第9話 新たな入居者
「お金は必ず返します。本日はありがとうございました!またいつでもいらしてください」
お腹一杯になるまで店主の料理をいただき、お礼を言って俺たちは料亭を後にした。買い出しはもう済ませてあるので、後はもう帰路につくだけだ。
「は~、食べた食べた~!ところでさ、メイ」
「ん?」
「その子、付いてきちゃってるけど大丈夫?」
満腹そうに話すリオンは、ずっと気になっていたことについて触れた。料理をいただいた時からだったが、俺の肩には
そういや、料理と話に夢中でこいつのことを紹介し忘れていたな。
「ああ、こいつはソラ。たしか、
「精霊なんだ~、珍しい!!」
「たしかに、狐は狐でも他とは姿かたちが全く違いますね」
「.....」
そう紹介したが、ソラは未だに無言を保ち続けている。何故かすました顔でそっぽを向いているので、俺はソラに耳打ちするように、
「なあ、喋っていいんだぞ。もしかして、人見知り?」
と話しかけると、ソラは毛づくろいをしながら言った。
「人見知りじゃないぞ。ただ、気に入った奴の前でしか喋らないだけだ」
「いや、思いっきり喋ってるぞ...」
「あっ!?」
結構うっかりものなんだな、ソラは...。
またしてもやってしまったと、ソラは項垂れた。ローズとリオンは一瞬驚きを見せたが、すぐに興味津々な眼差しでソラを見始める。
「声も可愛いじゃん!」
「すっかりメイ君に懐いてるようですが...」
ローズは、この後ソラをどうするのか?というような疑問を投げかけるように、こちらを見る。
ソラは野良の動物や普通の魔物とは違い、精霊だ。懐かれたからといって、無闇に飼いましょうとは言えない(飼うという言い方が合ってるのかは分からないが...)。
ソラにだって帰る場所があるはずだ。そう思い、俺は気になっていることを尋ねる。
「なあ、ソラ。まさか、このまま俺たちについてくる気か?」
「ん?何か問題でもあるのか?」
ソラはキョトンとした顔で聞き返す。
「いや、だって...お前にも帰る場所があるだろ?ほら、家族とか同じ種族の仲間の所にさ」
するとソラは急に俯いて、顔を曇らせた。
「あたしには帰る場所なんかない。生まれてからずっと一人で生きてきたんだ。人間の言葉は街中を歩いていたら勝手に覚えた。
そして、いつかあたしの声を、言葉を...一番最初に聞いた奴が、あたしの運命の相手だって思うようになった。なんでかは分からない。もしかしたら、本能的にそう思っていたのかもしれないな」
そしてソラは再度俺の目を真剣な表情で見つめ、続ける。
「さっきも言ったけど、あんたに助けられた時、もの凄く嬉しかった。たまたま通りかかっただけなのに、赤の他人どころかただのちっぽけな狐のあたしなんかを身を挺して助けようとした...その心をあたしは
「ソラ...」
「だから、もし良かったら...なんだが、あたしをあんたの傍に置いてほしい。駄目...か?」
運命の相手...そうソラは言った。それは俺も思っていたことだ。
あの時...ソラを助けようとした時、俺の体を動かした原動力はまさしく〝運命的〟なものであったと感じた。大げさなと言われればそれまでだが、あの瞬間...何かが俺たちを引き合わせたんだと思う。
まあ、ただ俺がお人好しなだけかもしれない。自分の事は分からないからそこは何とも言えないが...。
少しばかり瞳を潤ませて、ソラは俺の返答を待っている。
全く、そんな可愛い顔するのは反則だろ。
そんなことを思いながら、俺はローズの方へ向く。
「ローズ、誰にも迷惑をかけさせないって約束する。ソラを家に置いてやってくれないか?」
俺の言葉を理解した途端、ソラはパァァァと笑みを浮かべる。つぶらな瞳をこれでもかと輝かせて俺を見上げていた。
「そうですね...」
「我がままなのは分かってる。でも―――」
「駄目...と言っても連れて帰るでしょうね。それが、〝お人好し〟のメイ君ですから」
ローズはやれやれ...とこちらを振り返り言った。
「それじゃあ!」
「先ずは、お嬢様に相談ですよ。メイ君」
「ありがとう、ローズ!!」
俺もソラと同じように明るい笑顔を見せる。
「姉ちゃん、いい奴だな!」
「ね、姉ちゃん...ですか」
「良かったね、メイ」
「セレナが了承してくれればいいんだけど...」
ということで、一先ずソラは俺たちと一緒に豪邸へ帰ることになった。帰り道は俺もローズに教わりながら手綱を引く練習をして、帰路に就く。
・
・
・
「なるほどね。それで、この子をウチに置きたいと...」
夕刻、学園から帰宅したセレナを出迎えて、早速彼女に街での出来事とソラの件を説明した。セレナは特に嫌な顔をせずに話を聞いてくれた。
「喋ることの出来る精霊。そんな存在に懐かれるなんて、そうそうないことよ。ちゃんとお世話できるの?」
腕を組みながら、セレナはチラッとこちらを向く。俺は迷いなくすぐに頷いた。
「なあなあ、姉ちゃん。あたし、姉ちゃんとも一緒に暮らしたい...」
ソラはセレナの足元にすり寄って、瞳を潤ませてあざとく語り掛ける。小動物にそんな上目遣いでもされたら、誰でも落ちる...と思う。俺も落ちたし...。
