第7話 グランダ街
「そういえば、今家を空けちゃって大丈夫なのか?いくら周りに人がいない場所でも、万が一泥棒とか入ったら...」
と気になっていたことを尋ねる。玄関のカギはかけてきたが、庭にも金目のものが多かったし、邸内に侵入されて何かを盗まれでもしたらマズイ。これといった防犯設備も無かったように思えたし...。
「それなら問題ありません。家には『エルル』さんがいますから」
「エルル??」
「エルルはうちの〝最後の砦〟だよ。引き籠ってるけど、いつもは敷地内に結界を張ってくれてるんだ~」
「結界か。凄いな...」
引き籠ってる子って、たしか以前メイドやってた三人のうちの一人だっけ。最後の砦とか言うくらいだし、滅茶苦茶強そうだな。
「まあ、エルルさんはメイドを始めて一日も経たずに辞めてしまいましたがね...」
とローズは呆れ顔で話す。
「そうなの!?」
「彼女の飽き性には参ってしまいましたが、せめて邸内の防衛だけはと、常に頼んでいます」
どうやらそのエルルって子がメイドを辞めた理由は、ただ単に飽き性なだけだったよう。とすると、メイドを辞めて出ていった他の二人の理由に、ローズが関わっているのだろうか...。
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豪邸を出発した馬車は森の中をひた走る。
俺たちの住む大陸プライムは比較的温暖な気候で、本日も天気は快晴。木々から差し込む日差し...これがまた幻想的で、この大陸が如何に自然豊かであるかを教えてくれているようだ。
「ふ~ん、なるほどね。じゃあ、メイはお嬢様と付き合ってるふりをして、一週間後のお見合いを破談させたいと...」
「ああ。それで、お見合いに来るっていう領主の治める街がどんな所かを見に行くんだ」
「ほうほう。まあ、領主にはあまりちょっかい出しちゃいけないっていうのが、この領内のルールだからね。奴らを囲ってる戦力も相当なものだよ」
「やっぱそうなのか...」
そんな会話をしていると、次第に俺たちの乗っている馬車の速度が落ちていき、やがて静かに止まった。
馬車が止まった??
ふと手綱を引くローズを見ると、顔を顰めて前方を凝視している。
「
彼女はそう独り言のように呟いた。そしてリオンも、
「嫌な感じがするね~」
とめんどくさそうに荷台から降りて、ローズと同じ方向を見つめる。
「何がいるんだ??」
二人の反応から嫌な気配を感じ取り、恐る恐る外に出た途端...
「グルルルル...」
何やら獣の唸り声が森の奥から聞こえてきた。そしてその唸りに呼応するように、あちこちから獰猛な息遣いが耳に届いてくる。
今は日中で、森の中と言えどそこまで暗がりではないが、周囲を見回すとどこからともなく赤い点のようなものがポツポツ...と出現し始めた。
魔物の群れ...か?
と俺はすぐに察した。
「
「ハァ、せっかくメイとゆっくりお喋りしたかったのに...」
二人はまるでこうなることを予期していたかのように、驚くことなく言った。
一方で唸り声は次第に大きさを増し、俺たちの前から無数の魔物が姿を現す。
「狼...??」
姿かたちは動物なんかでよく見るような狼だ。しかし奴らから溢れ出ているオーラは、普通ではない。ただの野生の狼の方がまだ可愛げがある。
目を赤く光らせて、涎をだらだらと垂らしながら、今にも俺たちを食い尽くさんばかりに近づいてくる。
「メイ君は、ユニを頼みます」
「え、じゃあお前らは...」
「大丈夫大丈夫!すぐ終わるから!」
と二人は狼の群れと対峙する。
大丈夫なのか...?明らかに普通の狼とは違うし、逃げた方が...。
そう思いながら、俺はユニを安心させるように頭を撫でる。
「「「ワオォォォォン!!!」」」
ひと際大きなリーダー格の狼が高く吠え上がった瞬間、周囲の狼共が一斉にこちらへ襲い掛かってきた。
「や、ヤバいんじゃないかこれ!!」
若干の恐怖を感じ、身構える。こっちに襲いかかってきたら殴る蹴るでもして...。
とそんなことを考えていたが、どうやらその必要は無かったようだ。
「
次の瞬間、向かってくる狼たちの前に炎の壁が生成された。壁と言っても、精々狼を通れなくする程度の小さなものだが、その炎を前にして狼たちは怯み始める。
そしてそれを生み出しているのが、ローズだ。片手を前に突き出して、体内に眠る魔力を放出している。
「ほっ、よっと!余裕余裕!」
更に、後ろからは狼の断末魔が聞こえてきたので様子を伺うと、リオンが巧みな身のこなしで狼を次々と斬りつけていた。流石、自称〝最強戦闘員〟なだけあって、背中に携えていた短めの刀を器用に振りかざしていく。
「
スパッ、スパッ!と殺さない程度に敵の急所を突く様は、本当に忍者を見ているように感じる。素早さもピカイチだ。
凄いな、マジで
「今日はやけに数が多いですね。これ以上こちらに近づくなら、容赦しませんよ」
炎に怯みつつも、攻め入る機会を伺っていた狼たちはローズの剣幕に恐れおののき、尻尾を巻いて逃げ帰った。
ローズの魔法も威力あるなぁ...。
