第三章:セカンドインプレッションと俺の受難③
俺が
「もーお、アレンったらおっそい! 騎士団の宿舎にサナちゃん宛の手紙を届けに行くだけのはずが、一体どこをほっつき歩いてたのよ! こんなに服も汚して、一体どこで何をしてきたんだか……」
「いやあ、それが……道に迷ってうっかりスラム街に入り込んでしまった上に、ハーヴェスターとかいう連中に肝心の手紙を盗られてしまって……。そいつらに襲われた直後に、巡回中のサナに偶然助けられたんですけど、俺とは他人みたいな態度を取られて……」
ロイエの同情するような緑色の左目と哀れみを含んだ青色の右目がこちらへと向けられる。改めて言葉にしてみると我ながら散々な夜だったと思った。
「道理で、こんなに服が汚れているわけね。ちょっと出かけるだけなら大丈夫だろうと思って、そのまま服を貸しちゃったけど、こんなに汚れちゃうともう駄目ね。洗えば汚れは落ちるだろうけど、さすがにこれをもう一度商品として売るわけにはいかないわ」
「ですよね……」
ロイエの厚意で貸してもらっていた服は、ところどころ汚れてしまっていた。恐らく、スラム街で当身を食らって倒れたときに汚れたのだろう。とんだ災難だ。
「悪いけど、さすがにこれはアナタに全部買い上げてもらうしかないわね……」
ロイエが溜め息混じりに提示してきた金額に俺は絶句した。
「きっ……金貨二十枚ぃぃぃぃ!?」
そんな大金持っていない。金貨二十枚といえば、俺の村では一ヶ月の稼ぎに相当する額だ。一体何がどうなってこんな金額になったんだろう。
「カーディガンが金貨四枚、シャツが金貨三枚、パンツが金貨六枚。あと、バッグが金貨四枚で靴が金貨三枚よ」
「……王都って物価高いんですね」
現状、それだけの持ち合わせがないが、一体俺はどうなってしまうのだろうか。騎士団を呼ばれて罪人として捕らえられるのか、それとも腹を掻っ捌かれて臓器を売られた挙げ句に郊外の川にでも沈められたりでもするのだろうか。嫌な想像がむくむくと膨らんでいき、顔から血の気が引く。
「アレン? どうしたの? もしかしなくても持ち合わせが足りないとか?」
ロイエにそう問われ、俺はこくこくと頷いた。
「それなら提案なんだけど」
ロイエは左右で色の違う両の目を細めてにんまりと笑うと、
「持ち合わせが足りないなら、しばらくここに住み込みでバイトしない? 衣食住の保証付きでなおかつここにいる間は今日みたいにこのアタシがいくらでもファッションやメイクのアドバイスをしちゃうわよ。どうかしら、悪い話じゃないでしょう?」
「……え?」
俺は呆気にとられて聞き返した。
「臓器を売られて川に沈められたりするんじゃなく……住み込みバイト?」
「臓器とか川とかって何の話よ、物騒ねえ。美の伝導師たるこのアタシがそんなことするわけないじゃない。で、どう? ここに住んで、足りない分の返済をしながら働くのは」
屋根裏部屋を片付ければ最低限寝起きくらいはできるはずだし、とロイエは言う。
「ところで、一個確認なんですけど……ロイエさんと一つ屋根の下で生活することで妙な間違いが起きたりとかは……? その、つまり……俺の貞操は大丈夫なんでしょうか……?」
俺はおずおずとロイエへとそう訊ねた。彼の性的嗜好が危ぶまれる以上、俺にとっては非常に大切な問題だ。失礼しちゃうわね、とロイエは憤慨し、
「あのねえ悪いけど、アタシ、恋愛対象は女の子よ? それにバイトとは言え従業員に手を出したりするといろいろと王国法的に面倒なのよ。あー、あとそうね、アタシ的に最近気になるのは銀髪に紫の目をしたどこぞの新米騎士の女の子だったりしちゃうんだけど」
どこまでが本気でどこからが冗談か判別できないトーンでロイエはそんなことを宣った。サナのことに関しては俺の失言に対する彼なりの意趣返しだと思いたい。そんな容姿の新米騎士の少女がそうそういるとも思えないし、美形の部類とはいえまさかのオカマ(なんて言い方をするとロイエにまた怒られそうだ)までもが恋敵だとは思いたくもない。いい加減俺のライバルが飽和しすぎているし、どいつもこいつもイケメンで心底嫌になる。俺はげんなりとした気分になりながら、
「それはともかくとして……ここで住み込みでしばらく働かせてもらえるのは俺にとってはありがたい話ですけど、ロイエさんに何かメリットあるんですか?」
「あるわよ? アレンがうちの商品を着て仕事したり街を歩いてくれれば、いい広告塔になるもの」
「はあ、そんなもんですか……」
わかるような、わからないような。よくわからないがただ自分が仕事をしているだけで、この店の宣伝に寄与できるということだろうか。
「わかりました。そのお話、ありがたくお受けします。ご迷惑をおかけしますが、これからしばらくよろしくお願いします」
そう言って、俺はロイエへと頭を下げた。大袈裟ねえとロイエは苦笑しながら、ところどころ筋っぽさのある綺麗に手入れされた手を俺へと差し出した。
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