1ー7
マリア・ヴァレンタインは店先の白いベンチに座り、降り積もった雪と暮れなずむ夕日を眺めて、いつの日かを回想する。
まだ愛する少女が小さな女の子だった頃。
まだ親としては右も左も分からなかった頃。
店先の楓並木には雪が降り積もり、白銀の世界に茜色の光の粉が散りばめられているような幻想的な景色が広がっていた。
自分の悲劇に涙を流すアネモネを抱きしめていたことが、遠い昔のことのようにも思え、
しかし、たった今起きたばかりのことのようにも思える不思議さにマリアは微笑んだ。
小さな書店には、マリア一人。アネモネは、ヴェルドを探すために自分も旅に出て行ったのだった。
アネモネが旅を決意したのは、昨日のことであり、そうなった経緯はあくまでも彼女の意志である。この六日間、アネモネへの手紙は郵便屋が配達していたわけではなかった。
ヴェルドの友人を名乗る青年が、夕方頃になると手紙をもって現れ書店のポストに入れていたのだ。そして昨日、七日目の手紙を持ってきていた青年が店先で楓並木の絵を描いていたアネモネに声を掛け、話し合った末に旅に出たいと言い出したのである。
マリアは、初め止めようとしたが、アネモネの好奇心に輝く瞳に見つめられ条件付きで許可してしまったのだ。
条件は、あまり厳しくない。時々は、手紙と描いた絵を送ること。
旅立つ朝、久しぶりにアネモネの容姿を改めてみると知らないうちに大人になっていた。
車椅子にスノーホワイトの革製のリュックをかけて、亜麻色の髪に深く被った黒のベレー帽、冬物の黒いベルベットワンピース、白百合の花弁を思わせる肌と金糸雀色の瞳は、秀麗であり、大人びた女性の魅力を持っている。
駅で列車に乗るのは、今日が初めてだったアネモネは、終始そわそわしていてマリアも
不安になり、最後に何を話したのか思い出せなかった。
ただ旅の持ち物を確認したことは記憶している。
ヴェルドがアネモネに残していた資金と、少し傷ついているが彼女の名前が彫られた木箱とキャンバス。
「あ、あの子……着替え持ってない!」
マリアは気付いて、もうどうしようもなかったので笑うことにする。
それと、心の何処かでまだまだアネモネがうっかりやの子供だったことに安心していた。
日が沈み、終わりゆく一日に深く息を吐いてから、マリアは自分に宛てだった七通目の手紙に目を通した。
そしてまた口角を上げて、言った。
「夕食、何にしようかしら」
『マリア・ヴァレンタイン様へ
遠く離れていても、私たちの愛がアネモネの道標となりますよう。
ヴェルド・ヴァレンタインより』
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