「うっ...し、仕方ないわね!あんたにお世話を任せっきりにするのは心配だから、私も...少しはしてあげる!」
落ちたな...とこの場にいる三人と一匹は思った。そっぽを向いたかと思えば、チラッチラッとソラの方を細目で見ている。どうやらセレナもソラを気に入ってくれたようだ。
「なあなあ、あんたにもう一つお願いがあるんだけど...」
セレナに認められた瞬間に、ソラは元気よく俺に抱きついてきた。懐いたと思ったらすぐ離れていったので、セレナは分かりやすくシュン...とする。
やはりさっきのあざとさは演技だったか...。
「なんだ?ソラ」
「あたしと、〝精霊の契約〟を結んで欲しいんだ」
「契約??」
「そう。〝精霊使い〟っているだろ?別に、戦闘をする必要なんてない。ただ、あたしとの関わりをより深めるための儀式と考えていいぜ」
精霊使い...精霊に認められ、契約を結んだ人間は一般的にそう呼ばれている。
契約の恩恵は例えば、魔力の上昇や能力の増強、精霊に魔力の管理をしてもらったりなど、主に戦闘に関することだ。
そして契約はソラの言う通り、ただ両者の関係を深めるといった
「契約か...。まあソラがそういうならいいぞ」
「ほんとか!?よし!!」
「で、契約って何をすればいいんだ?」
すると二足で立ち上がったソラは腰に手を当てて、ドヤ顔で言った。
「なーに、簡単だ。あたしと
どう...きん??なんだ、そりゃ。
「ちょ!!?」
「な!?」
「は!!?」
俺以外の三人...セレナ、ローズ、リオンはソラの言ったことを理解したのか、それぞれの驚き方を見せた。
そんなに驚くことなのか?
聞いたことのない単語なので、率直に聞いてみる。
「なあ、同衾ってなんだ?」
「ん?知らないのか。そうだな...所謂セッ―――」
「「「だめぇぇぇぇぇ!!!!」」」
ソラが何かを言いかけた瞬間、セレナが大声でそれを阻止する。というか、同衾なる行為自体を止めようとしているような物凄い剣幕で喚いているように思えたが...。
「ど、どうしたセレナ!?」
「そ、そそそそそんなこと...私が許さないわ!!」
これ以上なく顔を真っ赤にして彼女は慌てふためく。
「なんだよ、姉ちゃん。ああ、姉ちゃんも一緒にしたいのか?あたしは別に三人でもいいぞ」
「な、なななな...そんなんじゃないわよ!!というか、大体あんたその体でどうやってするっていうのよ!!」
俺の理解が及ばない所で流れるように二人の会話は続く。ローズとリオンも何故か気まずそうな表情で言い合いを眺めている。
何か疚しいことでもあるのだろうか...。
「そうだな。たしかにこの体じゃ無理だ。だから...」
そう言って、目を閉じたソラの体が光り始める。その光は段々と大きくなっていき、次第に人型と化していった。
え...まさかソラ、人型に!?
全員が驚く中、まさに俺の予想通り、人間の姿になった...いや、化けたソラが目の前に現れた。
「おお~!」
「どうだ?中々可愛いだろ~?」
一言で言えば、銀髪ケモ耳幼女。
身長は低く150センチ程で、精霊時の毛並みは真っ白だが、髪色は少し色味がかった銀色をしている。それを腰まで伸ばし、頭部には狐の耳が可愛らしくちょこんと生えている。
丸みを帯びた顔つきで、瞳やまつ毛も綺麗な銀色。大きくパッチリ開いた目に、八重歯が見え隠れしている小さな口元。にっと笑顔を向ける無邪気さから、まだ幼い年頃なのだろう。
服装は、幼い子供が着るような白のブラウスに黒のミニスカートだ。当然スカートの中から、ふわっとした大きめの尻尾が出ている。
「いいな、可愛いじゃん!」
素直に褒めてあげ、頭を撫でてやる。下心無しに、子供というのは本当に可愛らしいものだ。
「ま、まさかその姿でする気なの!?」
「なあ、ソラ。さっき何を言いかけたんだ?」
「あんたは知らなくていいの!!」
せっかくソラと会話を試みようとしているのに、セレナに邪魔されてしまう。
「落ち着いてください、お嬢様。まともな感性を持った人ならば、先ずこんな幼女に手出しはしないはずです」
「そ、そうそう!誠実なメイなら大丈夫でしょ!」
ローズとリオンも契約を止めるような発言をする。
てかこの二人、こういう時(?)は意見が合っているのが何とも...。
三人の反応を見て、ソラは仕方なく別の案を唸りながら考える。
「仕方ないなぁ...。じゃあ、これはどうだ!一緒にお風呂に―――」
「それもだめぇぇぇぇぇ!!」
またしてもセレナが首をぶんぶんと振って否定する。
「いや、別に風呂くらいいいだろ」
純粋にそう思い、フォローする。
別に子供の体には興味ないからな。あくまでソラは人間に化けているだけだし、一緒に入るくらいしてもいいと思うが...。
「は!?あんた、まさかそういう性癖!?」
「いや、そういう訳じゃ...」
セレナはスカートの裾をキュッと握りしめ、何かを考え込んだ後、顔を真っ赤にしながらとんでもないことを言い放った。
「だったら...
わ、私も...一緒に入るわよ!!!」
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