第二章:イケメンは作れるか否か②

 居住空間と思われる店の二階へと俺はロイエに連れて行かれ、茶を振る舞われていた。ほんわりと湯気を立てる液体から漂う甘く穏やかな香りに俺は少しずつ己を取り戻していく。

 同時に俺は自分がどんな醜態を晒したのかを改めて客観的に理解する。あいつの周りにいる連中に俺は遠く及ばないからといって、感情を露わにして泣き喚くなんて、俺の目指す理想にはあまりに遠い。というかダサすぎる。格好悪すぎる。軽く死ねる。

「ちょっとは落ち着いた? ……って、今度はそんな顔してまったく」

 ずーんと落ち込んで頭を抱えている俺に苦笑しながら、ロイエは菓子の載った皿を片手に俺の向かいの椅子へと腰を下ろす。

「まあ、これでも食べながら、お兄さんの話を聞かせてちょうだい」

「はあ……というか、これ何ですか?」

 俺はテーブルの上の皿に盛られたハート型の固形物を指でつまむ。クッキーにしてはやたらと軽く、右半分にはチョコレートがかかっている。

「ああ、これは焼きメレンゲよ。今朝、ちょうど近所のパティスリーで買ってたのよ」

 俺は焼きメレンゲを口の中に放り込む。軽い口当たりのそれはほろりと崩れ、口の中に優しい甘さが広がっていく。チョコレートの少しビターな甘さが追いかけてきたが、それもさほどくどくない。メレンゲって確か、卵の白身を泡立てたやつだったと思うが、あれって焼くとこんなふうになるのかと俺はどうでもいいことに感心する。さすが都会。さすが王都。これがお菓子の最先端か。

 俺は珍しい菓子を口の中で楽しむと、ロイエへと向き直った。

「先程は、恥ずかしいところをお見せしてしまって大変失礼しました。俺は、アレン・オーキッドと言います。この街で暮らす幼馴染に建国祭に誘われて、ノーリス村から来ました」

 ふうん、とロイエは得心したように相槌を打つと、

「なるほどね。それで、その幼馴染っていうのがアレンの想い人っていうわけね。ちなみにその幼馴染の子っていうのはこの街で何をして暮らしているの?」

 他人の口から出た想い人という響きに俺は気恥ずかしさを覚えながら、

「騎士です。あいつは、二年前に騎士になるって言って村を出ていったんですけど、この春に騎士学校を卒業して、正式に騎士になりました。ただ、俺があいつから離れていた二年の間に、あいつの周りはイケメンだらけになっていて……さっきちらっと見かけた先輩とか同僚みたいな人たちもワイルドな感じだったり子犬みたいな感じだったりしたけどイケメンだったし、昨日は俳優のルコット・サリュウスと舞台に出たとかいうし、今日は今日で何故かシャオル王子と剣舞に出てたし、その王子のお付きの人みたいなイケメンとも親しげだったし……」

 改めて言葉にしてみると、俺の不釣り合い感が際立って感じられて、またしても気分がへこんでくる。俺の言葉にロイエはがたんと勢いよく音を立てて立ち上がり、テーブルへと手をつくと、こちらへと身を乗り出してくる。

「え、ちょっと、ちょっと待って! もしかしてアレンの幼馴染の子って、サナ・シルフィスなの!? 今年の新人騎士の女の子の!?」

「えっ……ちょっ、何でロイエさんがサナのことを知っているんですか!?」

 俺は驚愕で目を見開いた。ロイエからサナの名前が出てくるとは思ってもいなかった。それもフルネームで。

「あら、あの子結構有名よ? 可愛くて強い将来有望な新米騎士、ってね。同僚の人たちとよく街の巡回とかしているけど、女の子だからか一般市民への気配りも細やかで評判いいのよ、あの子。それに、昨日の舞台でアイミー・エルメの代役を務めたことで、一気に彼女の知名度は跳ね上がったでしょうね」

「そうなんですか……」

 まさか、サナがこの大都会において、知らない人が少ないくらいの有名人になっているとは思ってもいなかった。サナを取り巻く人々だけでなく、サナの存在が遠い。俺は茶を一口飲むと、深々と溜息をついた。

「ほら、そこで諦めないの。というか、諦めたくないからここに来たんでしょうに。確かにアナタの言う通り、なかなかの難敵揃いみたいではあるけれど、まったく勝ち目がないってこともないでしょうよ。ちょっとこっちに来てくれるかしら?」

 俺は椅子から立ち上がり、ロイエに手招きされるがままに姿見の前に立つ。鏡の中からなんとなくもさっとしていまいち垢抜けない俺がこちらを見返してくる。ロイエが横から俺の顔を覗き込んできて、俺の髪やら頬やらをぺたぺたと触り始める。

「うーん、この重くて鬱陶しい前髪はさすがにちょっと切っちゃいたいところね……季節的にもエアリーな感じにしてもいいかもしれないわ。それにアナタ、地味だけど顔のパーツひとつひとつは思ったよりも悪くないし、なかなかいじくり甲斐がありそうね。だけど、この肌の状態はちょっといただけないかしら。ところどころ荒れてるし、乾燥し過ぎよ」

 そう言いながら、ロイエは俺の頬へと顔を擦り寄せてくる。年上の女の人にこんなふうに迫られたことのない俺はどぎまぎとする。どくどくと鼓動が早くなるのを感じる。深く甘い蜂蜜とスパイシーさがないまぜになったような香水によるものと思しき匂いが鼻腔をくすぐる。いかにも妖艶な大人の女性といった空気感に俺の思考はぼんやりと麻痺していく。お互いの呼吸すらやけに大きく聞こえた。

 硬直していた俺の肌の表面にじょりっとした感覚が走った。ぼんやりと俺は自分の頬に手を伸ばす。指先にはべったりと肌色の塗料が付着していて、俺は我に返った。何だこれは。

「あっ……あらやだー!」

 ロイエが口元を押さえて体をくねらせた。綺麗に手入れされたその指の間からは、黒くぶつぶつしたもの――伸びかけた髭が露わになっていた。

「もうっ、せっかくちゃんとコンシーラーでカバーしてたっていうのに、最悪だわっ! アタシったらほんと馬鹿なんだからっ!」

「えっ、えっ……」

 俺は唖然としてロイエを見つめた。驚愕で言葉が出てこない。

 彼女は男性だった。女性のような姿の男性が世の中にはいるという都市伝説めいた話は耳にしたことはあったものの、本当に実在しているとは思ってもいなかった。さすが大都会。こういうのを表す単語があったような気がするが、何と言っただろうか。

あまりの事実に、思考ばかりが意識の表層で空回りして二の句が継げずにいた俺がどうにかして絞り出した言葉は、

「おっ……オカマァァァァ!?」

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