3-10

 後日談。

 三年後、十七歳になった私は芸術の街と名高い秋の国で、とある画家から絵を教わっていました。彼は弔い人形ノア様の古い友人であり、義兄にあたる人でした。

 日光浴が気持ち良い昼下がり、私ことアネモネはキャンパス寮の中庭でイーゼルを広げ、絵の具を片手に今日も絵を描きます。

 平日は芸術大学に通いながら、画家の教えを元に創作活動に励む日々。才能が開花するかどうかは、分かりませんが私自身は自分を信じて突き進むのみです。

 私の近況などは、さておき。これは後日談というだけあって昔話にも触れておくべきなのでしょう。忘れもしない三年前の夏の終わり、決別の物語とその結末について。

 機械人形ミアが、あの航空母艦の甲板を信じられないことにその足で飛び立った後、私が喪失感に流す涙も出ず、膝から崩れ落ちているとこちらの気持ちなど露知らず飄々と彼が現れたのです。

 ええ、破壊されたはずのノア様でした。

 彼は、目を丸くしていただろう私を見て言います。

「てっきり泣いてくれているかと思っていましたが……そうでもなかったようですね」

 私は、ノア様の遺体と目の前の彼を交互に見て混乱しそうになりながらも、相応しい言葉を頭の中で整理して言いました「どういうことですか?」。

「まあ簡単に言いますと」

 なんでもノア様は、機械人形ミアと同様に戦争末期の最新型というやつらしく、精神と身体が分離していたそうです。よってあの巨大な航空母艦(真実は機械人形製造施設)の最深部にて自らの身体を複製し、ネットワークを通じて蘇ったとのことでした。

 なんと便利な身体と命なのでしょう。

 しかしながら、あのミアの惨状を見るに永遠の命には、決して惹かれませんが、今回ばかりは少し羨ましいです。私があの時、不死身だったとすれば彼女の気持ちを分かってあげられたのかもしれなかったから。

 永久の孤独を抱える意味を知ることができたかもしれない。

 けれどきっとそれも過ぎた話ではありますがね。

 そんなこんなで私とノア様の旅は、あと二年ほど続きました。

 もちろんその二年は、また別の場所で語ることとなるのでしょう。

 そしてこれからのお話は、この灰色の瞳が何かを映す限り続くのでしょうね。

「それにしても彼女は……どこへ行ってしまったのでしょう」

 人類滅亡の使命を背負った彼女。

 永久の孤独を運命に仕組まれた彼女。

 生きていても死んでいても誰も気に留めなかった彼女。

 決別せざるを得なかった彼女。

 あの一連の出来事から私は学ばざるを得ませんでした。

どうも世の中は、心と心を通わせるだけでは分かり合えない壁もあるのだと。それは、どれほど似た者同士でも、類を見ないほどの同類であっても、ほんの一ミリ差があるというだけで憎み合い殺し合う関係となってしまう必然を私は、知るのでした。

「はあ」

 私は、溜息をついて機械義足にパレッドを置きました。

 黒っぽい絵の具が塗り広げられた面を見て、もう一度溜息をつきます「はあ」。

 溜息の理由、それは絵の具が赤なのか青なのか判別できないことと、もう一つ。

あの日のことで、謎が残っていたからです。

 ノア様は一体全体何を弔うために私と彼女を出会わせたのでしょう。

――私と彼女。

――自らの運命を呪い死んだように生きていたアネモネ。

――人を殺すことでしか生きている意味を証明できない死人同然のミア。

 二人を出会わせ、傷つけ合わせ、何の意味があったのか。

 全く分かりません、今も分かりません。

 本当にノア様は、一日もかけてどこで何をしていたのでしょう。

 きっと、その答えを知る術はどこにもないのかもしれません。

 私も彼女も。

「わりぃ、遅くなっちまった」

 ちょうどそのとき、遅れて被写体がやってきました。

 かつて究極だった被写体。

 かつて不死身だった被写体。

 かつて使命を背負っていた被写体。

 兵器としての存在意義を失い、無駄な時間を無意味に生きる人間のような機械となった被写体。

 そんな被写体である彼女の元に残ったのは、たった一つの日常でした。

 それが幸せだったとは思えませんし、当然ながら言い切れません。

 もう一度言いますが私には、何が起きてこうなったのか全く分かりません。

 きっと、ノア様の仕業なのでしょうけれど、まあいいです。

 被写体とは、この頃毎日会っていました。というか、同じ寮に住んでいます。彼女は、究極のお寝坊さんなので遅刻の常習犯なのです。

「もっと早く起きてください、課題なんですよ! グレイ先生に怒られてしまいます」

「悪いと思ってるって許せやい……とは言え俺様も、急がないとまずいんだがな」

 がはは、と豪快に彼女は笑います。

 なにはともあれ。

 ようやく、昨日の続きが描けそうでした。

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