第4話 現在地

「お付き合いしてるふり!?」


 セレナの口から突拍子もないことを告げられ、目を丸くして驚いた。


「そ、そうよ」


 そして、セレナはどういう訳でそう提案したのかを説明した。


「一週間後、この家に領主の息子が来るのよ。理由は〝お見合い〟。なんでもその領主が、私を勝手に自分の息子の許嫁にして、婚約を図ろうとしてるの。でも、私からしたら勝手に決められたことだし、全然乗り気じゃないわけ。だから、私があんたと付き合ってることにすれば、そのお見合いは自然とお断りできるでしょ?」


 なるほどな。でもその領主、セレナを選ぶなんてよっぽど息子を尻に敷かせたいのだろうか。本人には絶対言えないけど...。

 顔を顰め、セレナは心底嫌そうな表情を見せる。


「言いたいことは分かったけど、嫌なら断れないのか?そのお見合い...」

「そりゃ、断れるならとっくに断ってるわよ。でも、領主はここらの土地全てを支配下に置く人よ。私なんかとは、比べ物にならないくらいの財力と権力を持ってる。逆らえば、この土地に住むことも許されなくなってしまうわ」

「ふぅん、そんなもんか。恋人がいれば、断る理由には十分と...」

「そういうこと。だから、あんたには当日までに、私に見合う格好と振る舞いをローズから教わってもらうわ。今のあんたは見た目も仕草も貧相で、何一つ私に勝っている部分が無いのだから」


 ....最後の一言は余計だな。まあたしかに、何でもするって言ったのは俺だし、それくらいなら全然問題ない。

 

「分かったよ。一週間もあるなら間に合いそうだな。それまでに何とかする」

「頼んだわよ」


 胸の前に拳を作り、セレナは最後にそう言って、部屋を出ていった。

 う~ん、この土地の領主ね~。そういや俺、ここの地名とか周辺に何があるのかとか全然分かんないんだったな。


「よし。ディナーの後、色々調べてみるか!」



        ・


        ・


        ・



 ということで最高の夕食を堪能した後、俺は書斎に立ち寄り、ここの土地に関する情報を収集しようと本を読み漁ることにした。もちろん、許可は取ってある。


「ええっと...地理に関する本はっと」


 流石は大豪邸の書斎。あらゆる分野、ジャンルの本が多様に置かれている。

 幼児に読み聞かせるような絵本から、誰が読むんだよとか思ってしまう分厚い辞書のようなマニアックな歴史書まで幅広く揃っている。ここにいれば一生分の知識は蓄えられそうだ。

 欠点なのが、無数に本があり過ぎて、どれを手に取って読めばいいかが見当もつかないことである。

 まあ、片っ端から読み進めていくか。

 そう思って、近くの本を手に取ろうとすると...


「あんたが探してるのって、これかしら?」


 隣からそんな声が聞こえ、振り向くといつの間にかセレナが横に立っていた。彼女は一冊の本を棚から抜き取り、俺に手渡してくる。

 セレナはお風呂上がりのようで、桃色のモコモコとした長袖と短パンの寝巻を身に纏って、髪を下していた。


「これは...」

「一応、地名が載ってる地図のようなものかしら。そうね、うちの周辺だと...このページね」


 セレナは、その場でペラペラ...と慣れたようにページを捲って、とある見開きの一ページをこちらに向けた。世界地図の一部を拡大してあるものが載っている。


「今、私たちの住んでいる大陸は世界の端っこ...東側にある〝プライム〟よ」


 セレナは地図に指を置きながら、分かりやすく説明してくれる。

 この世界はいくつかの大陸に分かれているのだが、俺たちがいるのは世界の東端に位置する大陸、プライムだ。そのプライムの中でも、国や領地がまばらに存在する。

 プライムの中心部には大きめの王都があり、セレナの通っている学校はそこにあるそうだ。そしてこの豪邸は、プライムの東にあるグランダ領内に。

 そのグランダ領を支配する者こそが、一週間後にお見合いに来る領主らしい。


「なるほどな...。今俺がいる場所は、世界の辺境なのか」

「そうよ。世界には10の大陸があるわ。プライムはその中でも最も小さな大陸で、最東端に位置するの」

「まあ、世界の地理に関しては何となく覚えてるよ」

「そう。それにしても、変よね。頭を打って、記憶喪失になるのは分かるけど、自分自身の記憶だけが無くなるなんて、変な偶然よね...」

「そこなんだよな...。もどかしいっていうかさ。正直、複雑な思いだよ」


 俯いて話す俺の横顔を見た後、セレナはすぐに目線を逸らして小声で言った。


「記憶を取り戻す手伝いくらいなら、してあげてもいいわよ...」

「え...ほんとに!?」


 半ば嬉しそうに聞き返すと、セレナは俺の額に向けて人差し指を突き出した。そして強気な口調で言い放つ。


「勘違いしないで!これは、あんたに貸しを作るためだからね!」

「お、おう...」


 読んでいた本を棚に戻し、セレナがこちらを向きながら書斎の扉に向かう。


「それじゃ、今日はもう寝るわ...ね!??」


 その時、前を見てなかったせいか、彼女の足が偶然そこにあった足台(手の届かない場所に置いてある本を取るための台)に引っかかり、バランスを崩してしまう。


「危ない!!」


 後ろに倒れそうになる彼女を支えなければと、俺の体は考えるよりも前に動く。


「キャ!!」


 ドサッ!という音と共に俺たちは一緒になって倒れ込んだ。勢い余って俺も転倒したものの、なんとかセレナの全身を包み込むように抱きかかえた、

 ふぅ...危なかった。間一髪だな。

 しかし上手く助けられてホッとしたのも、束の間であった...。


「あ、ありがとう...って!!」

「ん?どうした?」


 お礼を言おうとしたセレナは、何故か頬を赤らめながら怒りを抑えている様子だ。

 まさかどこか痛めたのか!?

