第1話 目覚めと出会い
スッと目を開ける。冴えない目に真っ先に映ったのが、綺麗に手入れされている汚れ一つない真っ白な天井だ。
耳に入ってくるのは小鳥のさえずる鳴き声。窓から差し込む朝日に、少しばかり目を細める。
どうやら今は朝のようだ。そして、俺は何故かベッドの上で横になっている。
「ここは...どこだ?」
そう一言呟く。少し体を起こすと、全身の至る所にズキッと痛みが生じた。
温かい毛布と掛け布団を捲り、自分の体を確認する。服装は、白のボーダーが入った患者が着るような、薄い寝巻。袖を捲ると、両手両足、そして頭に包帯がグルグル...と巻かれている。
怪我...してるのか?なんで...だ?
そこで俺は、自分の中の異変に気づいた。
―――あれ...俺って、何をしていたんだ??
俺は今まで自分が何をしていたのか、思い出せなかった。そして、最悪なことに自分が何者であるのかも、分からなくなっていた。
自分の名前さえも思い出せないことに困惑するも、俺はすぐに冷静になる。
頭を怪我しているということは、どこかで頭を打った?それで、記憶が曖昧に...。こんなところか。
一旦落ち着いたところで、俺は周囲を見回す。
俺が横たわっていたベッドはもの凄くふかふかで、デザインも材質もとても豪華なものだ。塵や誇り一つない床。まるで高級ホテルの一室のような、豪勢なインテリアが周囲を取り囲んでいる。
誰かの部屋を借りているのだろうか。それにしては、並みの宿では見られない最高級の空間が俺を出迎えてくれた。
全身は痛むも、動けない程ではない。俺はゆっくりとベッドから下りて、裸足のままスリッパに足を通す。
立ち上がると、まるで数日の間ずっと横になっていたような、久々に地に足を付けたような感覚が襲い掛かり、一瞬フラッとしながらも、少しずつ歩き出す。
起床したばかりなので、喉がカラカラだ。そう思い、当たり前のように設置されている高級な洗面台に足を運ぶ。鏡と向き合って俺はそこで、自分の姿を認識した。
「俺...こんな顔なのか」
耳にかかるくらいに伸びた、白髪の爽やかヘアー。小顔でおっとりした目つき。
自分の顔すらも思い出せなかったが、ここまで優しそうな顔をしていたのかと思える程に、爽やかそうな男が鏡に映し出された。
身長は175センチほど。体型は普通だ。声質は、男にしては少し高めだろうか。
「自分の顔すらも忘れていたのか...。何か怖くなってきたな」
喉を潤したところで、俺は部屋の扉を開く。
部屋の外に出ると、まあまあ長い距離の廊下が横に続いている。この時点で、普通の一軒家ではないことが分かるだろう。
踏んで歩くのもおこがましいような綺麗な赤い絨毯。等間隔で付けられている小さめのシャンデリア。
この時点で俺は察した。ここは、選ばれしお金持ちの家だということを...。
凄いな...こんな広い家に入ったのなんか初めてだぞ、多分。
当然好奇心が擽られる。ということで、誰かに会うまではこの大豪邸の中を探索してみよう。
今、俺がいる場所は最上階...三階のようだ。三階は主に客室がメインで、中には従業員専用の住み込み部屋もある。
お金持ちの家だもんな。そりゃ、メイドやら執事やら雇ってんだろう。
そして二階に下りると、まず目に飛び込んできたのが大きな書斎だ。図書館の一部を貰ってきたかのような、壁一面本が所狭しと並んでいる作りになっている。
他には、衣装部屋や音楽部屋、バルコニーといった間取りになっている。
「うむ、ここまでまだ誰にも出会ってないんだよな...。どういう経緯か分からないが、助けて貰ったお礼をしなければいけないのに」
そんなこんなで一階へ。一階は、主に披露宴会場にでも使うような、だだっ広い大広間。そして、無数の調理器具が並ぶ無駄に広いキッチン。そして暖炉付きのリビング。
中々の豪邸で、ここまで回るのに30分はかかっただろう。
「あと行ってないのは、風呂場くらいか」
大豪邸の浴場なんて、そりゃもう温泉だろうなぁ。広いリラックススペースに、水風呂(?)やジャグジーが付いてるのもあったりしてな。
そう考えると期待が膨らむ。
今の時間は、誰も入ってないよな。
大豪邸を隅々まで見漁ったのにも関わらず、未だに人っ子一人見当たらないとは...。全員出掛けているのだろうか。
そうなれば、必然的に浴場には誰もいないだろうと考えるのが普通だ。興味もあったので、一目見ようと中に入っていった。
俺は早速脱衣所を通り、風呂場へ直行する。そして浴場の入り口の扉に手をかけようとしたら、俺の視界にあるものが映った。
扉の横には大きめのかごが置いてあり、そこには誰かの服が無造作に入れてある。それを見た途端、俺は即座に後退しようとした。
なぜなら、その服というのが女物の下着だったからだ。純白の少し大人びた下着にドキッとする余裕はなく、マズイ...と思いながらこの場から立ち去る。
しかし、世の中にはタイミングが悪い時が必ず存在するのだ。
「ふぅ...やっぱ、朝風呂はいいわね~」
そんな女の子の声が聞こえてきて、ガラガラ...と浴場の扉が開く。
あ...終わった。
そんなことは誰だって分かる。
早めに察せたのは良かった。だが、今の俺は多少の怪我を負っている。
当然逃げも隠れも出来なくて...。
「「「な...!!!!」」」
目が合う。全裸の女の子と...。
「な、な、なななななななな!!!?」
痙攣したように、女の子は驚き戸惑う。当然だ。全裸をどこの馬の骨かも知らぬ男に見られたのだから。
腰まで伸びたふわっとした茶髪、そして小柄な体型ながら腰回り、足の付け根から足先まで細身でスタイル抜群だ。お風呂から出たばかりで、全身に水が滴る妖艶な姿に少々見入ってしまう。
一つだけ欠点を言うならば、胸が小さいことくらいだろうか。歳はいくつだろう。お子様ならば、ストライクゾーンから外れる。俺はロリコンではないからな。
まあそんな解説をしている暇など俺には無くて...。逃げも隠れも出来ない状況ならば、やることは一つ。全力の謝罪だ。
深々と頭を勢いよく下げ、俺は大声で謝ろうとした。
「申し訳ございませ―――」
「「「死ねぇぇぇぇぇ!!!!!!」」」
―――ガン!!!!
