3-9

 ここから先は、俺様の生涯のエピローグだ。

 アネモネは、俺様の孤独を理解してくれる唯一の理解者だと思っていた。彼女の仕草や物言い、思考回路の全てがそう直感させた。

 似た者同士で同類だと、思わせてくれた。

 俺様とアネモネ、二人の間にはたった一つの、小さな差があったけれど、それさえも彼女ならば受け入れ乗り越えてくれると勘違いしてしまっていたのだ。

 全く、自分自身の愚かさを痛感する体験だった。

 それはまるで世の中の綺麗な部分だけを拾い集めたような、本当に純粋で美しい乙女のような期待で希望で奇想だったろうよ。

 考えてみれば簡単なことだったのにな。この世界のどこを探したって、存在という壁を超えられるような奇跡や美談は、物語の中にしかない。

 愛を知らない機械人形が、本当の父親にはなれなかったように。

 恋を知らない機械人形が、本当の恋人にはなれなかったように。

 殺人者の思いが被殺人者に理解されることなどないように。

言うまでもなく、当たり前のことだった。

世界はそんなに優しくない。

俺様は、何のために生まれてきたのだろう。この世界から争いをなくす究極兵器として全てを滅ぼし、世の中の終焉をたった一人待つために生まれてきたのだろうか。

それだけが俺様の存在価値だとして、俺様にとって唯一無二の存在であるあの娘がそれを望んでいないのだとしたら。

だとしたら俺様は、死んだ方がいい。

独り惨めに、アネモネとの思い出を抱いて死のう。

あの笑顔を繰り返し思い出して消えよう。

 生まれ方さえ違えば、俺様たちは分かり合えたのかもしれない。そんな未来を考えながら息絶えよう。


「遅くなっちまったな……オリジナル」


――それは俺様の空母からずっと遠くの海を越え、見知らぬ暗礁に乗り上げていた古い航空母艦の甲板だった。

 甲板を形成していた木々は遥か昔に朽ちており、乗員は既に白骨化している。海岸へ響く波の音だけが、およそこの空間の全てだった。

 地獄ではなく虚無というべきなのだろう。

「ああ……待っていた」

――赤き髪の乙女、彼女は空を見上げたままそう言った。

 俺様は、何も言わず肩に担いでいた刀を構え、彼女もまた同じことをした。

 そして互いに互いを認識する。

 彼女は、オリジナルの機械人形ミア。

 かつて使命を果たそうとし、道半ばその未来の孤独に耐え切れず壊れてしまった存在。彼女の精神は、そのとき死んでしまった。究極存在に与えられた心は、機能を停止してしまった。

 使命を放棄し、生きることを放棄し、存在を放棄し、世界の終焉をこの何もかもが終わった灰色の場所で待っていた。

 だから俺様は、その代わりとして生まれたコピーだった。

 不死身のミアは、使命の完遂を迎えるその日まで生まれ続けるのだろう。あの巨大な航空母艦、その最深部にある機械人形を造り出す禁忌の施設にて。

「なあ、俺様」

 オリジナルが言った。

「お前は、俺様を弔う意味を理解しているのか」

 俺様は、余裕をもって答える。

「お前が死んで、俺様も死ねば新しいコピーが使命を背負って造り出されるだろうよ」

 けれど、それを知っていたとしても。

 たった一人、オリジナルが死にきれず孤独と戦い続けることは、想像に耐えがたい。

「だけどよ、それでも」

「…………」

「俺様を殺せるのは、俺様だけだろう」

「そうか、ならば俺様は、安心してお前を殺せる」

 交わした言葉を最後に俺様たちは、互いに互いを終わらせる。

 これは弔いだ。

 あの弔い人形でさえ終わらせられなかった無限に続く孤独な物語だ。

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