第5話 お仕事開始

 ローズは後ろで何やらぬめりけのある液体を手に乗せ、両手でスリスリしだす。

 聞いてた話では、背中を流すはずじゃ...。


「なあ、ローズ。その液体、どう見てもボディソープじゃないよな...」

「はい。肩から背中にかけてオイルマッサージをさせていただきます。オイルと言ってもこれは一種の〝回復薬〟。恐らく、メイ君の回復力だと明日までには全快するでしょう」

「へぇ、回復薬なのか」


 ローズはオイルを十分に手に染み込ませてから、ゆっくりと俺の両肩に触れる。彼女の手の温度が、肩から全身へと一気に伝わってきた。

 ふと鏡でローズを伺うと、華奢な手に力を入れて、一生懸命動かすのに集中している。まるで子供の様だ。

 そういえば、ローズって歳はいくつなのだろうか。見た目は若く、正直年下にも思えてくるような顔つきをしてるが...。


「もみもみ...」


 可愛らしくオノマトペを発しながら、ローズは肩の凝りをほぐしていく。これがかなり気持ちいい。


「肩もみ上手いな、ローズ」

「お嬢様に何度かしていましたから。その、気持ちいいですか?」

「ああ、気持ちいいよ」

「そうですか」


 次にローズは肩もみを続けながら、今度は俺の上半身全域をまじまじと観察し始めた。


「...メイ君。看病してた時も思ったんですが、体つきがいいというか、しっかりしてますよね。凄く、男らしいです」

「そ、そうか...」


 面と向かってそんなことを言われると、普通にドキドキしてしまう。気がつけば、怪我をしていた箇所の痛みはもうなくなりつつあった。

 疑っていたわけではなかったが、しっかりとした回復薬のようだ。ローズの慣れた手つきのおかげでもあるだろう。


「触れてみた感じ、普通の肉体のように思えますが、やはり回復力共にメイ君は不思議な体内構造を持っているようですね。もしくはそうでなくとも、に体を硬化させる能力を持っているとか...」

「うーん、それも自分の事だから分からないな」

「もしかしたらメイ君、戦闘に関しては右に出る者がいなかったりして...」

「いや~、体は頑丈かもしれないけど、そういう経験すらも頭の中から消え去ったからな...。前はどうであれ、今はか弱い存在なのには変わりないよ」

「.....」


 その後、ローズに上半身の凝りをほぐされ、更に背中を流してもらった。丸三日眠っていたからか、逆に疲れが溜まっていたのだが、彼女のおかげで全身が身軽になった気分だ。

 そして、俺たちは二人並んで広い温泉に浸かる。最高の湯加減で、全身が蕩けそうになる程、気持ちが良いものだった。


「そういえば、お嬢様から聞きましたよ。メイ君、お嬢様とお付き合いをすることにしたとか」

「ふりだぞ、ふり」

「強制的なお見合いには私も同意しかねますが、断れば向こうは何をしてくるか分からないですから...」

「その領主ってのは、そんなに権力を持ってるのか?」

「はい。金がものを言うとは、まさに彼らのことを指します。その財力で戦力を雇い、街を支配する。お嬢様の通っている学校も、その領主の援助を受けているんです」

「へぇ~、そんなに金持ちなのか...。逆らえば、金で雇った武力で叩き潰されると」

「はい」


 うーむ...。権力や財力にあまりにも差があるなら、お見合いを破談させようとしても、無理やりにでも婚約を迫ってきそうだけどな...。

 と少し考えている様子の俺を見て、


「気になるのであれば、明日領主の住む街へ行ってみましょうか。ちょうど食材の買い出しにも行かなければいけなかったので」


 そうローズは提案してきた。


「え...でも、他にもやることあるんじゃないか?ただでさえ、俺の服も編んでもらってるのに...」

「それなら大丈夫です。もう上半身の衣服は完成しましたから」

「早っ!!!?」


 ふふん!と胸を張り、ローズは静かにドヤァという顔を見せる。ほんと、この人には天然以外の欠点が見つからないな。


「明日はお昼過ぎに行きましょう。当然、午前中はしっかり働いてもらいます。メイドの朝は早いですよ」

「ああ。明日から頑張るよ!」


 その後は特に何の会話も無く、お互い時間差でお風呂を出た。

 メイドの仕事は大変だろうけど、何故かそのことに楽しみだと感じている自分がいる。

 そりゃ、そうだ。こんな贅沢できる場所で、怪我した俺をこんなにも労わってくれる心温かい人たちと一緒に仕事が出来るんだ。幸せだと思わない方がおかしい。

 明日から早起きになるから、風呂から出てすぐにベッドに入った。自分のことは全く分からないけど、これだけは言える。

 



 ―――ここまで幸せな気分を味わったのは、恐らく初めてだ...。



         ・


         ・


         ・



 翌日の早朝。ローズが用意してくれた目覚まし時計で、なんとか起きられた俺は早速仕事に取り掛かった。仕事の制服が仕上がるまでは、白のポロシャツと黒のズボンを身に纏う。

 朝は朝食の用意をするのだが、最初はローズのサポートから。野菜を切ったり、火加減を調整したりなどの簡単なものだ。

 ローズは、料理には絶対に魔法は使わない。一から手作業で作っているからこそ、彼女の料理には〝温かさ〟が詰まっているんだろう。

 

