第7話 遭逢

 その後、先生方及び関係者による隆二への厳重な叱責が終わり、時刻は五時過ぎ。俺らは宿舎に向かうバスの中だった。

 みんなお疲れのようで、ほとんどの人が寝ている。隣の基も爆睡していた。

 俺も今日はいろいろあって疲れたな。昨日も全然寝てないし、ひと眠りするか。

 俺が背もたれに寄りかかり、瞼を閉じかけたその時――、

「福島君っ」

 不意に後ろから声が掛けられる。

「……ん? なに?」

 精一杯絞り出した声は若干震えていた。

 俺は後ろを振り向く。吸い込まれそうな綺麗な目、おろされた長い髪。席と席の間の僅かな隙間からもしっかり伝わってくる、かわいい人の雰囲気。

 俺の後ろの席は羽島さんで……つまり羽島さんから話しかけられたわけで……!?

 突然の出来事への驚きでいっぱいだが、それを全力で隠しなんでもないように装う。

「福島君、突然ごめんね! あのさ……斎賀くんなにか言ってたかな……?」

 周りの迷惑にならないような控えめの声。やや下を向いているかわいらしい顔が目に入って、どうしても緊張してしまう。

「あー……柊斗か……」

 恐らく玉泉洞の中で羽島さんが柊斗に話しかけていた時のことだろう。隆二のインパクトが大きすぎて忘れかけてた。

「柊斗、特に何も言ってなかったよ」

 緊張を隠し、できるだけ平然と話す。もしかしたら顔が赤くなってしまっているかもしれない。

「そっか……。怒ってたりとかしてなかったよね……?」

「あ、うん。怒ってはないよ。っていうか柊斗、羽島さんに気付いてなかったし……」

「え? そうなの?」

 羽島さんは目を丸くする。

「うん。羽島さんが柊斗に話しかけてた時、柊斗羽島さんのこと全く気付いてなかったよ。本人に聞いた感じでも気付いてなさそうだったし」

「そうだったんだ……!」

 羽島さんの強ばっていた顔が少し解ける。

「……柊斗となにかあったの?」

 聞いていいのか分からなかったが、気になるので聞いてみる。

 もしかして柊斗と羽島さんに関係があったり……?

「そんな大したことはないんだけど……」

 羽島さんは照れくさそうに笑う。

「昨日インスタでさ、斎賀君から『修学旅行中一緒に写真撮ってほしい』って言われてたの」

 あー、昨日そういえば柊斗熱心にスマホいじってたな。これだったのか……。

「それでね、玉泉洞で斎賀君を見かけたの。もう二日目の最後だし、明日はなかなか機会がないかもって思って、斎賀君に写真撮ろって声かけたの。そしたら斎賀君が無視して先行っちゃったって思って……!」

「あー、そういうことだったんだ……」

 色々と謎が解けた。

 柊斗と羽島さんが付き合っている、とかそこまで重い内容ではなかった。安心したような、がっかりしたような。

「柊斗、素で気付いてなかっただけだから、大丈夫だよ」

「そうだったんだ……! てっきり私なんかやっちゃってて、怒らせちゃってたのかと思った」

「そんなことは絶対ないよ。柊斗見た目はチャラチャラしてるけど、ほんとはめっちゃいいやつだし」

「そっか! よかったぁ!」

 お互い、笑い合う。

 やべぇ、俺羽島さんと談笑してる。

「福島君、ありがとうね!」

 曇りなく笑う彼女は、美しい花のようだった。

 そんな美しい笑顔に、ふと視線を逸らしてしまう。胸の鼓動が急激に高まる。

「明日の自由行動で会えたらといいけど……。せっかく写真撮ろって言ってくれてて撮れないのは申し訳ないし……」

 羽島さんは呟く。

 最終日の明日は、国際通りでの自由行動だ。間違えなくこの修学旅行のメインイベントである。

 でも、たしかに自由行動となると未知数で、会うチャンスがあるか分からない。

「斎賀君本当はいい人なのかもしれないけど、見た目めっちゃ怖そうで見かけても声掛けにくいし……」

 柊斗……ドンマイ。柊斗のチャラさがもろにマイナスの方向に行っている。

 っていうか、この感じだと羽島さんが柊斗に気があるわけでもなさそうだな……。

「もしよかったら、自由行動の時見かけたら俺から話し掛けようか? 俺らいつものメンツで回るし」

 驚くことに、自然とそんな言葉が出ていた。

「え? ほんと? いいの……?」

 羽島さんの上目遣いにたじろぎそうになるが、なんとか言葉を繋ぐ。

「うん。俺は全然大丈夫だよ」

「ほんとに……? じゃあお願いしていい?」

「うん。任せてもらって」

 全く自信なんてないが、自信満々に言う。

「ありがとう! 福島君めっちゃ優しいね!」

 羽島さんは向日葵の花のように華やかな笑顔を浮かべる。

 その笑顔に、胸が何かに刺されたような感覚になる。

『――では間もなく、バスはホテルに到着しま〜す』

 バスガイドさんからのアナウンスが入る。もうすでに窓外は、何度か通ったことのあるホテルの近くの景色になっていた。

「福島君、いきなり話しかけちゃってごめんね! 明日無理しなくていいから、できたらお願いします!」

「……うん!」

 羽島さんは可憐な笑顔で言う。

 もうこの時間が終わってしまうのか……。

 羽島さんと話してて、羽島さんの顔を見る度、声を聞く度、その仕草を見る度に、なぜか胸がドキドキする。

 かわいくて、元気で、明るい羽島さん。羽島さんの笑顔を思い浮かべるだけで、鼓動が速くなる。


 俺の心に、初めての気持ちが生まれた。

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