第3話 メイドのお仕事
ローズは手招きをして、俺についてくるように促した。指示されるがままに、俺は彼女の後に続く。
「メイドの仕事??」
「はい。現状、帰る当てを思い出せないのならここに住むしかないですから。その代わりに、私のお手伝いをしてもらえればと...」
「いや、でも...いいのか?ここまで世話になってるのに、更に住まわせてもらうなんて。なんか烏滸がましいというかなんというか...。それに、素性も分からない男だぞ?」
「問題ないです。お嬢様も、嫌とは言いませんよ。それに...」
「....??」
ローズは足を止めて、再度俺の顔をまじまじと見つめる。
「メイ君の発言に、嘘は無かったですから。素性を知るのには、それで十分です」
「.....」
ローズは表情こそ変えないものの、自信を持って俺の発言に嘘偽りがないことを断言した。
そりゃ、100%嘘は言ってないけど...。もしかしてこの子、言葉からその人の意図を汲み取れる能力を持ってるとか...?...考え過ぎか。
「う~ん...でも、あのお嬢様が住むことを認めてくれるとは思わないけどな」
「そうですか。ふむ、ちなみにメイ君はお嬢様にどのような印象を持ってますか?」
「え、そうだな...。我が強くて、意地っ張りで、短気で...まあ、大半は俺が悪かったんだけども」
そう正直に答えると、ローズは口元に手をもっていき、クスクス...とお淑やかに笑った。
「ふふっ...たしかに、お嬢様は時々素直になれない所があります。そこだけは、手を焼いているのですが...。
でも、根はすごく優しいんです。メイ君をここに運んできたとき、お嬢様は物凄く心配していましたよ。自分に何ができるか、ずっと私に聞いていましたし。それに不可抗力とはいえ、自分の恥ずかしい所を見られたのにも関わらず、メイ君を外に追い返すわけでもなく、わざわざ自室に招き入れた。やり方は手荒かったかもしれませんけど、お嬢様なりに気まずさを感じないように振舞っていたのではないでしょうか」
「...!!?」
ローズの言葉に俺はハッとした。
言動はたしかに荒かった。でも、普通は異性に裸を見られれば、俺のような素性の知れない男など、すぐに外に放り出されるだろう。
優しさでいえば、最高のお嬢様じゃん。あの子が帰ってきたら、ちゃんと謝ろう。
「ふふっ、ありがとうローズ。セレナにはもう一度、しっかり謝っておくよ」
「はい。それが良いと思います」
と言い交わし、俺たちはクスクスと笑いあった。
・
・
・
「それでは、寸法を測りますね」
「うん」
この大豪邸は、お嬢様であるセレナの名義で建っている。
そのためこの邸内では、彼女が絶対。家政婦として誰を雇うか、全ては彼女の独断で決まるそうだ。
ローズが言うには、俺は既にセレナに認められているとのこと。だから、今からでもメイドの仕事を務めても問題ないらしい。
メイドといっても、服は男用。所謂執事が着るようなスーツを、ローズがわざわざ拵えてくれるそうだ。本当、彼女には頭が上がらない。
素早い手際の良さで、採寸されていく。
「終わりましたよ。そうですね...明日の夜までには仕上がりますので、それまでは予備の洋服を着てもらってもいいですか?」
「明日!?無理しなくていいよ。俺なんかのために、時間を割くなんて...」
「大丈夫ですよ。これくらい余裕です」
「そ、そうか。何から何まで悪いな...」
そんな会話をしていると、衣装部屋にかなり大きな腹の音が鳴り響いた。まあ、俺なんだが...。
そういや、三日も目覚めなかったんだよな。そりゃ腹減るわ...。今こんなに動けるのが不思議なくらいだ。
「あ、朝食がまだでしたね。すぐ用意します」
ということで、一階のリビングルームに移動し、朝食を堪能することにした。
「うわぁ!!うまそ~!!」
暖炉の温かさが包み込むリビングルーム。縦長の机の上に、丁寧に敷かれたランチョンマットと綺麗に飾られた生け花。
蝋燭も立てられており、高級感漂う薄暗い空間で食事を楽しむようだ。
席に着き、さっそく目の前の洋食に釘付けになる。
今日の朝食のメニューは、バターが付いたパンとコーンスープ、少量の野菜が添えられたスクランブルエッグ、甘い香りを放つココアだ。三日ぶり(?)の食事で、涎が後から後から湧いてくる。
「冷めないうちにどうぞ。おかわりもあるので、言ってもらえれば持っていきますね」
「ええっと、それじゃあ...いただきます!!」
先ずはスープをすくって口に持っていく。
「「「.....!!??」」」
うっま~~~!!!
流石はお金持ちの食事。久しぶりに口にするのも相まって、頬っぺたが落ちるほどの感動を味わう。
「口に合いましたか?」
「ああ、めちゃくちゃ美味いぞこれ!!ローズが作ったのか?」
「は、はい」
「何というか、凄く
「まあ、スープですから」
「いや、そうじゃなくて。気持ちがこもっていること...一生懸命に、丁寧に作ってるのが伝わってくる温かさを感じたんだ」
俺は感じたままを伝えて、どんどんと腹を満たしていく。凄く幸せな時間だ。
「そ、そうですか...」
ローズは不意を突かれたような反応を見せ、頬を赤らめて下を向く。
(そんな風に言われたの、初めて...)
