3-6
「先程から言おう言おうと思っておりましたが、この船内の雰囲気が好きです」
「当たり前だぜ、なんたってこの俺様がチョイスしたインテリアなんだからな。特にこの所々にある青白い光を放つ電球がポイントだ……ああ、お前ってば色が見えないんだっけ」
言ってミアは、ほんの少し申し訳なさそうにその電子の表情を歪めていた。それを見てアネモネは「いえいえ、気になさる必要はありません!」と慌てて笑顔をつくる。
「ま、全然気にしてねえけどなー」
するとミアは、分かり易く機嫌を良くするのだった。それを見てアネモネは、ひっそりと扱いやすいというのは、こういうことなのかもしれないと考えていた。
台車に乗ったアネモネとその隣を浮遊するミアは、あてもなく艦内を進みながら時間潰しの雑談に耽っていたのだが、お互いのことを何も知らないため探り合っているのだった。しかし、アネモネにとってはそれ以上に「死ぬまでの時間潰し」というのが大きな負担となっていた。
「あの……先程の死を看取るという話なのですが、ミア様は本当に死んでしまわれるのですか?」
「……いや、俺様は死なねえ。少なくとも自分から死なない限りは、その辺の機械人形みたいに壊れることはねえよ」
「では生きましょう! 私もその方が話しやすいですし自殺は良くないことだと思います」
アネモネの言葉がどのように響いたのか、するとミアは暫し間を置いて「まあ、生きることも悪くないかもな。俺様ってばなんだかんだ言って人生で今一番楽しーし」とさらりと答えたのである。
早すぎる変わり身だった。
アネモネは、その意味を理解するまで時間を要したものの安堵の息を漏らした「よかったです……はあ」。
「何でお前が安心してんだよ」
笑ってミアがそう言うとアネモネも笑って「分かりません」と答えた。
「ところでミア様は、ご自分のことをキュー……」
「究極兵器な」
「究極兵器だと仰いましたが、私には兵器どころかペットのような可愛らしいもののように見えます。あ、えっと馬鹿にしているわけではありません」
「こうは考えられないか? この可愛さを武器に人類を侵略しようとしていると」
「え!? そ、それは何とも恐ろしい、絶大な破壊力を秘めております!」
「だろう……そうやって人類を支配下に置くことが俺様の真価なのだよ」
「これからは、細心の注意を払いつつ接することにします」
「んなわけあるかい! 疑えよ!」
「次は面白さで支配しようとしておられるのですね、気を付けます」
「あう……」
「私もボケなるものを習得させていただきました」
茶番を挟みつつも、二人の会話は楽しげであった。
艦内の雰囲気といい、会話のテンポなども含めてアネモネは、ミアと気が合うのかもしれなかった。
「不本意ながら俺様の見た目が可愛いことは認めるとして、これには理由があってだな」
「そうなんですか」
「うん。俺様の今の身体は、実のところ代用品なのさ。本体は、システムエラーが原因で空母の最深部にて囚われちまっててな。けど動けないのは不便だから、この小型カメラに意識だけをアップロードしているってわけだ」
何だか難しい話だった。
アネモネは、首を傾げながらもぼんやりと掴んだ要点を口にする。
「囚われているのでしたら助けに行かなければなりません」
「いや、うん。俺様もそうしたいのは、山々なんだけどよ……人間の生体反応でしかこのエラーは解除できないっぽいんだ」
ちらりとアネモネがミアを見ると、彼あるいは彼女もまたこちらを向いており、視線が交差した。
「私でよければ力になります」
「本当か……? ありがたいぜ、アネモネ」
「いえいえ、私が役に立てることなどあまりありませんでしたので良かったです。ですがミア様」
「どうした?」
アネモネは、ミアの大きな点のような瞳を覗き込むようにじっと見つめて言った。
「何だかこの展開は、裏切りの気配がします」
「…………高貴な俺様がそんな低俗な真似をすると思うか?」
「いえあのそんな疑うつもりでは……」
