第一章:王都という名の洗礼②

 サナとの約束の時間が近づいていた。俺は彼女と待ち合わせているこの街のランドマーク――時計塔へと向かっていた。

 俺たち意外にもこの場所で待ち合わせている人々も多いらしく、時計塔の前はなかなかの混雑ぶりだった。人混みの中に紛れていても、サナの美貌は際立っており、すぐに俺は彼女のことを見つけることができた。

 しかし、俺は彼女の名を呼ぼうとして、口を噤む。

 サナの両脇には、騎士の制服に身を包んだ青年と少年が立っていた。前者はワイルド系、後者はワンコ系と系統は違えど、どちらもかなりのイケメンである。サナの先輩や同僚といったところだろうか。

「なあ、サナの幼馴染ってどんな奴なんだ?」

 サナの左側に立った緑色のつんつんとしたスパイキーヘアの青年が彼女に話しかけた。

「アレンって言って、同い年なんだけど、とっても優しくて格好いいんです! オルウィ先輩やキオンくんにも是非会ってもらいたくって!」

 紫色の瞳をアメジストのようにきらきらと輝かせてサナはそう力説する。ふうん、と口元に少し人の悪い笑みを浮かべて、赤毛の小柄な少年は、

「格好いいってどのくらい? どうせシャオル殿下とかルコットには敵わないんでしょ?」

「もう、キオンくんはすぐそういうこと言うんだから! アレンは私にとって世界で一番格好いいんだから!」

 サナは可愛らしく頬を膨らませて、キオンへと憤慨してみせる。異様にハードルを上げられてしまった俺は、出ていくに出ていけなくなってしまった。

 俺は溜息をつく。サナはああやって同僚二人に対して、俺のことを持ち上げてくれているが、俺は良くて人並みの容貌でしかない。ひどく不細工だとは思わないものの、サナと一緒にいるあの二人やシャオル、ルコットなどと比べるとひどく地味であり、イケメンには程遠い。

 下手にのこのこ出ていけば、あのキオンとかいうワンコ系イケメンには嫌味の一つや二つ言われそうだし、自分のせいでサナに恥をかかせたくはなかった。

「うーん、アレン遅いわね……どこかで迷子にでもなっているのかしら」

「黒髪黒目だったか? 俺が探してきてやろうか?」

「いえそんな……オルウィ先輩の手を煩わせるなんて悪いです」

 サナとオルウィがそんな会話をしていると、誰かを見つけたらしいキオンがサナの名前を呼んだ。見つかったかと思い、俺は物陰に身を隠す。

「サナ」

藍色の髪の整った顔立ちの男がサナへと声をかけた。

「ノイン様、どうかされましたか?」

「この後の姫様の護衛の件でシャオル殿下がお話をしたいとのことなのですが……今は休憩中ですよね?」

「いえ、大丈夫です。すぐにお伺いします。オルウィ先輩、キオンくん、もしこの後、アレンが来たら仕事になっちゃったって伝えてもらえますか?」

「おう、わかった。行ってこい」

「サナも大変だねえ……まあ、それだけシャオル殿下に気に入られているってことなんだろうし、将来安泰っちゃ将来安泰なんだろうけど」

「あはは……別にそういうわけじゃあ……」

 サナはその可愛らしい顔に苦笑を浮かべると、同僚二人へと軽く頭を下げ、ノインと呼ばれた男に連れられてその場を去っていった。

 俺は溜息を吐いた。何だか今日だけでサナの周りでイケメンをやたらと見た気がする。それとも王都のようなこんな大都会ではこれが普通なのだろうか。そういえばすれ違う人たちも皆が皆、どこか洗練されていてきらきらとしたオーラを放っているような。

 俺は頭を抱えた。王都なんて来るんじゃなかった。ここは俺みたいな田舎者が来ていい場所じゃない。俺は今、それを身に沁みて感じていた。

 俺はサナが好きだ。小さな子供のころから、ずっとずっと好きだ。まるで妖精か何かのようにとても可愛らしいのに、その見た目からは伺い知れない意志の強さを持つ彼女が好きだった。なのに、彼女と離れていたこの二年の間に彼女の周りはイケメンだらけになってしまっていた。時折交わしていた手紙の文面からじゃ知ることができなかった残酷な事実がここにあった。彼女が好きなのはきっと俺なんかじゃない。恐らく、彼女の周りにいる男たちの誰かに違いない。

