3-5

 眼前に広がる景色は、凄惨な破壊によって彩られていた。それは言葉にするのも躊躇われるような戦場の惨状である。

 航空母艦の甲板にて、倒れ伏せている赤き髪の乙女の姿が二人。

 俺様と壊れた俺様だった。

 どちらも手足は斬り落され、だるま状態で無様に青空を見上げている。というか、それしかできなかったが、案外それは大罪を背負う殺戮兵器の最期にしては温過ぎる結末だったかもしれない。

 幾人もの機械人形が声を上げることなく壊れていったのを見ていた。

 幾人もの人間が断末魔を上げて死ぬところを見ていた。

 そんな残虐者にとっては、幸運過ぎる弔いだっただろう。

――俺様は、海風を感じながら目を瞑り思考する。

 不死身のミアは、言葉通り不死身だった。

 死ぬことのない究極存在は、全ての機械人形の上位互換であり、全ての人間の理想形だった。だからこそ誰もが永遠を求めたのかもしれない。

 けれど、彼女がいつ永遠を求めたというのだろう。

 あの赤き戦場の乙女は、果たして永遠を望んでいたのだろうか。

破滅もなく終わりもなく途方もなく、居場所の全てが偽物で、感情の全てが偽物で、唯一思い出の全てが本物である残虐な世界を欲していたのだろうか。

「ああ、なんつうザマだ」

 その真意を知る術が俺様には、あるのだろうか。

――否。

 それは無理だ。

 注いだ感情も、吐き出した言葉も、あらゆる破壊も、それらは時間経過と共に色褪せていく空っぽの思い出だ。

 永遠を前にしては、何もかもが無為無意味でしかないのだから。

 それ故に赤き戦場の乙女ミアは、孤独だった。

 それ故に不死身のミアは、自殺を図った。

 それ故に機械人形ミアは、発狂し壊れてしまった。

 壊れてなお、生きている。

 死んでなお、生きている。

 終わりが来ることを望みながら、空っぽのまま消えることを恐れながら、彼女は今なお生きている。俺様には、俺様だけには、彼女の悲鳴が聞こえている。

 そんな俺様にできることと言えば、彼女を弔うことだけだった。けれど、果たして俺様にそれを成し遂げることができたのだろうか。

――なあ、人間。もしお前たちが年老いて、自分の死を覚悟するとき。


「どんな思いで生きてんだよ?」


 永遠だろうが有限だろうが、孤独のまま消えることは怖いはずだろうが。

 誰の思い出に残ることもなく消えることは、怖いはずだろうが。

 なにも思い出せずに消えることは、恐れおののくに足る理由だろうが。

 なあ、答えろよ人間。創造主だろうが。この哀れな造物に教えろよ。

 そんな目で見るんじゃあねえよ、俺様だって壊れていることくらいとっくに分かってる。だからせめて仲間をくれ、同情を買えるような共感し合えるような仲間をください。

「彼女へ、最期に優しい思い出を与えてください……」

 死に際まで寄り添ってくれる存在をください。

 生きた意味を与えてくれる存在をください。

 別れを泣いてくれる存在をください。

 花束を手向けてくれる存在をください。

 消えた後も、俺様のことを想っていてくれる存在をください。

「それくらい生きた者の権利でしょう……ねえ」

 ねえ……。

 駄目ですか。

 あなた方は、それさえも俺様から奪うのですか。

 いなかったことにしないでよ。

「だけどさ人間。いくら何でも、これはあんまりだ」

 人間様(神様)、与えることの意味を知っていますか。

 生を与えることは、失う悲しみを背負わせるということをご存じですか。

 生きることは、失う悲しみを他人に背負わせるということをご存じですか。

 それを知っていてなお、俺様とあの灰色の娘を出会わせたというのなら人間様は。

「こんな救い方は最低だ、あんたらは、機械以上にマジで人でなしだぜ……」

 それは俺様もきっと一緒なんだろうけど。

 そう、俺様は最低だった。

 灰色の娘が与えてくれた優しさを、最期に抱いて死のうとしているのだから。

「優しさか……本物だといいなあ」

 あいつは、俺様が死んだ後も待ち続けてくれる。

 あいつは、俺様のために笑ってくれる。

 あいつのために俺様は、何もできないってのにな。

 生きるってのは、どうしてこうも理不尽なんだろうな。

 死にゆく者は、優しい思い出を贈られるというのに生きる者は、哀しみを贈られる。

「ああ……」

 今日も空っぽの空は未来へ流れる。風は未来へと流れる。太陽は未来へと昇って沈む。そうして明日は生ける者のために未来へと流れる。

 変わらない一日の瞬間だった。

 俺様は、ぐったりと重くなった首を動かし、視線を甲板に突き刺さっていた刀へ向ける。

「けどよ、気分は悪くねえ……へへっ」

――俺様は、その刃に映った泣き顔へ微笑みを贈った。

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