ミアは、アネモネの言葉を遮るようにしかし、脅すのではなくゆっくりと彼女の膝の上に乗った。そして膝の上から上目遣いで彼女を見上げる。
それはどこか赤子のようにすわった眼差しだった。
「俺様ちゃん、そんなことしないよ?」
「ご、ごめんなさい。ミア様がそのようなことをなさるはずがないのに、私、疑ってしまって……ご不快な思いをさせてしまったかもしれません」
「いいよん、気にすんな!」
言ってミアは、弾けるようなスマイルマークを残し、彼女の膝を離れた。
「扱いやすいってこういうこと言うんだな……」
「何か仰いましたか?」
「いや何でもねえ、本当に何も言ってねえ」
囚われた身体、それはミアの言う通りシステムエラーあるいは、封じられた禁忌なのだろうか。未だにミアが、兵器であるとはにわかに信じられなかった。けれどどうであれ、それがミアを助けない理由にはならない。アネモネは、他人を疑うということが嫌いだったからだ。それはきっと、アネモネ自身の美点であり弱さでもあるのだろう。
アネモネがそんなことを考えていると、ふとミアがこぼすように言った。
「……お前って多分変わった奴だよな」
「……よく言われますが、多分というのは?」
「俺様、人間と話したことがないんだよ。だから多分、そんな曖昧な表現しかできねえんだが、お前は変わってると思う。勘違いすんなよ……悪い意味じゃねえ」
燻りを残した言葉、一体全体ミアは何を言いたかったのだろう。何を思って、何を知っていて彼あるいは彼女は、そう言ったのだろう。ミアの表情を見れば、それが分かったのかもしれないが、アネモネにはそうすることができず俯いて言った。
それは呟くように小さな、輪郭のぼやけた声だったかもしれない。
「変わっていることは、悪いことだと思います」
「……そうかもしれねえな、わりい」
「いえ、私がおかしいのかもしれません。こういうときは、いつだって私が間違ってきましたから」
「いや、本当のこと言うと俺様も変わっていることは、悪いことだと思ってるんだ。少しだけお前を試しちまった」
「試したんですか?」
「ああ、試させてもらった。お前がどちら側の存在なのかってことをな」
変わっていることを嫌悪する側と望む側、少数派と多数派というだけの違い。
「そうですか……そういうことでしたか」
大抵の人は少なからず、他人と異なる部分を求め、そうであることを望むのだから。誰かから特別に思われたいという人間の温かくて冷たい心の一面が、そう願わせるのだろうとアネモネは思っている。
本当の欠陥品の気持ちなど露知らず、人は差異を望むのである。
「俺様は、変わっていることが心底嫌いだよ。それを望む人間も含めて心底嫌いさ」
ミアは躊躇わず、続ける。
「姿形が醜い者を軽蔑して、才能がある者を妬み、強大な力を畏怖する。結局のところ変わっていることは、存在を特別にするかもしれねえが同時に孤独を生み出しやがる」
「私は――特別ですらありません……ただの孤独な人間です」
生まれついたそのときから壊れていた瞳。
理不尽に奪われた両足。
押し付けられた孤独の寂しさ。
世界の全てを憎み、嫌悪し、拒絶した春の国での数年間をアネモネは思い出す。
本当の意味でこの孤独を共有できる存在などいないのだった。
「俺様は――唯一無二の特別だが孤独だった。生まれた頃からこの船の外を見たことがねえし、人間を直視したのもお前が初めてだ」
理解し合える存在などいない。
「だからお前の孤独とは質量も密度も違うんだろうな。理解し合えないだろうし、同情も共有も不可能だろうよ」
アネモネの心の琴線は、震えることなく落ち着いている。
絶望もなければ深い悲しみもなく、激しい感動もありはしない。
ミアの声が、言葉が冷たく重くアネモネの中へと沈んでいく。
「だけど俺様たちは、それぞれの孤独を嫌悪している」
「…………」
「それだけが俺様たちの共通点なんだろうよ」
同類、似た者同士、二人の関係性は、それ以上でもそれ以外でもなかった。
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