第二章:イケメンは作れるか否か①

 俺は一軒のブティックの扉の前に立っていた。ショーウィンドウには爽やかなブルーグレーのテーラードジャケットを羽織ったマネキンが屹立していて、俺を圧倒してくる。看板には意味のわからない外国語が綴られていて、俺の場違いっぷりを突きつけてくる。こんな洒落た店、やっぱり俺には無理だ。

 だけど、俺は変わりたい。サナの周りにいるきらきらとしたあの人たちみたいに、サナの側にいて恥ずかしくない男になりたい。サナに釣り合う男になるために、足掻いてみようと決めたばかりだった。だから、こんなふうに店に入る前から雰囲気に気圧されて怖気付いているわけにはいかない。

「あら、いらっしゃーい! ようやく入ってきてくれたわね、さっきから二時間くらいうちの前にいるんだもの、どうしたのかと思ったわ」

 意を決して扉を押し開け、店の中へ入ると茶色い髪の背の高い美女がハスキーな声で俺を出迎えた。

「えっと、それはその……すみません」

 俺は反射的にもごもごと口の中で謝罪の言葉を述べた。いかにも居心地悪げに身を縮こまらせている俺を意に介したふうもなく、彼女は嫣然とした笑みを浮かべ、

「それで、お兄さん今日はどういった物をお求めかしら? ううん、待ってアタシに当てさせて? そうね……さしずめ気になるあの子と建国祭デートしたいけど何を着ていけばいいかわからない、ってところかしら?」

「うっ」

 大体正解だった。俺は耳が熱くなるのを感じた。彼女はくすくすと笑い声を上げながら、左右で色の違う目を細めると、

「お兄さん、分かりやす過ぎよ。顔に書いてあるもの。見た感じ、あなた王都の人じゃなさそうね。建国祭にかこつけて、王都に住んでいる意中のあの子に会いにきちゃった感じ?」

「何でわかるんですか……」

 俺は顔を引き攣らせる。何でこの人は初対面の人間の事情をこんなにも言い当てることができるのだろう。どことなく独特な雰囲気を漂わせる彼女は何だか底知れない相手に思えた。何だかちょっと怖い。自分が知らないだけで、都会のお洒落な服屋の店員というのは皆こうなのだろうか。

「まあ、商売柄こういうのには鼻が利くのよ、アタシ。何はともあれ、ようこそスワロウテイルへ。アタシは店主のロイエよ。このアタシが責任を持ってお兄さんにぴったりの勝負服を見繕ってあげるから、大船にのったつもりでいてくれていいわよ」

「は、はあ……」

 そう言って、ぱちりと青色をしている右目を閉じてみせるロイエに気圧されて、俺は気の抜けた相槌を打った。開いたままのもう一方の目は緑色をしているし、一体何なんだこの人は。呆気に取られる俺の視線に気づいたのか、ロイエは自分の顔を指差すと、

「あ、これ気になる? アタシ、元々目の色は緑なんだけど、右には青色の色ガラスを入れているの。まあ、これも一種のお洒落って奴よ」

「そ、そうですか……」

 これが最先端のお洒落というやつか。目の中にガラスを入れるなんて、考えただけで怖すぎる。この冴えない見た目を少しでもどうにかする努力がしたくてここに来てはみたものの、もしかして俺は非常にハードルが高いことに挑戦しようとしているのではないだろうか。ロイエはそんな俺の思考を見透かしたかのように、

「あ、お兄さん今、お洒落ってハードル高いって思ったでしょ?」

「……俺の思考読むのやめてもらえませんか」

 俺が憮然として言い返すと、ごめんねえ悪気はないのよとロイエはひらひらと手を振る。その指先には水色やミントグリーン、白などといった爽やかな色合いの爪紅で様々な模様が描かれている。都会の女性はこんな細かいところにまで拘るのか。

「まあ、そんなに構えなさんなって。アタシにかかれば、お兄さんを女の子なら誰もが振り返るようなイケメンに変身させることなんて造作も無いことよ。例えば、蛹が蝶になるみたいに、ね」

 うちの店名の由来でポリシーでもあるのよなどとロイエは言っていたが、俺の耳にはほとんど入ってはいなかった。

 変身。それも女の子が誰もが振り返るくらい――それがサナであっても振り返ってくれるようなイケメンに。なれるのだろうか。俺なんかが本当に? 俺の胸が七割の不安と三割の期待で揺れている。

「こんな俺でも……なれますか……?」

 胸中を占める思いが俺の口をこぼれ落ちていく。

「俺なんかでも、本当にそんなイケメンになれるんですか……? あいつに振り向いてもらえるような、あいつの側にいても恥ずかしくない、あいつに釣り合うような男にちゃんとなれますか……!? ただでさえ、俺の知らない間にあいつの周りはきらきらしたイケメンだらけの逆ハーレム状態になってるっていうのに……っ、俺なんかじゃ絶対に敵うはずのない奴らばっかりだっていうのにっ……、そんな状況で俺なんてあいつの眼中にあるわけないし、勝ち目だってあるわけないのに……それでも……っ!」

 ぼろぼろとこぼれ落ちたのは言葉だけではなかった。いつのまにか俺の目から溢れていた涙が滴り落ち、床を濡らしていた。感情を抑えることができなかった情けなさが、更に俺の涙腺を刺激する。ロイエは先端を美しく彩られた手で幼子を宥めるようにぽんぽんと俺の背を撫でながら、

「ちょっと落ち着きなさい。アタシで良ければ話を聞くわ。どうしてお兄さんが変わりたいと思ったのかとか、お兄さんが好きでたまらない女の子が一体どんな子なのかとか。ね?」

 俺はずびずびと鼻を啜りながら頷く。ロイエはちょっと待っててと言い残すと、準備中と書かれた真鍮のプレートを手に外へと出ていった。

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