第6話 お嬢様の護衛忍者

 颯爽と現れ、自身を忍者と名乗った女の子は、慣れたようにぴょいと木の上から飛び降りた。かなりの身体能力の持ち主だ。

 

「え、忍者?」

「そ!ここら一帯じゃ、敵無しの最強戦闘員なのさ!」


 リオンと名乗った忍者は、可愛らしく敬礼すると同時にあざとくウィンクする。

 うむ、たしかに見た目で言えば忍者っぽいな。

 青みがかった髪をポニーテールに纏めて、耳の前に長めの髪をふわっとした形で残している髪型だ。まるで少年のようなキラキラした紺色の瞳に、若干の吊り目。妖艶な唇に、右頬には斜めに傷が入っている。

 フレンドリーな印象で、ボーイッシュな雰囲気を醸し出してるが、声はかなり高い。

 頭の周りには黒い長めの鉢巻きのようなものを巻いており、全体的に和装をしている。引き締まった紺色の着物にお腹には黒色の帯状のリボン。袖を捲り上げ、手には怪我を防止するような布を纏っている。

 着物のスカート丈は太もも辺りで、そこからスラッと細身の生足。下駄を履いていて、歩くたびにカランカラン...という音が心地よく聞こえてくる。

 年齢は若く同い年に見え、背丈はローズと同じくらいだろうか。ちなみに胸は標準サイズだ。


「ああ、君がローズの言ってたセレナの護衛の...」

「リオンだよ。これからよろしく~!」

「俺はメイ。よろしく」


 なんだ、全然良い子そうじゃん。ローズが目の敵にしてるから、どんなヤバイ人かと思っていたが問題は無さそうだ。


「それにしても、三日前はびっくりだったよ~。突然君が空高くから落っこちてきてさ~。しかもあんだけ怪我を負ってたのに、今じゃもうケロッとしてるんだから」

「あはは...。自分でもそのことはよく分からなくてな」

「ん?そうなの?」


 俺はリオンに、自分の記憶だけが無くなってしまったこと、昨日の出来事を簡単に話した。


「ふむふむ。つまり君は、自分自身の記憶が喪失していると...。

 私、昨日はここにいなくてね。目を覚ました君とは一番に会いたかったけど、どうやらお嬢様に先を越されちゃったようだね~」


 そう言って、リオンは悔しそうな表情を浮かべる。そして彼女は何やら考え事をした後、俺にある提案をしてきた。


「ねえねえ!今日さ、午後は用事ある?一緒に街へ出かけない?お嬢様の護衛でここに住んでいるとはいえ、護衛することなんてこれっぽっちも無くてさ。正直暇なんだよね~」


 いやそれ、居候とあまり変わらないんじゃ...。この子、普段は遊び惚けているんだろうか。

 お誘いはありがたいけど、今日の昼過ぎはローズと買い出しの予定だ。


「ん~、今日は午後からローズと買い出しに行くんだ。ごめん、また今度な」

「え~、メイドと一緒じゃつまんないでしょ。あの子、魔法は使えるけど私に比べたら全然強くないし。無表情だし、正直何考えてるか分からないでしょ?」


 リオンは頬を膨らませ、ローズのことをディスリ始める。どうやら、ローズが一方的に嫌ってるわけではなく、二人はお互いにあまり仲が良くないようだ。


「そうかなぁ。たしかにローズは無表情な時が多いけど、少なからず感情を表に出したりしてると思うけど」


 とフォローを入れておく。


「それは君だよ。見るからに誠実で優しそうだからね。それに、結構カッコいいし!」


 リオンはずいっと顔を近づけてくる。急にぐいぐい来るもんだから、少々顔を赤らめてしまう。

 そんな俺を見て、彼女は意地悪な笑みを浮かべて言った。


「あはは、顔真っ赤。可愛いね~」

「からかうのは止めてくれ」

「ごめんごめん。まあとにかく、ローズは君意外にはそんな愛想良くないってこと」

「う~ん、そうなのか...」


 と、仕事のことをすっかり忘れてそんな会話をしていると、




「随分と仲良く話しているようですね...」




 そんならしからぬ低音ボイスで背後から話しかけられ、俺たちはビクッと反応する。恐る恐る振り返ると、そこにはニコッと笑ってこちらを睨むローズの姿があった。

 顔は笑っているが、心が笑っていない。目から額に影のエフェクトがかかっているのが俺には見える。


「げ!?メイド...。い、いつからここに?」


 額に汗を滲ませて、リオンが怯えたように尋ねた。


「ふふ、そうですね。私と一緒じゃつまらない...とか。全然強くない...とか。そんなことを話していた時からでしょうかね」


 うふふ...なんてお上品に笑いながらも、ローズは一歩一歩とこちらに近づいてくる。この圧がマジで怖い...。


「言っておきますけど、私はあなたなんかよりも真面目で勤勉で完璧なメイドです。それに、勘違いしているようですが、私の魔法はあなたの訳の分からない〝妖術〟の何倍も優れていますよ」

「な!その言い方、私が真面目じゃないって言いたい訳?」


 なんか始まったな...。

 お互いに額を擦り付け、睨み合いが始まる。


「大体、あなたのような護衛はもう必要ありません。お嬢様はもう自身の身を守れる程にお強いですから。これを機に、ここを出て行ってもらった方がいいかと」

「ちょ、出て行けって...メイドが言うセリフじゃないでしょ!そんなんだから、前いたメイドにんだよ!」


 逃げられる...?