「あ、メイ君。そろそろ、お嬢様を起こしてきてもらってもいいですか?今日も学校がありますから」

「了解」


 と一つ返事で了承したものの、どうやって起こそうかと悩みながらセレナの部屋に向かっている。一応、セレナの部屋にも目覚ましがあるようだが、彼女は目覚ましが鳴ってようが絶対に起きないらしい。

 そんなセレナに扉越しで語り掛けても、ピクリとも反応しないのは目に見えているが、初めてだしとりあえずは慎重に起こそう。

 コンコン...と部屋の扉をノックして、挨拶をしてみる。


「セレナ!朝だぞ~、遅刻するぞ~!!」


 


 シーン.....。




 まあ分かっていたさ、返事がないことくらい。

 ということで、仕方ないから部屋にお邪魔することにした。


「入るよ~」


 昨日もセレナの部屋には入ってるので、そこまで抵抗はない。変な解釈されても嫌だから、普通に扉を開けて中に入る。

 薄暗い部屋は真夜中のように静かで、奥のベッドからスゥ~スゥ~と小さな寝息が聞こえてくるだけ。やはりまだ眠っているようだ。

 目覚ましは鳴ったのだろうが、無意識にセレナが止めたのだろう。

 

「セレナ、起きろ~!」


 そう言って、掛け布団をバッと捲る。

 彼女は猫のように丸くなって、スヤスヤと涎を垂らしながら熟睡していた。ピンク色の可愛らしい猫のぬいぐるみを抱いている。


「ん~、今日は休む~、むにゃむにゃ...」


 なんて寝言を言っている。


「起きろって」


 体を激しく揺らしたり、頬を軽く抓ったりしても一向に起きない。

 まさか、ここまで朝が弱いとは...。


「ハァ、仕方ない。最終手段だ」


 俺は溜息を尽きながら、セレナの背中と膝裏に手を回して一気に持ち上げる。まあ、お姫様抱っこ状態だが...。

 すると抱きかかえると同時に、セレナは甘えるように俺の首に手を回してくる。1割程起きているのだろうか。

 もしかして、いつも通りローズが起こしに来たとでも思ってるんじゃ...。あの子も毎朝苦労してるなぁ。

 そんな状態で階段を下りていると、ようやくセレナが目を覚ます。寝惚け眼で俺を見上げると、




「「「え、うぇぇぇぇ!!!!??」」」


 


 と何語なのか分からない奇声を上げながら、俺の手の中で暴れ出す。寝起きも相まって、かなり混乱しているようだ。


「な、なんであんたが!!?」

「ちょ、暴れるなよ!階段から転げ落ちるだろ!」


 何が起こっているのか理解できないといって、目をグルグル回すセレナを宥め、何とか階段の踊り場で彼女を下した。


「お、起こしに来たわけ?」

「ああ。ローズが朝食の支度で忙しいから、頼まれたんだ」

「ふ、ふぅん。べ、別に...自分で起きれたし!」

「いや、目覚まし無意識で止めてただろ!」

「うっ...とにかく、明日からもっとちゃんとした起こし方してよね!こっちの身が持たないわ」


 そう言ってプンプン!と怒りながら、セレナはそそくさと階段を下りていった。

 これからも起こしに行っていいんだな...。て言っても、どうすればあんな状態から目を覚ますのやら...。

 そんなことを考えながら、俺は再びローズの手伝いに向かった。






「そ、それじゃあ...行ってくるわね」

「うん。行ってらっしゃい」


 学校に行くセレナのお見送りも、メイドの仕事だ。可愛らしくおめかしした彼女は、起きてからずっと顔を赤くしている。

 体調でも悪いのかと聞いたが、


「うるさい!」


 と目線を逸らされ、全く取り合ってくれなかった。


 セレナの通う〝メルク魔法学園〟は基本的に全寮制の学校だが、学園の理事長とセレナは古くからの知り合いのようで、特別に自宅からの登校を許可しているのだそう。まあそれは表向きの理由で、本当はセレナの我がままらしいのだが...。

 セレナは、学校までは学園が用意してくれた馬車で通っている。これも彼女の財力あってのものなのだろう。

 

 セレナを見送った後は、日中の仕事に取り掛かる。今日の俺の仕事は庭の掃き掃除だ。

 一通りやり方を教わり、早速庭木の下を丁寧に箒で掃いていく。これも一週間後に控えてる、お見合いのためだという。

 強制的なお見合いとはいえ、領主をお客さんとして出迎えるため、隅々まできっちりと掃除をしなくてはならない。

 てかこの豪邸、噴水とプールも付いてるのかよ。ここにいたら一生飽きないだろうな...。

 と外回りを探索しながら掃除を進めていると、


「ほうほう...君が噂の記憶喪失の少年か~!」


 不意に背後から声がして、何事かと振り返る。するとそこには、気の枝に両足を引っかけてぶら下がっている女の子が腕組をしながらこちらを見つめていた。


「え...!?」


 いきなり現れた少女に驚く俺を見て、彼女はニヤッと笑う。


「初めまして!私は『リオン』。セレナお嬢様を護衛してる、だよ!」

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