第5話:異世界小説、読めばよかった……

「初めまして、應地おうじ静弥しずや……シズヤ・オウジです……」

堂々とした国王さまとは違い、声が小さくなっていく自己紹介をする。


イントネーションが大事な名前ですよ。


 あー小学生以来無かったけど、これは名前でいじられることがあると今から覚悟しておいた方がいいかもしれない……。


 こちらの人は、勘違いや不思議に思うくらいでいじることは無いかもしれないが、クラスメイト達まで無いとは言えない。というかあると思う……。


「シズヤ、で構わないか?」

俺の呼び方を確認する国王さま。


「はい。それで大丈夫です」

駄目なんて言いませんよ、お好きに呼んでください。


「では、本題に入ることにしよう。」

一つ咳払いをして改める国王さま。


 やっぱり、本題があるよな……自己紹介だけで国王さまが、いち召喚者とわざわざこんな場を設けることは無いだろうし、これはもしかして──


「回りくどいのは無しで聞くぞ。シズヤ、お前は〈勇者〉か?」


──ですよね!


「……」

思わず沈黙する俺。


 やっぱり……どこで気付いたのか、何かしら伝承やら文献と同じところがあったとみるべきだよな。さて、本当のことを言うべきかそれとも上手いこと隠すべきか……。


まだ味方と決まったわけじゃないし、慎重に判断したい。


 国王さまが味方な場合はこれ以上ない後ろ盾だけど、逆に敵だった場合はこれ以上ないほど厄介極まりない存在になるだろう……完全に中崎よりも面倒だ……。


一応、チラリと入ってきた扉を見てみる。


 何かを察してしまったようで、ロイスさんが目配せし待機している兵が扉を塞ぐように移動した。ロイスさんは相変わらずにこり。逃げ場を失ってしまった──


──と思わせてぶっつけ本番になるがまだ【転移魔法】という手段が残ってはいる。しかし、それを使って逃げればほぼ確定で敵は増えるだろう。どうしたものかね……。


「何やら考えているようだが、逃亡はするなよ? 手荒な真似はしたくないし敵にもなりたくはない。悪いようにはしないと事前にロイルから聞いておるだろう?」

俺の思考をお見通しとばかりに言う国王さま。


確かに言っていた……ならばここは一つ信じてみるしかないか。


「……はい。えっと、一ついいですか?」

でも最後の悪あがきをしてみる。


「言ってみるといい。」

国王さまからお許しが出た。


「では、俺を〈勇者〉ではないかと判断したのはどうしてですか?」

ドストレートで核心を突いてみる。


 俺の問いに今度は国王さまがロイルさんに目配せをする。さっきまでにこりとしていたロイルさんは一つ頷いて口を開いた。


 俺は用意されている紅茶を飲みながら大人しく聞くことにした。匂いが凄く良いので気になってたんだ。


「この世界では、一〇〇年前に〈勇者〉が召喚され〈魔王〉が討たれました。その〈勇者〉は〈異世界〉からの召喚者で、召喚した国はこの〖ロズレット王国〗なので伝承や文献がいくつか残っております。」

そこで右手の人差し指を立てるロイルさん。


「そのうちの一つに〖〈勇者〉は【適正魔法】の基本属性を所持しておらず、初めは本当に〈勇者〉なのか判断がつかず疑わしかった〗とありました。」


 ここでメイドさんが入ってきて俺のカップに紅茶のおかわりが注がれた。……いつ呼んだの? 何この連携プレイみたいなの。本物のメイドさん凄い。注ぎ終わりメイドさんが部屋を出るとロイルさんが話を再開する。


「〈魔王〉を討つために〈女神様〉が授けて下さった〈勇者召喚〉の魔法なので間違いは無いと思うが、しかし判断が難しかったとありました。ですが行動を共にしていると、後に〖【適正魔法】のの魔法を所持していることがわかった。〗ともありました。」

もう大体分かりますね? とロイルさん。


「……」


「そして本日、召喚者の皆さまを水晶にてお調べしたところ、【適正魔法】未所持と判断されました。〈勇者召喚〉を行なったのにも関わらず、です。」

また、にこりとするロイルさん。笑顔恐怖症になりそうです……。


「……宮廷魔導師の方は残念がっていましたが?」

あれは演技ではなく本気で残念がっていたと思う。あと宮廷魔導師の名前は忘れた。多分そんなに会う人じゃないと思うし。名前を呼ぶこともないでしょ。


「〈勇者〉に関する伝承や文献の一部はいくら宮廷魔術師といっても公開していません。詳細を全て知る権利のある者はこの国では、王族と宰相である私だけです。ちなみに、今ここにいる兵には防音の魔道具が発動しているので対象の者には会話の内容は聞こえていませんよ。」

