面影を残していることに。
「無理しなくていいんだよ……」
「え?」
辛いなら、無理しなくていいんだ。
「我慢しなくていいんだよ……」
そういった途端、羽島さんの目から溢れんばかりの涙がこぼれ落ちる。
当たり前だ。
羽島さんは、全然話したことがないのに好きになって、俺なんかに相談するくらい本気で好きだったんだ。
それが叶わなくて、しかも目の前であんなものを見せられた。
そんなの、辛いに決まっている。
「恋が叶わないのって、辛いよね……」
俺は嗚咽する羽島さんに、せめてもの慰めの言葉を掛ける。
恋が辛いことは、俺も痛いほどよく分かっている。ついこの間俺も似たような経験をしたから。
俺は羽島さんの涙が止まるまで、羽島さんの隣りにいた。
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