第2話 ツンデレお嬢様と不思議メイド
「それじゃ、言い訳を聞いてあげるわ。変態...」
気絶から二度目の復帰。目を覚ますと、今度は椅子に座ったまま縛られていた。
当の女の子は、足を組んでベッドに腰掛けている。おそらくここは、彼女の自室だろう。どうりで甘い香りが漂っているわけだ。
「言い訳って言ってもな。俺は自分の事が何一つ分からないんだ」
「分からないって、本気で言ってるの?」
「こんな状況で、自分の事が分からない...なんて馬鹿げたことを意図的に言うと思うか?」
「まあ、そうね...。一旦それは信じてあげる。じゃあ、なんであんたがここにいるかだけど...」
女の子は手短に、俺がなぜこの豪邸にいるのかを説明してくれた。
「この家の裏には、一際大きな山があるの。三日前の朝方の事だったかしら。その山で巨大な物音がしたのよ。何かが空高くから落っこちてきた音がね。
それがあんたよ。うちで雇ってるメイドが血相変えてあんたを家に運び出した時は驚いたわ。現場の形跡からするに、相当高くから落ちてきたようだけど、全身打撲と多少の出血、いくつかの骨が折れた程度の瀕死状態。正直、死んでてもおかしくなかったけど、
そんなことがあったのか。俺は一体どこから落ちてきたんだよ...。
「あんたの言うことが正しいなら、落ちた時の衝撃が酷く、脳に何らかの損傷が生じたようね。まあ所謂、〝記憶喪失〟ってやつかしら」
「記憶喪失か...」
「というか、あんた本当に自分の名前も知らない訳?」
女の子は不意に立ち上がり、俺の顔を覗き込む。
「う、うん。嘘ついてるように見えるか?」
「そうね。100%信じることは出来ないわ。あれ程の衝撃を受けて、気絶で済むような得体の知れない男だもの」
「う~ん、どこから落ちてきたかにもよるけど、俺って頑丈なんだな」
こうなると、益々自分の事が知りたくなってくる。名前すらも思い出せないなんて、こんなもどかしいことはそうそうないだろう。
「頑丈過ぎて、逆に怖いわよ。そういう意味でも、変態ね」
「なあ、さっきのは本当に悪かったよ。意図的に覗いたわけじゃなくて、不可抗力だったんだよ。それに、いつまで変態呼ばわりする気だよ...」
いくら名前が無いとはいえ、変態呼ばわりはさすがに堪える。特殊性癖の持ち主ならご褒美なのかもしれんが...。
「う、うるさいわね。だ、大体...私、お父様以外の男に裸を見られたことなんて...」
「え?今、なんて?」
女の子は顔を赤らめて、何やらごにょごにょと口を動かしている。しかし惚けたように尋ねたことで、再び女の子に火をつけてしまった。
「うっ、とにかく!名前が思い出せないなら、ここで私が仮に命名してあげるわ!変態ってね!」
「そんな...ごめんって!なんでもして、さっきのを詫びるよ!だから変態だけは止めてくれ!」
なんでも...そのワードを耳にした女の子は、ピクッと分かりやすく反応した。そしてジト目でこちらを見つめ、尋ねてくる。
「な、なんでも言うこと聞いてくれるの?」
「あ、まあ俺に出来ることならな」
「そ、そう...。いいわ。男に二言はないわよ」
「うん」
「分かったわ。考えとく...。それじゃあ、あんたの名前だけど...」
女の子は、顎に手を当てて俺の名前を考える。頼んでない...というのは言わないでおこう。
う~ん...と可愛らしく唸りながら、数十秒が経過する。仮の名だから、そんなに深く考えなくても...とは思うが。
すると、彼女は不意に何かピン!ときたような反応を見せた。
「無名...だから、『メイ』!...どう?」
ふふん!と得意げに名づけ、女の子は無い胸を張る。いまいち無名だからメイとなる理屈が分からないが...。
「無名だからメイってどういうことだよ...」
「ほら、無名...むめい...む、めい...めい...メイよ!」
なるほどな。単純だが、悪くはない。
「いいね、メイ。今日からそう名乗るよ。あ、そういえば君の名前もまだ聞いてなかったよね」
「ああ、そうだったわね。私は『セレナ』。見ての通り、この豪邸を所有するお嬢様よ」
セレナと名乗った女の子は胸に手を当て、自己紹介する。見ての通りって、見た目も言動もとてもじゃないがお嬢様には程遠いと感じるのは俺だけだろうか。
お嬢様っていうのはもっとこう、お淑やかで、気品があって、世間知らずな箱庭娘で...。それは単なる偏見なのだろうか。
この子には、ただの我が強い娘というレッテルを貼っていたのだが...。
「あ、マズイわ。もうこんな時間!」
「そういや、学校に行くんだっけ?」
「そうよ」
時計を確認した後、セレナはバッグを持って、扉のドアノブに手をかける。
「ちょ、待ってくれ!行くならこの拘束解いてくれよ!」
「悪いけど、信用できるまではその状態でいなさい。これは命令よ」
「いやいや、トイレはどうすんだよ!!」
「我慢すれば?漏らしたら、今度こそ殺すわよ...」
ニコッと笑いながら物騒なことを口にし、セレナは自室を去っていった。
「理不尽だろ...」
シーンと静まり返る部屋。先程までの騒動が嘘みたいだ。
