紅葉のグレイ・ロータス 4ー1

 いつからだろう。

 この世界から色が消えて、無彩色になってしまえばいいと思い始めたのは。

 少なくとも七年前、画家になる夢を追いかけてこの街へ来た頃は、そうじゃなかった。

 あの頃はまだ、世界の全てが美しく穏やかだった。

――列車を降りて改札を抜けたあの日の夕焼け。

――夜空を照らす星のような街灯り。

――迎えた雨上がりの朝。

――淡い桃色の花弁が肩にかかり、舞い散る桜を見上げ頬が緩んだ春。

――高い空の青と低い雲の白、爽やかな風がシャツの袖を膨らませる夏。

――目も眩むような紅葉の彩色、拾い上げたもみじの葉を指先で遊んだ秋。

――吐き出した白い息と裸になった木々を見て、ふと故郷を思い出した冬。

 何もかもが煌々と輝き、夢と見紛うような淡い希望の光にその輪郭を縁どられていた。

 そんな鮮やかな彩りに満ちた思い出を僕は、今もまだ記憶している。

――それは。

 歳を重ねるにつれ色褪せていく世界を嘲笑うかのように。

 未だ花開かない才能を否定するように。

 今もまだ、瞳の奥で憎いほどにその存在を残している。

「絵なんて大嫌いだ」

 時々僕は、そんな心にもないことを自分自身へ言い聞かせるようになっていた。

 もうおしまいだった。

 けれど、僕はある春の日にきみと出会う。

 全てを諦めて終わらせようと思っていたそのときに。

 美しいきみと言葉を交わした。

「お兄さん、嘘つきですね」

 彼女はヴァイオリンケースを肩に担ぎ、亜麻色の髪を風になびかせ、宝石のような金糸雀色の瞳で僕の心を見透かす。白い肌が陽を受けて、その輪郭をぼやけさせる。それが何とも神々しく僕の瞳に映って一瞬、天使か何かだと思ってしまった。

 穏やかな春の木漏れ日の中で僕たちは、初めて視線を交わし、互いを認識する。

 僕はきっとそのとき、きみに救われたんだ。

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