などと感心してる間に、狼たちによる騒動は幕を閉じた。
「二人とも強いんだな。びっくりしたよ!」
俺は感激の眼差しで二人を称賛する。魔法の知識は多少覚えているが、自分が出会っていたかもしれない魔法使いや戦闘職の人たちの記憶は無くなっているため、初めての感覚でこういった戦闘を見ていた。
「ま、まあこれくらいはメイドとして当然です」
「ふふーん!メイに褒められちゃった~!」
「それにしても、この森に魔物が出るんだな...」
「はい。最近になってから、魔物の活動が活発になった気がするんです。巷では何か大きなことが起こる前兆...などと噂されているようですが」
「まあ出没してきても精々あの程度だし、問題ないない!」
ユニにも被害は及ばず、全員一安心したところで街に向けて再出発する。
森を抜けると、今度は広大な平原が視界に入ってきた。親切に街までの小道が石畳になっている。これなら絶対に迷わないだろう。
それから他愛ない会話をしているうちに、大きめの街が見えてきた。規模は王都には劣るものの、洋風の街並みが立ち並ぶ美しい景観が俺たちを出迎えた。
「ここが、大陸プライム最大の商業の街...〝グランダ街〟です」
「へぇ~」
領主の治める街なだけあって、活気に溢れている。物の流通が盛んで、大陸内で最大の貿易都市なのだそうだ。
既にお昼を過ぎているということで、早速昼食を買いに向かう。ジャンル様々なレストランが並んでいたが、馬車を外に置くのは危険(馬ごと盗まれる可能性があるため)なので今日は食べ歩きながら、同時に買い出しを済ませることになった。
中華の店でそれぞれ好きな肉まんを買い、順調に雑貨屋を回っていく。お店の人たちは皆んな気さくでフレンドリー。住んでいてこんなにも楽しくなりそうな街を作り上げるくらいだから、さぞ領主も人柄が良いのだろう。
そう思っていた。現在のこの街の現状を目に入れるまでは...。
「おい、譲渡金が無いとはどういうことだ!!」
一通り店を周り、街を観光し終えた俺たちの前からそんな叫び声が聞こえてきた。
「なんだ?」
どうやら繁華街の路地で、何やら騒動が起こっているようだ。
一軒の飲食店の前で、数人の人だかりができている。その店の店主と思われる男性を数人の兵士が取り囲んでいた。
店主は執拗にペコペコ頭を下げて謝っているが、兵士は怒鳴りつけるのを止めない。
「譲渡金を支払えないんだったら、こんな店すぐに売っちまえ!!」
「それだけはご勘弁を...」
「貴様、先月借金した分を忘れたとは言わせないぞ。領主様がお怒りなのだ。即刻支払ってもらう!!」
「で、ですが...」
とそんなやり取りが聞こえてくる。見ている限りでは借金をした店主が悪いような雰囲気が漂っているが、どうもそんな感じはしない。明らかに脅迫の域を超えている。
「メイ君。これが、この街の
ローズが店主を憐れむように見つめながら、口を開く。
「現状?」
「譲渡金とはこの街に住む者たちが月に一度、領主に貢がなければならない資金です。20歳以上が対象となり、その金額は聞いた話によれば金貨10枚だとか...」
「金貨10枚!?」
この世界の通貨は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の四種類で市場の取引が行われている(もっと上もあるにはあるが、基本的にはこの四種類)。金貨10枚は言い換えれば、宿で一か月は申し分なく暮らせるほどの大金だ。つまり一か月分の生活費相当のお金を、この街の人たちは毎月支払っているということになる。
「可哀そうだよね。でも、この街ではこれが当たり前なんだよ」
「そんな...」
領主は金持ちの癖して街の人にお金をせびってるって言うのか?いや、もしかしたら領主がお金持ちなのは
そんなことを考えていると、俺は騒動の渦中に入り込む、何やら小さな
そいつは怒鳴りつけている兵士の前に立ち塞がるようにして、ちょこんと地べたに座り込んだ。
「あれは...狐?でしょうか」
「うわぁ、可愛い!」
可愛いが正直それどころじゃない気が...。店主が飼ってる子だと思ったが、店主もなんだこいつ...という目で狐を見る。
「なんだこいつは...邪魔だな」
そう言って、兵士が狐(?)を摘まみだそうと手を伸ばした瞬間、
―――ぺっ!!!
え...!?
なんとその狐は、近づいてきた兵士の腕に思いっきり唾を吐きかけたのだ。そして狐は、にひっ!というような表情を浮かべ、兵士を馬鹿にするように手の甲でしっしっと払いのけるような素振りを見せる。まるで、あっちへいけ...とでも言ってるようであった。
「な!?こいつ...!!」
馬鹿にされた怒りで、兵士は胸元にしまい込んでいた銃を取り出した。もしかしなくても狐を撃ち殺すつもりだろう。
しかし銃を見せられても狐は微動だにせず、寧ろ優雅そうに毛づくろいを始める始末だ。
俺は衝動的に...いや、
―――アイツを、助けないと!!
そんな考えが頭を過ぎり、自然と俺は身体を動かしていた。
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