チラリと兵を見て種明かしをするロイルさん。


 あー……これは最初から疑っているとか不確かなものじゃなく、確信していることの確認作業だったのか……。


 一〇〇年前〈勇者召喚〉された〈勇者〉を〈初代勇者〉としよう。〈初代勇者〉は【適正魔法】の基本属性が表示されず怪しまれたが実は別の魔法を所持していたことが判明して解決。


 そして今回もまた〈勇者召喚〉が行われて、クラスメイト達は全員【適正魔法】の基本属性が表示され、所持が確認できたのにも関わらず、俺一人だけが表示されず未所持と判断された。


 そう、……ときたら、あとはもう俺がお目当ての〈勇者〉である可能性はほぼ一〇〇パーセントってわけだ。


 やっぱり伝承やら文献の情報は事前に知っておくべきだった……とはいえ女神さまはおそらく把握できてないだろうし、内容を知る術がないのでその伝承や文献が残っている時点で詰んでいたわけですね、はい。


 じゃあもう色々一人で考えたところでどうしようもないし、ただのピエロ感がすごいので白状しましょうそうしましょ。



「はい、そうです。俺が今代の〈勇者〉です。」

心は半ばヤケクソで白状する俺。


「やっと現状が把握できたか」

俺の白状を聞いてニヤリとする国王さま。


「それで、俺をどうするつもりですか?」

少し拗ねてやりたい気分だが、これからがだろう。いきなり魔物の群れに放り込まれたりしない、よね?


「うむ。〈勇者召喚〉をした理由は聞いたと思うが、異常と言えるほどに魔物が増えていてな、小さな村だと以前もあったが町にも少なくない被害が出ておる。」


「町へ被害が出るのは珍しいことなのですか?」


「ああ。通常は村に被害が出た時点で村人、村長などからギルドへと連絡がいき、依頼を受けた冒険者たちが素材や金のために討伐する。以前はそれで町まで被害が出ることはなかったのだが、ここ最近はそれでも町まで被害が出ているのだ。」

これは今までなかった。と国王さま。


「なるほど……」

今までなかったのであれば何かしら今までと違うのだろう。


「今の被害報告を聞いている限りではこれ以上、冒険者たちではどうしようもなくなっている。魔物が多すぎて死者も少なくはない……そのせいで冒険者を希望する者も減っていると聞いている。」

真剣な顔で説明してくれる国王さま。


 その顔だけでそれがどうしようもない現実だということを物語っていた。さっき下世話な話でニヤついていた人と同一人物だとは思えない。


「陛下がおっしゃったように、通常は被害にあった人や村が冒険者を束ねる冒険者ギルドに報告、依頼。依頼人とギルドが成功報酬を決めてから、ギルドが冒険者にクエストとして依頼を出します。それを冒険者たちは素材や金のため……生活のために受けて討伐、戦えない者は守られ成功報酬は一割手数料としてギルドへ、それ以外は冒険者たちへ。そして冒険者たちは魔物の素材を売るなり加工するなりして、装備や生活を潤わせる。と、うまいこと持ちつ持たれつの関係を保っています。」

国王さまとバトンタッチして仕組みを説明してくれるロイルさん。


 要するに、魔物の被害者と冒険者ギルドと冒険者はWIN-WINな関係ってことか……経済がうまく回るようになっている、と。


 異世界小説の類を読んでいれば、もっとスムーズに把握なり察したりできたかもしれないと後悔する俺がいる……。


「最初は依頼が増えればギルドや冒険者たちの懐は潤うので喜ばれたりもしたのです。しかしそれが捌ききれない数となると話は変わります……命懸けの仕事ですからね。最近では高ランクの冒険者たち総出で対処しているようですがそれでもギリギリ、対処が遅れて死者も出ています。これでは国が滅びることもあり得るのでは、と判断されて一〇〇年ぶりに〈勇者召喚〉が。」

陛下は最後まで渋っておいででしたが……と苦笑のロイルさん。


「試されました……?」


 そういえばギリギリって話だけど、またどうして? 〈勇者召喚〉は拉致に等しいし気軽にしたらとは言えないけど、もっと早く召喚したら余裕があったんじゃ? とも思わなくもない。



すると渋い顔する国王さま。なにゆえ?


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