6.前の席の女子と夏祭りに行ったらヤンデレ爆発した

 ついに、花火大会の日がやってきた。

 普段はだだっ広く、少年野球チームが練習をしている程度の海岸公園は、屋台と浴衣に身を包んだ人たちでにぎわっていて、謙斗けんとはまっすぐ歩けないほどだった。


(待ち合わせ場所……あれだ!)


 華やかな空気をかき分けて。待ち合わせ場所の謎のオブジェを見つけ、謙斗けんと優彩凪ゆいなを待つ。


(1時間前に着いてしまった……)


 優彩凪ゆいなとバスケの試合に行った時、30分前には来て! と怒られたから、謙斗けんとは早めに家を出たのだが──。


(これはさすがに早すぎた……)


 花火が打ち上がり始めるのが19時で、優彩凪ゆいなに指定された時間が18時。

 謙斗けんとのスマホには、17:03と時刻が表示されている。

 ゲームアプリで時間をつぶしたいが、ゲームに夢中になって優彩凪ゆいなに気づかなかったら、絶対バスケの練習試合の時よりも理不尽にキレられること間違いない。


「あ、謙斗けんとじゃん」


 謙斗けんとがスマホから顔を上げると。

 浴衣美女が謙斗けんとを見下ろしていた。


「誰……って盛武もぶ?!」


 盛武もぶは大きな白い牡丹ぼたんの花飾りをひとつ頭に留めていて、普段とは全く違う、日本美人のような雰囲気をまとっていた。

 盛武もぶの浴衣は、水色の地に大きな赤い金魚の柄が大胆に何匹も踊っているが、背が高いから、柄の派手さに負けることなく着こなせている。

 そして、リボンみたいに締められた黄色の帯がいいアクセントになっていて──盛武もぶは、インスタで山ほどいいねがもらえそうな感じの美人びじんになっていた。


(あの水やりサボり常習犯がモデルみたいになっていいのかよ?! いやなっとるわ!)


謙斗けんと、誰待ち?」

「クラスメイト」


優彩凪ゆいなさんとの関係で、確実なのはクラスメイトしかないんだよな……もどかしいけど)


 優彩凪ゆいなに好かれて、二人で話せる距離感が心地よくて。もしそれがただのからかいだとしても、手放したくないくらいには謙斗けんと優彩凪ゆいなとの時間が気に入っていて。


(いくら悩んでも優彩凪ゆいなさんが俺に弁当をつくってくれた気持ちは俺にはわからない、ってことがわかったから、優彩凪ゆいなさんに答えてもらう必要があるってことしかわからないんだけど……下手に答えを催促して、取り返しがつかないくらいに優彩凪ゆいなさんを怒らせたくないんだよなー……)


 一応、優彩凪ゆいなが自分に弁当を作ってくれた気持ちの候補として、好きがあるということは謙斗けんとにもわかっているけれど。


(俺のこと、好きなの? って聞いて、は? ありえないんですけど? って言われる可能性がゼロじゃない限り、こんなことは聞けない)


 決定的なことでこの関係を変える勇気は、謙斗けんとにはなかった。


「男? 女?」


 謙斗けんとの内心など知らず、盛武もぶはぐいぐい質問してくる


「女」

「やるじゃん」


 ニヤニヤと笑う盛武もぶ

 あ、これは恋愛に持っていかれるパターンだ。謙斗けんとにはピンと来た。話変えないと。


「そういう盛武もぶは?」

「彼氏」

「えっ彼氏いたの?!」


 初耳なんだが。謙斗けんとがポカンと口を開けていると、「そんなことより!」と盛武もぶが軌道修正してきた。


「私のことはいいけどさー、もしかして謙斗けんとが待ってるのって、優彩凪ゆいな?」

「……そうだけど」


 謙斗けんとの答えに、盛武もぶは驚きに目を見開いた。


「えっ、謙斗けんと、まだ優彩凪ゆいなと付き合ってなかったの?! 私、優彩凪ゆいなに女子トイレで、あんなに謙斗けんと君は私のものよ! って言われたから、てっきり付き合ってるのかと思ってた」

「は?」

「あの時の優彩凪ゆいな、超怖かったんだからね──」


 そう前置きして、盛武もぶ謙斗けんとが帰ったあと、女子トイレで何があったのか話しはじめた。


 ◆


 女子トイレに忘れ物をした、と言う優彩凪ゆいなを追って、盛武もぶも女子トイレに入った。

 女子トイレの個室の扉は全て開いており、2人きりのようだ。


「忘れ物探し、手伝ってくれてありがとね」


「いいってば。話の続きなんだけど、桃道ももじさんは女子バスケ部のうち、誰を謙斗けんとが見てたと思、」


 かひゅっ、と盛武もぶは息を吸い込んだ。

 優彩凪ゆいなのまとう雰囲気がピリリとしたものに変わったからである。

 殺気をまとったまま、優彩凪ゆいな盛武もぶの顔をにらみ上げる。


謙斗けんと君は私のものだから」


 極寒の吹雪のような声だ。


謙斗けんと君が盛武もぶさんを選ぶとしたって、私のものだから」


「わかった?」


 盛武もぶを覗き込む優彩凪ゆいなの目は、さながら2つのブラックホールのようで。

 吸い込まれそうな底知れない闇に、盛武もぶつばを飲み込んだ。


「……わかった」


「それならいいの。謙斗けんと君にこれ以上近づかないでちょうだい」


 優彩凪ゆいなは、鋭い雰囲気をまとったまま、女子トイレから出て行った。


「助かっ、た?」


 盛武もぶは緊張が解けた弾みに足の力が抜け、へなへなとトイレの床に座り込んでしまった。

 汚いから早く立ち上がらないと、と呼びかけてくる理性以上に、命の危険が去った安心感に浸っていたい。


(それにしても優彩凪ゆいな……謙斗けんとのどこがあんなに好きなんだろう?)


