第10話 契約

「いや、なんでそうなる!?」


 セレナが突拍子もないことを口にしたので、全力でツッコませてもらう。


「だって、何かの間違いであんたがソラに手を出さないとも限らない!契約は、私の目の前でやってもらうわ!」

 

 彼女はぐいっと近づいてきて、人差し指を額に突きつけてきた。頬をぷく~っと膨らませて、何故かお怒り状態だ。


「ええっと...だそうだ、ソラ」

「いいんじゃないか?その姉ちゃんも満更でもなさそうだし」


 ソラは特に嫌がる様子はない。まあ親睦を深めるって意味なら悪くはない提案だが...。


「それでは、私は別の業務がありますので...」

「じゃあメイ、頑張ってね~!」


 と言って、二人はそそくさと立ち去っていった。

 一体何を頑張るのやら...。まあ、取り敢えず何も起きないことを祈っておこう。



         ・


         ・


         ・



 数分後、浴場にて...。


「さあ、私が頭を洗ってあげるわ!」


 ソラが人型でどうやって体を洗えばいいのか分からないため、早速セレナが頭を洗うのを買って出てくれた。というより、俺には絶対に洗わせないというような勢いだ。

 セレナがお互い両端のシャワーを使うルールを突きつけてきたので、距離もかなり空いている。当然だが、三人ともタオルを巻いて入った。

 そんなに離れなくても何もしないのに。しゅん...。

 仕方ないので、俺は俺で渋々自分の髪を洗い始める。


「姉ちゃん、洗うの上手いな」

「ふふん!これでも学園の子たちにもしてあげてるんだから!」


 セレナは得意げに言って、慣れた手つきで泡立てていく。ソラは気持ちよさそうに顔を歪ませる。

 見事に甘い空間と孤独な空間に分断されてしまった。会話を聞くくらいならバチは当たらないだろうと、俺は体を洗いながら聞き耳を立てることにした。


「なあ、姉ちゃん」

「ん?」

「姉ちゃんって、もしかしてか?」


 セレナはその質問に一瞬不思議そうな表情をしたが、すぐに答える。


「そうね。学園内ではかなり良い成績を取ってるわ」


「へ~、意外だな...」


 と独り言のように言ってみる。決して会話に混ざりたい訳じゃないぞ、うん...。


「...それに、皆んなからは気高きお嬢様と慕われているんだから!」

「猫被ってるな...」

「......ま、魔法だって飛び級するほどに優れてるのよ!」

「てっきりポンコツ魔法使いなのかと...」

「.........今年の魔法大会だって、優勝候補と言われてるほどなの!」

「皆んな持ち上げ過ぎじゃないか?」

「..............」


 そこでセレナの言葉が止まる。そして堪らずこちらをバッ!!と振り向き、


「あんたね、普段私のことどう思ってるのよ!!」


 と物凄い剣幕で怒りをぶつけてきた。うむ、事実に基づいて呟いてみたが、少し悪い気分にさせてしまったようだ。


「いや、は普通に優しいお嬢様だと思ってるぞ?」

「内面はって何?内面はって...」


 眉毛をピクつかせながら、セレナは俺を睨みつける。かなりお怒りのようだ。


「あははは!姉ちゃんたち面白いな!いっそ夫婦になっちまえばいいのに」



「「それは嫌だ!!」」



 と俺たちは見事に息ピッタリに否定した。


「こんなデリカシーのない変態と一緒なんてまっぴらごめんよ」

「あのな...。俺だって、我がままで我が強い奴の尻に敷かれるのはごめんだよ」

「何よ!!」

「別に!」


 なんてしょうもない言い合いをしてしまう始末。それに対してソラは大笑いする。


「で、なんであんたは私が強いって分かったの?」


 と言い合いから話を逸らすように話題を変え、セレナが尋ねた。

 

「ん?あたしはただ姉ちゃんの中に眠る魔力を感知しただけだぜ」

「なるほどね。あんた、中々見る目あるじゃない」


 魔力を感知できるのは強者の部類に入る。しかし精霊は基本的に契約を結ぶ相手(主様マスター)を探して、本能的に己の存在意義を見出そうとする種族であるため、強者でなくとも魔力感知には優れているのだ。

 そんな種族であるソラが強者認定するくらいだから、セレナはかなりの実力者なのだろう。そう考えると、この豪邸に住んでる人は俺以外全員最強説が浮上してくるわけだが...。


「んじゃあ、さっさと契約を済ませちゃおうぜ!」


 髪を洗い終わって、ソラがちょこちょことこちらに歩み寄ってくる。


「あ、ちょっと...」


 背中を流してあげようとしてたのか、ボディソープを片手にセレナが再びシュン...とする。そしてすぐに俺を睨みつけてきた。切り替えが早いのなんの...。


「一緒に風呂ってのは、お互い身を清めた状態の方が契約しやすいからなんだ。んでもって、なるべく体を密着させるために裸体同士の方がいいんだけど...。まあ、タオル越しでもいっか」


 そう言ったソラは何の躊躇いも無く、流れるように正面から抱きついてきた。ゆっくりと息を吐いて、俺に体を預けてくる。

 ソラの体はとても軽くて温かい。大きなぬいぐるみをきゅっと抱きかかえるような感覚で、俺も彼女の背中に手を回す。

 徐々にソラの体温が全身に行き渡る。これは紛れもなく、彼女の内に秘めた魔力エネルギーが煌びやかな光となって、俺たちを包み込んでいるのだ。

 

