第12話 トルコ石
「お、早速来たね。四人とも!」
ハミヤの家をノックすると、相変わらず元気そうな顔が姿を見せた。その視線の先には、ユラとトゥーラ、それに……琥珀とマーレ……否、トルマリンの姿があった。
「アンタが手紙にあったトゥーラの弟だね」
「……」
兄の陰に隠れるようにしている小さな姿をハミヤは上から覗き込んだ。それにさらに委縮する弟を見て、トゥーラは苦笑いをする。
「弟をいじめないでよ」
「ハハハ、ごめんね。それにしても……」
ハミヤは小さな二人から見慣れたコンビへと視線を移した。
「アンタ達も人間には戻さない選択をしたんだね」
「まあ……」
ユラは曖昧に笑うと、トゥーラの頭をぽんぽん叩いた。
「土地勘のないこんな子供に全てを任せてお役御免なんて、流石に無責任でしょう」
「何を! 最近はちゃんと道間違えないし!」
「前の村からここまでで三回も道を間違えた子が何を言ってるんですかね」
噛みつくトゥーラを軽くいなしながら、ユラはハミヤを見つめた。
「それに、皆に挨拶もしたかったですから」
「……ああ、そうだね」
憑き物が落ちたようなユラを見て、ハミヤは歯を見せて笑った。そして大きく扉を開いて全員を招き入れる。
「さぁ、入った入った。ご馳走を用意してあるからね」
「よっしゃ。マーレ、行くぞ」
「……」
前回とは違い、はしゃいだ様子で家の中に入っていくトゥーラの背中をユラはまるで我が子でも見るような目で見つめた。
◇
「私は……まだ、戻しません」
「まだ?」
含みのある言い方にサクヤが眉を顰める。そんな彼の前で静かにユラは心の内を語る。
「貴方に【玉響】にされた人たちを元に戻さなくてはいけません。皆、私のことを待ってるんです。それを、自分は真珠の【玉響】に選ばれなかったからという理由で蔑ろにするわけにいきませんから」
「……ユラ」
ユラはゆっくりとトゥーラの手を握って微笑んだ。
「一緒に行かせてください。私も、念願かなって笑顔になっている皆を見守りたいので」
そして、今度は琥珀の方を見る。
「構いませんか、琥珀……私の我儘に付き合ってもらうことになりますが」
「……」
琥珀は何も言わなかった。しかし、満面の笑みを浮かべる彼の気持ちは言わずともその場の全員が理解できた。笑顔で見つめ合う兄弟を見て、サクヤは少しホッとしたように呟いた。
「……二人が元気にこんなところまで来るのを見られるなんて……長生きはするもんだね。母さん」
「え?」
その声を唯一聞いたトゥーラが顔をあげると、サクヤはしーっと指を唇に押し当てた。
◇
「よろしかったんですか?」
「何が?」
ユラ達が帰ったのち、書斎でひとり本を読んでいたサクヤにターコイズはお茶を差し出しながら尋ねた。それに対してサクヤは不思議そうに小首をかしげる。
「パールを渡してしまったことです」
「別に構わないよ。元々僕はやったらやりっぱなしで、アフターケアとか面倒な質だからね。それをアイツらがやってくれるって言うなら願ったりかなったりでしょ」
「……」
「そもそも、あんなに回数を重ねたのは君を完璧な【玉響】にするためだしね」
サクヤはそう言ってターコイズの髪に手を伸ばした。しかし、ターコイズはすげなく彼の手を叩く。
「いてて……」
「自分の尻拭いを自分の息子にさせるようなことをして……」
「すみませんでした」
クスリと笑うとサクヤは机に頬杖をつきながらターコイズを眺めた。緑がかかった青い髪も瞳も、彼女が生きていた頃にほど遠いが、その表情は見慣れたものだ。
「何ですか」
「いや、君も久々に息子たちに会えて楽しかった?」
「まともに会話していないのに、楽しいも何もありませんよ……サクヤさん」
【ターコイズ】(トルコ石)
アメリカ南西部に住むナホバ・インディアンの神話では、ナホバ族の偉大な四氏族は“トルコ石乙女”という女神によってつくられたとされているが、このトルコ石乙女はトルコ石から生まれたと言われている。
神話によると「最初の男」と「最初の女」が長い旅の果てにナホバの地にやってきた。そこでちょうど赤ん坊くらいの大きさのトルコ石を見つける。その石の塊から生まれてきたのがトルコ石乙女であり、彼女は太陽と結婚した。そして大地(あるいは海)と天が接する場所にあるトルコ石の宮殿に住み、毎日空を横切ってくる太陽を迎える。
さらに彼女は「光」と「闇」という双子の兄弟を産む。この双子は英雄のように、地上で暴れていた怪物を退治するが、戦いが激しすぎて人間が絶滅してしまう。
これを見たトルコ石乙女は新たな人間を作る必要を感じた。そこで彼女が左右の胸を擦ると、右からは白い小麦粉、左からは黄色のトウモロコシの粉が落ちてきた彼女はそれを混ぜ合わせ、人形の男女を作ると、その上に魔法の毛皮をかぶせた。すると翌日、人形は生きた人間になったという。
【終わり
【玉響】ーたまゆらー 卯月 @kyo_shimotsuki
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