 純粋にそう思い、俺は彼女を抱えたまま体を起こすと、自分の両手が良からぬ部位を鷲掴みにしていたことに気づいてしまう。抱きかかえたときの感触的に、お腹辺りを支えているものとばかり思っていた。

 の女性ならば、すぐにその手を放しただろう。しかしセレナの体はお子様だ。そのことがもたらす最悪の結果が...


「い、い...




 いつまで揉んでんのよ!!!!!」」」




「うわぁ!ご、ごめん!!!」


 謝って即座に手を放すも、時すでに遅しだ。


「やっぱり、あんたは変態よ!!」

「ま、待ってくれ!!掴んだ場所が胸だったなんてんだよ!」


 必死に弁明しようとしたばかりか、おそらく俺は彼女の地雷を踏んでしまった。彼女の額にピキッと怒りマークが現れた瞬間に、それを察してしまう。

 

「それ、どういう意味かしら...?」

 

 普通では絶対見えないであろう、彼女の怒りのエフェクトが俺には見える。立ち上がり、セレナは般若の形相でこちらを冷淡な瞳で見下す。


「あ、いや...その、今のは言葉の綾というか...」


 うん、絶対に違うな。失言してしまったからには制裁を受けるべきだろう。

 不可抗力だがしょうがない。大人しく受けよう...彼女のビンタを。



「「どうせ私は、胸が無いわよ!!!」」


 

 ―――パァァン!!!!



         ・


         ・


         ・



「イテテ...」


 痛む頬を抑えて、俺は浴場へと向かう。

 朝ぶん殴られた時もそうだったが、セレナは力が超強い。怒ったときの彼女は、もう手が付けられないだろう。正直、包帯巻いてる箇所よりも痛む...。

 でも、朝よりかはだいぶ体が楽になった気がする。やはり俺の回復力は並みではないのだろうか。

 そんなことを考えながら、久しぶりであろうシャワーを浴びる。

 ここに住んでるのは、俺以外全員女の子。故に、浴場は男女分かれてるわけではない。

 今度は誰も入ってないことをちゃんと確認してから、中に入った。一応、下半身にタオルを巻いている。


「ハァ...気持ちいいな~」


 温かいお湯を頭から被る。気持ち良さに包まれながら、体の疲れが一気に取れていく。

 俺がこんなに贅沢していいんだろうか...。そんな思いは未だ心に残ってはいるが、明日から本格的にメイドの仕事が始まるわけだし、お釣りが出るくらい働いてやろうと思う。

 そんなことを考えていた矢先、

 

 

 ―――ガラガラ...。



 シャワーを止めて体を洗おうとしたら、浴場の扉が開く音が耳に届いてきた。

 え、ちょ!誰だ!?

 流石に朝のようなトラブルは御免だと、顔を背けながら中に入ってきた人に忠告する。


「ご、ごめん!体流したらすぐ出るから、ちょっと待っててくれ!」




 ・・・・・・・・・・・。




 返事がない。

 誰か入ってきたのは間違いないだろう。その証拠に足音がこちらに近づいてくる。

 聞こえなかったのか?いや、だとしても俺のことは見えてるよな...。

 体を流すシャワーは温泉のようにいくつか設置されていて、壁際に一列に並んでいる。俺は一番端のシャワーを使っていたのだが、何故かその隣のシャワーから水が出る音が聞こえてきた。

 どういうことだ??まさか、男...とか?

 そう思い、顔を上げて隣を見ると...


「ふぅ...」


 などと声を漏らしながら、近衛メイドが俺の隣で堂々とシャワーを浴びていた。




「「「いや、何か言えよ!!!!」」」




 当の本人...ローズはシャワーを止めてこちらへ振り向くや否や、首を傾げる。なぜ今俺がそんなツッコミを入れたのか、まるで分かっていない様子だ。

 やはり読めない...この子の事が。


「ああ。いたんですね、メイ君」

「あんたの耳と目は節穴かよ!!」

「....??」


 天然っていっても限度があるだろ...。

 今更だが、ローズは全身にタオルを巻いている。そこだけは何故かしっかりしている。

 てかこの子、タオルを巻いてるとはいえ、異性の隣でよくもまあ堂々と体を洗えるものだ。こっちからしたら目のやり場に困るどころではない。

 どこがとは言わんが、セレナに比べたら全然大きいし...。


「あの、メイ君...」

「ん?」

「背中、流してあげましょうか?」

「え、い、いやいいよ!さすがにそれは...」

「遠慮は無用ですよ。明日からのお仕事に備えて、全身のコリをほぐしてあげます」


 ふんす!となぜか張り切って、ローズは俺の後ろへ回り込む。

 マジでやるのか...。


「さあ、メイ君。私の最強マッサージを受けてください」

「や、優しく頼むな...」

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