「本当に、抱き合うだけ...でしょうねぇ」


 その様子をセレナはドキドキしながら眺めている。両手で顔を覆いながらも、チラチラとこちらに視線を向けているようだ。

 俺たちは目を瞑り、時の流れに身を任せ、二人の世界へと入り浸る。


「今からあたしが契約に必要なことを言ってくから、嫌じゃなかったら全部返事してくれ...」

「ああ」


 これも儀式に必要なことなのだろう。ソラは一語一句丁寧に俺の耳元で囁き始めた。


「我らは、常に対等な関係であり続けること」

「うん」

「我らは、常にお互いの事を思い遣り行動すること」

「うん」

「我らは、常に生死を共にすること」

「うん」

主様マスターは、常にあたしを可愛がること」

「う、うん?」


 最後のは、本当に必要なことか...?言われなくても普通に可愛がってやるが...。

 四つ目はないにしても、上記の三つは契約にあたり重要になってくる誓約だ。


 一つ目は、常に対等な関係であり続ける。

 形式上では、俺はソラの主様マスターとなるが、その立場を極端に行使して、彼女を無下に扱うことはできないという誓約。逆もまた然りだ。

 二つ目は、常にお互いを思い遣り行動する。

 これは普通の人間関係でも同じ、相手の立場に立って行動し、互いを尊重し合う誓約。

 三つ目は、常に生死を共にする。

 契約をしたら、お互いの中に眠る魔力同士が繋がり、生命エネルギーを分かち合うことになる。故に、両者は切っても切り離せない生命関係を保つこととなり、片方が生命の機能を失えば(死んでしまえば)もう片方の命も尽きてしまうという誓約(一部例外アリ)。


 以上の三つの誓約に基づき、契約は初めて完成される。

 いずれも人間と精霊の繋がりを強く結びつけるもの。どれか一つでも破られれば、両者の繋がりは断ち切られ、契約は破棄(無かったこと)になってしまう。

 あまり契約について詳しくはなかったが、ソラの魔力回路を共有したことで、それら全ての誓約(条件)が頭の中に流れ込んできた。

 これらをすんなり了承した俺に、ソラは今一度確認する。


「最後にもう一度聞くぞ。三つ目の誓約...生死を共にするっていうのは、相当なリスクが伴う。軽はずみに了承しろなんてあたしは言えない。基本的に、精霊は主様マスターより遥かに弱い存在。もしあたしが死ねば、あんたも...」

 

 この契約において最も重要なのはそこだろう。人間の私利私欲のために精霊使いがホイホイと誕生しないのは、この誓約が睨みをきかせているからだ。軽率に契約を結ぶことは絶対に出来ない。


「たしかに、これは俺たちにとって大きなリスクになり得るだろうな。魔法や能力が溢れるこの世界だから、当然誰かのために戦うことだってあるし、それによって犠牲になる可能性は十分にある。でも、俺にとって重要なのはそこじゃない。重要なのは〝お互いの気持ち〟だと思うんだ」

「お互いの、気持ち...」

「ああ。俺はそんなリスクを冒したって構わない...寧ろ気にならないくらい、ただソラと一緒にいたいだけなんだからさ」


 俺の言葉にソラは目を丸くして驚いた。


(その言葉、あたしには勿体ない...)


 目尻に溢れた涙が彼女の頬を伝う。

 完全に気にならない訳じゃない。でも純粋に運命的なこの繋がりが、かつての自分には無かったような気がして俺自身それを求めているのかもしれないな...。


「ありがとう...。何があっても、あたしが主様マスターを護る」

「そりゃ、こっちのセリフだ」

「えへへ...」


 ソラは幸せそうに、にっこりと笑った。家族や仲間という存在がいない彼女にとって、これが最初の繋がりなのだろう。

 こりゃ、主様マスターとして期待に応えなきゃいけないな。

 契約開始からどれくらい経っただろうか。たった数十秒の時間だったかもしれないが、かなりの時間を体感したような気がする。

 体には特に変化はない。共有した魔力の光が俺たちの中に吸収されて、それを確認したソラは俺から手を離した。

 

「へへっ、これで契約成立だ」

「終わりか?体にあんまり変化は無いように思えるが...」

「そうだな。必要な時が来たら、その都度契約の〝恩恵〟を教えるぜ」

「そうか」


 するとソラは勢いよく立ち上がり、無邪気な笑顔で言った。


「ふふ~ん。これからよろしくな、あたしの主様マスター!!」


 にっと笑う彼女に感化され、自然と俺も笑みを零す。

 主様マスターか。いい響きだな~。

 契約によって俺は様々な恩恵を得られたようだが、詳細は追々ソラが教えてくれるだろう。ふと奥の方を見やると、セレナが安心したようにホッと息をついていた。


「ん?なんでお前が安心してるんだ?」

「え!?い、いや...別に!」

「安心しろ、姉ちゃん。あたしが主様マスターに手出しすることはしないからさ」

「な、なんであたしが安心するのよ!訳分からないわ!」


 こうして俺は、精霊族エレメンタルであるソラと契約を結んだ。記憶を取り戻した時はどうなるかはまだ分からないが、俺はこの繋がりを一生大事にしようと思う。

 しかしこの時、俺たちはまだ知る由も無かった。





 この契約を結んだことによって得られた恩恵が、とんでもなく強大な力であったことを...。

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