そう思い、彼女はスカートの裾をキュッと握りしめた。
「そういや、メイドさんはローズ以外にいるのか?」
俺は気になっていたことを尋ねる。
起きた時もそうだったが、邸内に人の気配が全くしない。これだけ広いから、もっとメイドさんがいるもんだと思ったのだが...。
「あ、はい...。メイドは私だけなんです」
「え、そうなの!?一人じゃ大変だろ?」
「少し前にはいたんですよ。私の他に三人ほど。皆さん、それぞれの事情を抱えて、メイドを辞めてしまいました。その内の二人は家を出て行ってしまって、もう一人は...おそらく三階の角にある客室で引き籠っているでしょう...」
ローズは俯き、少し寂しそうな表情をする。
てか、引き籠りってほぼ居候じゃん...。ニートだな。
「そっか。なら、尚更俺がローズの負担を減らせるように、頑張らないとな!」
「はい、頼りにしてますよ。たくさん、こき使わせていただきますね」
今度は少し意地悪な笑みを浮かべて、彼女は言った。
「あはは...。ええと、他には邸内に誰か住んでるのか?」
「そうですね。一応、セレナお嬢様の護衛と称して、住み着いている者が一人いますが...。まあ、
「お、おう...」
どうやらこの豪邸内には、現在俺を含め、5人が暮らしているらしい。かなり広い豪邸だから、5人じゃ相当スペースが有り余るだろう。
俺としては今日から正式にお世話になるわけだし、まだ顔を合わせていない二人にも挨拶しておきたいところだが、ニートはともかく、護衛の人がローズはあまり好きではないらしい。何やら因縁があるようだが、そこはあまり触れない方がよさそうだ。
朝食の後は、一通りメイドの仕事を見学させてもらった。
1日の主なルーティーン...
先ず、朝は6時に起床。身支度(着替えと洗顔など)を済ませたら、朝食の用意と前日に着ていた衣服の洗濯。7時になったらお嬢様を起こしにいき、着替えを促す。朝食を済ませた後、学校がある日はお嬢様のお見送り。
日中は、各フロアの清掃と外回りの手入れ(花の水やりや花壇の清掃など)、洗濯物干し、買い出しをお嬢様が帰宅する前に済ませる。
お嬢様の帰宅後はお出迎え、夕食の準備に取り掛かる。下準備が終わったら、乾いた洗濯物を畳んで収納。お風呂を沸かしている間に、夕食を用意する。ディナーの後は、食器を洗ってお風呂が沸いたかを確認し、お嬢様を一番に入浴させる。
自分たちも入浴後、翌日の朝食の下準備。寝床の手入れをして、お嬢様を寝かしつける。その後、就寝。
という流れである。正直ハードだ。
「凄いな...。この量を1日で、しかも一人でやるなんて...」
「慣れですよ。ある程度は、
魔法は元々生物の体内に存在する魔力を放出して、エネルギーを生み出すことで使用する。掃除や洗濯は機械ではなく、ローズは魔法で素早くこなして時間を短縮しているようだ。
「魔法か...俺も使えるかな」
「まあ、先ずは簡単なものからやってみましょう。今のメイ君は怪我をしているので、やれることは限られますから。明日から少しずつ頑張りましょう」
「ああ。住まわせてもらってる分、しっかり働かないとな!」
そして夕刻。ローズの仕事を見学させてもらった後、俺は自室のベッドに座り、唸っていた。
うーん、やっぱりどんだけ思考を張り巡らせても思い出せない...。
自分の名前、出身地、家族、友達、大切なもの、趣味...本当に何もかもが思い出せない。その中の一つや二つのみが欠損しているなら、悲しくもなるだろう。
だが、俺自身の記憶が全て無くなっているとなると、それらが本当にあったのかすらも不確実だからか、あまり悲しいという気持ちが湧かない。
「記憶を取り戻すって言ってもなぁ。どうすればいいのか分からないし...」
そんな時、自室の扉をコンコンと誰かがノックする音が聞こえた。
「ん?ローズか?」
そう呟いて、俺は扉を開ける。しかしそこには、
「ちょ、ちょっといいかしら...」
学校から帰ってきたセレナが、何やらもじもじしながら立っていた。少し驚いたが、朝の件もあり、今度はしっかり謝ろうと俺は頭を下げる。
「ええっと、朝はごめん!」
「え、何よいきなり...」
「いや、その...ちゃんと謝ってなかったなって。それと、今日からここに―――」
「ああ、ローズから聞いたわ。メイドとして働くんですってね。
朝の件は、もう怒ってないわ。ローズも、あんたが潔白だって言ってたし...」
「そうか...」
取り敢えず、セレナから許しを貰えたのでホッと胸を撫で下ろす。きっと、ローズがちゃんと説明してくれたのだろう。
「そ、それで...朝言ってたわよね。な、何でも言うこと聞くって」
「ああ、そうだな。何か、決まったのか?」
「え、ええ...その」
セレナは何か言い出しづらいのか、顔を赤くする。そして決心したように、彼女は思いもよらないお願いを言ってきた。
「私と...お、お付き合いしてる
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