 立ち上がる力が戻ってきた時。真っ先に盛武もぶの頭にこの疑問が浮かんできた。


盛武もぶー! ここにいたんだ! 顧問の先生が呼んでたよ!」


 盛武もぶが立ち上がったと同時に、女子バスケ部の仲間が盛武もぶを呼びに来た。


「ありがと。ちょっと色々あって」

「お腹痛くなった……にしては元気そうだし、何で笑ってるの盛武もぶ?」


 仲間に言われ、自分が笑っていることに盛武もぶは気づく。

 怖かったけど──やっぱり、他人の恋愛話を聞くのは、楽しい。


「笑って……ってちょっと命の危険を感じる恋バナに付き合わされたからかな?」

「意味わかんなーい」


 そう言い合いながら、盛武もぶも顧問の元へ向かったのだった。


 ◆


「──って感じでさ。謙斗けんと、包丁で刺されそうなレベルで愛されてるじゃん。付き合っちゃいなよ」

「素直に言っていい? 納涼ホラー番組? 盛武もぶに怪談を語れる才能があったのを今知った」

「本当にあったことだって──っ!」


 ちりりん。


 鈴の音がして、盛武もぶはさっと口をつぐんだ。

 花火大会の喧騒けんそうの中。

 鈴の音をきっかけに、謙斗けんとたちだけが無音だった。

 顔は見えないが、いる。

 謙斗けんとは間違えようのない優彩凪ゆいなの気配に、全身の毛が逆立つのを感じた。


「……謙斗けんと君? その女、誰?」


「……優彩凪ゆいなさん?」


 赤い帯に、紺色の浴衣。黄色い花火が打ち上がっている上品な柄。

 盛武もぶが大輪のひまわりだとするなら、優彩凪ゆいなはひっそりと咲く撫子なでしこ

 今日はハーフアップではなく、和風のお団子にまとめているが、鈴付きのかんざしを優彩凪ゆいなは差していた。

 優彩凪ゆいなから黒いオーラがあふれ出ている。

「その女、誰?」


 ゆっくりと優彩凪ゆいなは繰り返す。

 今の盛武もぶは、優彩凪ゆいなさんが知っている普段の化粧っのないスポーツ少女ではなくて、彼氏と会うために全力でおしゃれをしていて、ほぼ別人──優彩凪ゆいなさんは俺の隣にいるのが盛武もぶだと分かるはずがない!


「あの女の次に好きなの、私? うんわかった、私が謙斗けんと君の一番になるね。ちょっとお掃除するだけだから」


 黒い笑いを浮かべる優彩凪ゆいな

 さっと表情が消える盛武もぶ


(この2人の表情……あの日とそっくりだ!)


 優彩凪ゆいなと水やりをした、あの月曜日と。

 謙斗けんとの記憶がフラッシュバックする。


(そういえば、忘れ物探しをした後、はじめて盛武もぶに会った時、明らかに何かおかしかったけど──優彩凪ゆいなさんが、盛武もぶ牽制けんせいしたせいだったのか!)


 謙斗けんとにはわかってしまった。

 盛武もぶに、優彩凪ゆいなは女子トイレの脅し以上のことをする気だ。

 俺と話す事に、恐怖を感じるどころか──盛武もぶと俺が、二度と話せなくなることを。


(俺は優彩凪ゆいなさんが好きで、優彩凪ゆいなさんも多分俺のことが好きなんだろうっていうのは盛武もぶの話でわかったけど──手段が怖いんだよ!!!)


「それはやめろ! 俺は、盛武もぶに酷い目に遭ってほしくはない!」


 サボり魔で、知らないうちに俺より先に恋人を作っていて、全てを恋愛話に結びつける困ったクラスメイトが盛武もぶだが。

 優彩凪ゆいなの制裁に遭ってざまぁ、と思えるほど嫌いでもないから、むしろ2人がめると、謙斗けんとは胃が痛いのだ。


盛武もぶさんのこと、好きなの?」

「そういうんじゃなくて!」

「え? そういうことじゃない?」


 優彩凪ゆいなは、こてんと首をかしげる。

 しぐさだけなら無邪気だが、闇のような殺気は健在なままだ。


「普通に考えて、クラスメイトが大ゲンカしようとしているのを見たら止めるだろ! 知り合いがケンカしてるのを見たら心が痛くなるタイプの人間なの、俺!」


 謙斗けんとの必死の説得に対して。


謙斗けんと君が、何を言ってるのかわかんない」


 そう言うと、優彩凪ゆいなはうつむいて、何かぶつぶつとつぶやく。


「私以外の女を大切にするなんて……」


 その言葉は、祭りの雑踏にかき消されてしまって、謙斗けんとの耳には届かなかった。


「ごめん。聞き取れなかった。もう一回言って?」


 優彩凪ゆいなは顔をあげる。なんだか吹っ切れたような表情だったが、渦巻く闇のオーラはさらに強くなっている。


「でもわかったよ。私、謙斗けんと君を怒らせちゃったんだ」


 優彩凪ゆいなの瞳から光が消える。


謙斗けんと君の願い、叶えられなかったんだ……。謙斗けんと君を幸せにできなかった私なんて、謙斗けんと君の人生にもう、いらないのかもね」

「待って」


 とんでもなく話が飛躍した。

 謙斗けんとが戸惑っていると。


「……ぅうっ……ひぐっ……捨てないでぇ……」


 大粒の涙が、優彩凪ゆいなの両目からこぼれていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る