 そうリオンが言った途端、この場の空気が変わる。今まで相手を罵っていたローズが急に黙りこくって、極端に俯いた。

 そして数秒後、沈黙の後に彼女は顔を上げて一言呟く。




「それを、メイ君の前で言わないでください...」




 一瞬、ゾクッとするような空気感が俺を襲う。怒り...というよりも、もの凄く不愉快だとでも言うように、ローズの目はそれを物語っていた。


(ヤバッ、地雷踏んじゃった...)


 彼女にギロッと睨まれたリオンは体をのけ反らせ、冷や汗をかく。目線を逸らし、どうにかしてローズの怒りを鎮めようと頭を働かせているようだ。


「わ、悪かったよ。でも、事実だし...」


 リオンは両手の人差し指をツンツンと合わせながら、頬を膨らます。それを見て、ローズは脱力しきったように溜息をついた。


「ハァ、もういいです。は私も十分反省してますから...」


 ローズはいつもの無表情に戻ったものの、心なしか寂しいという感情を押し殺しているようにも思える。

 この豪邸には他に三人のメイドがいたって言ってたけど、その人たちが辞めた理由にローズが関わっているのだろうか...。


「それと...」


 次にローズは俺の方をじとーっと凝視し始める。


「メイ君。私はあなたにここの掃き掃除をお願いしていたんですが、全然進んでいないようですね」


 ぎくぅ!!?


「いやぁ、ええっと...リオンがいきなり現れて、話しこんじゃいまして...あはは」


 先ほどの一連の流れを見ているせいか、いきなり話しかけられ思わず敬語口調になってしまう。


「ちょ、メイ!私を巻き込まないでよ~!」

「いや、だって...お前が現れなきゃこんなことには」

「私のせいじゃないもん!ちゃんと仕事してないメイがいけないんだもん!」

「あのな...」


 そんなやり取りを見かねたローズは、リオンの首根っこを無造作に掴んで引きずるように邸内へと戻っていく。


「な、何すんの~!?」

「メイ君の仕事の邪魔なので、あなたは部屋にでも引き籠っていてください。誰にも迷惑をかけないように」

「い~や~だ~!!」


 そして、家の庭に俺は一人取り残される。

 二人とも、嵐のように過ぎ去っていったな...。

 ローズとリオン。一見、他愛ない喧嘩をしているだけに思えるが、二人の間には言葉に表せない亀裂のようなものがある。

 会話をしたくない程に嫌っているわけではないのに、二人とも表には出したくはない嫌悪感をお互いに抱いているような気がするのは、俺だけだろうか...。それにリオンが言ってた、前いたメイドに逃げられたというのも、気になるな。

 まあ、ここに住んで二日三日の俺が干渉すべきことではないんだろうけど。でもどうせなら、二人には仲良くなってもらいたい。どうにかして、そのきっかけを作ってあげられればいいが...。



        ・


        ・


        ・



 多少のいざこざはあったものの、なんとか午前中の業務は終了した。昼食は街で済ませるということで、俺たちは早速領主のいる街へと出発する。

 俺たちの住む豪邸は周囲を自然豊かな森に囲まれており、無駄に広い正面の庭を通り抜けると黒いゲート(玄関口)が見えてくる。そこには外へ出かけるための馬車が一台。これはセレナが雇っているものではなく、主に街へ買い出しに行くための移動手段として個人で買ったものだ。

 当然、馬車を引いてくれる馬も飼っており、この子のお世話は俺が請け負った。比較的小さいが、真っ白な毛並みで雌の馬...名前は『ユニ』だ。初日から俺に懐いてくれてるようで、凄く愛着が湧いている。


 個人で買った馬車なので、いつも買い出しの時はローズがユニを操作している。今日は荷台から彼女の様子を見ながら、操作方法を学んでいく。


「では行きましょう、ユニ」


 ローズは手綱をしっかり持って、ユニのお尻を優しく触って語り掛ける。ヒヒィィン!!という鳴き声と共に、ユニはゆっくりとした足取りで馬車を引き始めた。


「街はここから30分くらいの所にあります。帰りはメイ君にも手綱を握ってもらいます」

「うん」

「それはそうと...」


 するとローズは手綱を握りながらこちらを振り返り、


「なぜ、あなたが付いてきてるんですか?」


 なぜか俺の隣にベタッとくっつくように座るリオンに少し嫌そうな表情を見せて言った。


「あはは、いいじゃんいいじゃん。別に減るもんじゃないし」

「あなたが乗るとユニが大変でしょう。それに、その...くっつき過ぎじゃないですか?」

「いやだって~、私もメイのこと気になってるし。もっと一緒にお喋りしたいんだもん」


 そう言って、リオンは執拗に腕を組んでくる。当たるのだよ、そのふくらみが...。


「あまりメイ君を誑かさないでくださいね。彼は私の後輩ですから」

「別に、誑かさないもん。じゃあ私はメイの友達ね!」

「あはは...」


 なんて曖昧な返答をする。

 そんなこんなで俺たち三人は、領主の住むグランド街へと向かう...。

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