第12話 全速

 時は午後三時、俺は急ぎ足で那覇空港の集合場所へ駆け込む。右手には赤いハイビスカスが描かれた小包を持って。

 どうやらギリギリ時間に間に合ったようだ。あぶねぇ。

 俺はクラスの列の一番後ろに並ぶ。

 この修学旅行、俺は羽島さんに恋をした。初恋だった。

 きっかけなんて本当にひょんなことだし、俺なんかが羽島さんと釣り合わない事も分かっている。

 でも、好きなんだ。この気持ちは止まらない。

 もっと仲良くなりたいんだ。修学旅行中たまたま話せたけど、これで終わってほしくないんだ。

 右手の小包、それは羽島さんのために買ったかわいらしい亀のキーホルダーだ。

 羽島さんになにか飴のお返しをあげたい。これを貰ったとき、そう思った。

 しかし、そうは思ったものの、俺は女子になにかをあげるなんてしたことなかったから、何を買えばよいか全然分からなかった。

 第一、彼氏とかでもないくせに……、変な物をあげて引かれるのも嫌だ。

 何をあげるのがよいか深く深く考えたが、攻めすぎでも攻めなすぎでもない、このかわいいキーホルダーに決めた。キーホルダー貰って嫌な人はいないと思うし……。

 喜んでくれるといいな……。まず、うまく渡せるだろうか。

 羽島さんのことを考えれば考えるほど、鼓動が高鳴る。

 そんなうちにすんなりと手荷物検査場を抜け、空港の内部へ入った。

 あたりを見渡すと、羽島さんはまだ手荷物検査をしている。

 飛行機の中に入ったらもう渡すチャンスはないかもしれない。

 ……ここで渡そう。

 俺はそう決意した。

 どういう風の吹き回しだろうか、自然と不安は消えていった。ただただ気分が高揚している。これが修学旅行マジックとかいうやつだろうか。

 羽島さんが手荷物検査を終え、こちらへ歩いてくる。

 緊張なんて飲み込んでしまえ。

 俺は覚悟を決めた顔で前を向く。

 進め、物語。

「羽島さん! あの、飴ありがとうね!」

 意を決して話しかけた俺に、羽島さんは満開の笑顔を浮かべる。

「全然! 実は私お礼したいと思ったんだけど、何あげたらいいのかとか分かんなくて……喜んでもらえてよかった!」

 眩しすぎる笑顔に目を逸らしてしまいそうになるが、しっかりと目を見て言葉を紡ぐ。

「修学旅行でさ、羽島さんと話したりできて、ほんとに楽しかったよ!」

「え! 嬉しい! ありがとう!」

 ゆっくりと、青春の一ページへ。

 俺は右手の小包を渡す。

「これ、修学旅行で仲良くなれたお礼に!」

 顔が赤くなり、つい早口になってしまう。

 羽島さんは、差し出した小包を、驚きを含んだ少し赤い顔の笑みで受け取ってくれる。

「えっ……! いいの! ありがとう!」

 その笑顔は今まで見た羽島さんの笑顔の中で一番可愛かった。

『はなー! はやくー!』

 羽島さんのグループの女子の一人が羽島さんを呼ぶ。

「あ……わかった! 今行く!」

 羽島さんが応える。

「ごめんね、行っていいかな?」

 羽島さんが赤い顔のまま申し訳なさそうに言う。

「うん。こっちこそ急にごめんね!」

「全然だって! 福島君、ありがとうね!」

「こちらこそ……!」

 どこか初々しい二人が別れる。


 これが俺と羽島さんの出会いだった。



<修学旅行活動日誌 三日目>

 青春が突然やって来た。



 修学旅行。それはただ楽しいだけで終わっていくと思っていた。だけど、それは確実に俺の中のなにかを変えるものだった。

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