第31話 エコ・システム

 第五管区海上保安本部から、機械鮫メカ・シャークに関する情報がもたらされた。


 同管区の担当水域は、兵庫県南部、大阪府、和歌山県、徳島県、高知県の前面海域及び和歌山県、高知県などの南方沖合である。


 イルカ追い込み漁で世界的に有名になった和歌山県太地町たいじちょう近海で、捕鯨船キャッチャーボートがホオジロザメ型の潜水艦に襲撃される被害が相次いだ。


 ハリウッドの有名な設計エンジニアで、人形や動物を機械仕掛けで動かすアニマトロニクスの第一人者エディー・ゴードンが、環境保護団体エコ・テロリスト「セーブ・ザ・ドルフィン」の依頼を受けて制作したのが、一人乗りのサメ型潜水艦だという。


 エンジン音や泡も出さず、尾びれも左右に滑らかに動く。本物のホオジロザメと同じ速度で潜行し、海底からいきなり姿を現して、捕鯨船の横っ腹に体当たりを食らわせる。


 サメ型潜水艦の愛称は、「ホワイト・ブリーチャー」。


「ホオジロザメは英語でGREAT WHITEと言います。それに法を破る者ブリーチャーとを組み合わせた造語のようです」


 対策本部からの報告を受けた北折が陣場に要点を伝えた。


 反捕鯨を声高に叫ぶセーブ・ザ・ドルフィンは太地町に活動家を常駐させ、器物損壊や暴行事件などを起こしていた。活動が盛んだったのは十年前で、和歌山県警と第五管区海上保安部が違法行為を取り締まるようになると、近年はぱたりと姿を見なくなった。


「一人乗りの潜水艦だと。例のメカ・シャークには人が乗り込んでいたのか」


 陣場は驚くやら、呆れるやらの表情を見せた。


「初期型のホワイト・ブリーチャーは一人乗りの潜水艦でしたが、それから遠隔操作が可能になり、さらに改良され、今は水上バイクにも変形するようです」


「どこに需要があるんだ、そんなもの」


「ホワイト・ブリーチャーの制作技術を受け継いだのがグレート・ホワイト社です。沖縄やハワイでマリンレジャー業を営んでおり、ホワイト・ブリーチャーのレンタルなどもしているようです」


「環境保護団体からずいぶんとクリーンになったもんだな」


 陣場が感心したように言った。


「ホワイト・ブリーチャーは市販しておらず、あくまでもレンタルのみのようです」


「あくまでもか」陣場が鼻白んだ。


「機体にロボット・アームを取り付けて、海底ケーブルを切断できる機能を備えたものをレジャー客に貸し出す。レジャー客が誤って海底ケーブルを切断してしまっても、会社に責任はありません」


 ホワイト・ブリーチャーには、目立たぬように水中カメラが取り付けられている。よくホオジロザメにくっついているコバンザメにそっくりに似せた、偽コバンザメ型カメラが巧みに隠されてる。


「操作に慣れれば、海底ケーブルの切断は容易ということか」


「レジャー客は海底ケーブルがどんなものか分かっていません。このサメを操って海底にあるロープを切ってみてくださいね、などとリゾート地の遊びアクティビティにしていたようです」


 メカ・シャークの全貌を把握した北折が続けて言った。


「まったく無駄がない。まさにエコ・システムですね」

「すまん、北折。エコ・システムってなんだ?」


 陣場が解説を求めると、北折が面倒そうに言った。


「もともとは生物学の言葉です。食う、食われるの関係ではなく、ヤドカリとイソギンチャクのような共生関係です。ヤドカリはイソギンチャクを背負うことで天敵から身を守ります。イソギンチャクはヤドカリに乗ることで移動できるようになり、より多くのエサにありつくことができます。お互い必要不可欠な関係ではなく、共生関係を築くことをエコ・システムと呼称します」


 グレート・ホワイト社が海底ケーブルを切断させる。

 オーシャン・コネクト社が海底ケーブルを修復する。


 両社は直接的な取引関係がないにも関わらず、片方の売り上げが上がれば、もう片方の会社にも恩恵がある。


「中身が空っぽの特別買収目的会社がマリンレジャー業と海底ケーブル敷設業を同時に買収しても怪しげな意図は感じません。それどころか極めて真っ当に見える」


「まあ、そうだな。リゾート地の通信環境をさらに良くするため、ぐらいにしか思わないな」


「やっていることはあくどいのに、表面的にはとても健全です」


「オーシャン・コネクト社の買収をと言ったのは、誰だったかな」


 北折は降参です、と言わんばかりに両手を上げた。


「撤回します。この計画スキームを考えた奴は相当に優秀です。ただ儲かるだけでなくて、他人からどう見られるかまでちゃんと計算に入れている」


 前線本部代わりの食堂に、刑事課の福永逸平が報告に訪れた。聞き取りが不首尾に終わったのか、いやに深刻な表情をしている。


「おい、水木が自白ゲロしたぞ」


 福永は陣場と北折をじろりと睨んだ。


「明神要の存在を認めたんですか」


 水木の自白を引き出したのならば、もう少し晴れがましい表情をするだろう。顔色

 が冴えないのは良くない知らせだ。


「水木は明神の存在を認めた」


 どうにも奥歯に引っ掛かるような物言いだった。


「やっぱりいたじゃないですか、明神の奴!」


 北折が勝ち誇ったように快哉を叫んだ。福永はそれを鼻で笑った。


「慌てるな、話は最後まで聞け」


 刑事畑の長い福永は、逸る北折を小僧っ子扱いした。


「明神は明神でも要ではない。水木が存在を認めたのは、明神忠司。明神要の弟だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る