謝罪を言い終わる間も与えて貰えず、俺は衣服の入ったかごで思いっきり頭頂部をぶん殴られた。
元から痛んでいた頭に更なる一撃。視界にピヨピヨ...と小鳥が見えているのは気のせいだろうか。
やばい...死んだかも。
グヘェ!!という情けない声を出して、俺は気を失った...。
・
・
・
「う、う~ん...」
気がついたら、俺は床と睨めっこしていた。本日二度目の起床だ。
しかし、立ち上がろうにも手足が動かない。
「あれ、なんで動かないんだ?」
ググッと力を入れると、何やら体が締め付けられているような感覚を覚える。どうやら俺は、うつ伏せのまま身動きが取れないように縛られているようだ。
すると悶えている俺の前から、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「やっと、起きたわね」
声に反応し、何とか目線を上げる。そこには、先ほど浴場で出会った女の子が腕を組んで堂々と立っていた。
何も反応しないのもあれだから、一応朝の挨拶をしてみよう。
「え、ええっと...おはようございます」
「ええ。おはよう、
―――変態...」
最後の言葉がやけに重々しい言葉で発せられた。
変態...俺のこと、か?
目の前の女の子は、こちらを冷酷な表情で見下ろす。浴場で見た時は裸にしか目がいかなかったが、彼女は顔も端麗であった。
茶髪は腰まで下ろしているが、両サイドに小さく二つに縛ってある髪型だ。
丸みを帯びた顔つきに、パッチリとした綺麗な目つき。瞳はブルーで、まつ毛が長い。
全体的に童顔よりなのだろうか。何やら俺をゴミでも見るような表情で見下ろしているものの、その美形顔が崩れることは無い。
服装は、パッと見制服だろう。白のワイシャツの上に、紺色のベスト。さらにその上から焦げ茶のブレザーを羽織っている。
縁に白いボーダーラインが入った茶色のスカートは、太ももの半ば辺りの丈で、スラッと伸びた足を黒のニーソックスが包み込んでいる。背丈は165センチ以上ありそうだ。
背丈や顔つきで言えば、年齢は俺とあまり変わらない気がする。しかしまあ、体の凹凸具合はお子様というかなんというか...。
「あ、あの...変態って、俺のことか?初対面で人様に変態と呼ぶのはいかがなものかと...」
出来るだけ笑顔で、当たり障りのない言葉で会話しようと試みる。しかし選ぶ言葉が悪かったのか、女の子は片足を突き出し、俺の頭に躊躇なく乗せた。
「じゃあ聞くけど、人様の家で、人様の...しかも異性の入っているお風呂場を覗こうとすることは、変態じゃないわけ?」
そう言われ、頭を足でグリグリされる。地味に痛い。
「いやいや誤解だって!!目を覚ましたらここがどこかも分からないし、誰かに聞こうと思って探し回ったけど誰もいなくて...。風呂場に行ったのは...その、この時間は誰も入ってないかなぁと思ったからで」
「あっそ。別に、あんたの言い訳なんて聞きたくもないわ。覗き魔として、私の
「ちょ!?待ってくれ!ほんとに何もかも分からないんだ!頼む、話だけでも聞いてくれ!その後で殺すのは構わないから!」
必死になって弁明する。先ずは互いの素性を言い合うのが先決だろう。
俺の言葉に女の子はむすっと顔を見せたものの、ハァ...と溜息をついて足をどけてくれた。
「弁明の余地をあげる。あと少しで
「わ、分かった。ありがとう。でも、その前に...この拘束解いてくれない?」
そろそろ首も疲れてきた。痛む体をきつく縛られて、正直かなり苦しい。
それに...
「嫌よ。覗き魔を解放したら、何されるか溜まったもんじゃないわ」
「いや、まあ君の言ってることは分かるけど...。だって、この態勢じゃその...
「見える??何が.....!!??////」
そこまで言って、女の子は俺の言っていることを理解して顔を真っ赤にする。
うむ、白か...。
「「「やっぱ、死ねぇぇぇぇ!!!」」」
女の子の強烈な蹴りが顎に炸裂し、俺は本日二度目の気絶を果たしたのだった...。
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