 ルコット・サリュウスは淡いラベンダーベージュのロングウルフヘアにガーネットのような紅の双眸の女性に大人気の今をときめく舞台俳優だという。中性的な甘く優しげな顔立ちに反して、危険な色香を漂わせている。一生に一度は抱かれてみたい男ランキングでここしばらく首位を独占していると、雨で足止めを食らっている間に暇つぶしがてら斜め読みした雑誌に書いてあった気がする。こういう男はロールキャベツ男子に見せかけたド肉食に違いないので、絶対にサナに近づけてはならない。偏見だけど。そもそも不可抗力とはいえ部隊で共演している時点で手遅れ感あるけれど。

 シャオル・エルリエはこの国の第一王子だ。顔良し性格よし、更には文武両道という完璧すぎる超優良物件だ。しかし、いくらサナがこの王都でも通用するレベルの美少女だとはいえ、一体どうやって知り合ったのかが謎すぎる。先程、断片的に聞こえてきた会話によると、二人の接点は妹姫にあるようだが、現時点では詳しいことはわからない。まだ騎士としては新人に過ぎないにも関わらず、建国祭の剣舞のパートナーにするくらいだから、あのワンコ系イケメンが言う通り、サナのことを気に入っていることだけは間違いない。駄目だ、こんな完全無欠の王子様が相手では、俺なんかじゃ到底太刀打ちできない気がする。レベルが違いすぎる。

 オルウィとキオンというあの二人組は、サナと同じ騎士の制服をきていたことから、恐らく同僚なのだろうと思われる。つんつんとしたスパイキーヘアで耳にじゃらじゃらとピアスを付け、制服を着崩していたワイルドな風貌のオルウィという男は、サナよりもいくつか年上に見えた。茶色の目は思いの外、暖かく優しげで、面倒見の良さそうな兄貴分といったふうだった。もう一人の赤毛のキオンという少年は一見、子犬のように愛らしいが、なかなか生意気そうなガキだった。ぱっと見よりもいい人そうなオルウィに比べ、何だか腹の中は真っ黒そうな気がする。あれは恐らく、自分が可愛い系なのを認識していて、それを利用して立ち回れるタイプだ。系統は違えど、あんなイケメンが二人も常日頃からサナのすぐ側にいるなんて考えたくもない。だんだん気が滅入ってきた。

 あと、ついさっき現れたノインという人物も素性はよくわからないが、とにかくイケメンだった。藍色の髪にどこか神秘的な空気を醸す銀色の双眸。シャオルの遣いとしてサナの元に訪れたようだったことから推測するに、シャオルに近しい人間だろうと思われる。所作も洗練されていて、身分の高い貴族なのだろうと思われるが、サナと気安く口を利いていた辺り、彼女と親しくしているのは間違いない。なんかもう無理だ。

 俺はまだ、一度もきちんとサナに気持ちを伝えたことはない。だけど、あんなに周りがイケメンだらけでは、どうやったって俺に勝ち目などない。絶対に彼女に振り向いてなどもらえない。悲しいかな、よくて平凡止まりな俺の顔面はイケメンには程遠い。サナが物語の世界のヒロインみたいな感じなのに対し、俺は完全にモブ顔だ。全然釣り合わないなんてことは最初からわかっていたけれど、それでも俺はサナを諦めたくなかった。

 俺だってサナの周りにいるあいつらみたいな見た目に生まれていれば、と思う。人間はただ見た目という完全に運任せの生まれ持った要素だけで、恋愛という戦いの土俵に上がることすら叶わない。そんなの残酷だ。俺のような平凡な顔の人間には足掻く余地すらないというのか。

 足掻く、という単語に俺ははっとした。王都に来る途中、足止めを食らった日に読んでいた雑誌に載っていた若い女性をターゲットにしたどこかのサロンの広告に『かわいいは作れる』とかそんなキャッチコピーが書かれていた。

 女性の”かわいい”が作れるのだというのなら、男の場合はどうなのだろう。その可能性に俺は思い至る。まだ何もしていないのに、こんなところでうじうじしているのはただの言い訳や逃げでしかない。

 よし、と俺は顔を上げると、ブティックの立ち並ぶ通りの方へと足を向けた。

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