そして部屋の隅で、椅子に手足を縛りつけられている俺。
いや、どんな放置プレイだよ...。
学校って言ってたけど、何を学びに行ってんだろうか。
学校によって、学ぶものが違ってくる。ひたすら勉学に励む学校、職業専門の学校、後は魔法や戦闘を学ぶ学校...くらいか。
セレナは魔法が使えるみたいだし、魔法学校に通っていると考えるのが妥当だろう。
「そんなことより、なんとかしてこの拘束を解かないと本気でやばいな...」
椅子を前後に激しく揺らし、少しずつ前に進んでいく。幸い地に足が付いてるため、小刻みにジャンプすれば移動できないことはない。
慈悲なのか、ガサツなのか...扉が半開きにしてあったので、スムーズに部屋から脱出しようとする。しかし扉の端に椅子の足が引っかかり、
「う、うわぁぁぁ!!」
ドサッと鈍い音を立てて、無様に転倒してしまった。倒れてしまってはもうどうすることもできない。
こうなったら、叫んで誰かに助けを...。
そう思った矢先に、俺の顔が何やら人の影に覆われる。誰か近くにいるのかと視線を移動させると、そこには清楚なメイド服を着飾った女性がこちらを凝視して立っていた。
ちょうどよかった!これで難は逃れた...。
そう安心していると、ふとそのメイドさんはしゃがみ込んで、俺の頬を
「ツン、ツン...」
なんて言いながら、小動物でも触るかのように、人差し指でツンツンとしてくる。彼女は何か不思議なものを発見したような...そんな雰囲気を醸し出していた。
「.....」
どう反応すればいいのか分からないまま数秒後、メイドさんはツンツンに飽きたのか、俺の前から立ち去ろうとする。
いや、なんだったの今の時間は!!?
「ちょっと待ってください!!」
流石にツンツンされてスルーは酷だと思い、呼び止める。
「.....??」
俺に呼び止められて、メイドさんは振り向きざまに首を傾げる。どうして呼び止められたのか、まるで分かっていない様子だ。
誰かも分からぬ青年が椅子に縛り付けられている状況で、ツッコミすらないのは悲しい...。
「いや、その...初対面であれなんですが、助けていただけるとありがたいんですけど...」
そう恐る恐る尋ねると、メイドさんは顎に手を当てて言った。
「んー、てっきり何かの放置プレイかと...」
「いや、違いますよ!!」
........
.....
...
その後、何とか状況を理解してもらい、ようやく俺は解放された。そして廊下の窓際で、俺たちは立ち話を始める。
「先ほどは失礼いたしました。私は、セレナお嬢様の近衛メイドを務めさせていただいている『ローズ』と申します。以後、お見知りおきを...」
メイドのローズさんは、スカートの裾を少し持ち上げて丁寧な挨拶をしてくれた。
背丈は俺よりも若干低め。髪型は長めのツインテールで、深紅のバラ色をしている。
常に脱力しているようなとろんとした表情をしており、半開きの目から覗かせた真っ赤な瞳をこちらに向ける。メイドは大人びた雰囲気が漂いそうなイメージだが、ローズさんは子供っぽさが残る少し幼い印象を受けた。
服装は言わずもがな給仕服。頭にはひらひらしたフリルのカチューシャ。黒のワンピース仕様で、その上から白いエプロンを着飾っている。
スカートにも白いフリルが付いており、丈は短めだ。そして白のニーソックス。これがこの豪邸での使用人の服装なのだろう。かなり可愛らしい。
「メイです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「メイドに敬語は不要です。気兼ねなく、話していただいて構いませんよ」
「あ、そう...。ええっと、ローズは俺の事を知ってるんだよな?」
「はい、存じておりますよ。急に裏山に落ちてきたのでびっくりしましたが、何とか目を覚ましたようで何よりです」
「もしかして、手当はローズが?」
「はい。酷い状態で、命が持つか心配でしたが、治療した後の回復力は異常でした。それにも驚きましたが...」
「そうなのか。何にせよ、ありがとう!何かお礼ができればいいんだけど...自分に何が出来るか、全く分からなくてな...」
「...??」
俺はローズに、どこからか落ちてきた際に、自分に関する記憶が全て消え失せてしまったことを話した。
「そうですか。記憶喪失と...それなら、行く当ても帰る当ても分からないってことですね」
「ああ、そうなんだよ。まあ、そういう所があるのかどうかも分からないけど...」
するとローズは何かを考え込んだ後、俺の顔を覗き込むようにずいっと自分の顔を近づけてきた。
「な、何でしょうか...」
「ふむふむ、顔は悪くないですね...」
いきなり近距離に彼女の顔が迫ってきて、少々顔が赤くなってしまう。
近いな...いい匂いするし。
ローズは俺の容姿を見て何やら査定しているようだが、あまり表情を変えない彼女は今何を考えているのか全く読めない。
そして一通り俺を見回した後、ローズはある提案をしてきた。
「それじゃあ、メイ
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