第2話

それから夏生は、頻繁にひよりの喫茶店に顔を出すようになった。

ひよりの祖父にも出くわし打ち解けている。もはや常連客だ。

夏生は学校でもひよりと話したかったが、ひよりは決して口を開こうとせず、仕方なく夏生はいつも通りにしていた。

だが部活が終わり喫茶店で会ってからは、ひよりは言葉少なだが、夏生の問いかけには応えてくれた。

夏生とひよりの関係は喫茶店だけの仲であった。


今日も部活帰り夏生は喫茶店を訪ねる。

「こんにちはー!!」

夏生の姿を見るとひよりは、いつもより少し顔が穏やかになり、すぐさまレモネードを用意する。たっぷりシロップの入った瓶も添えて。それが最近のひよりの日常である。


「はい、レモネード。」

夏生はレモネードを受け取るといつものようにシロップをたくさん入れる。

「飽きないの?そればっかり。」

「だって美味しいから。」

「・・・やっぱり味覚おかしいんじゃないの?そんなにシロップ入れて。」

いつものようにひよりは嫌味口調で夏生に話しかける。

でも夏生は怒らずに「そう?」と聞き流す。

それはいつもの二人の風景であった。


「ねー、ひよりは卒業したらこの店継ぐの?」

ふと思いついたように夏生が聞いた。

するとひよりは、うーんと唸って答える。

「一応、大学は行くよ。けど、できれば継ぎたい。客商売は苦手だけど、珈琲とか作るの好きだし。」

「そっか。このレモネードも美味いし。きっと、ひよりのいれる珈琲も美味しいんだろうな。」

「そうかな・・・ていうか飲んでないくせに言わないでよ。」

「いや、わかるよ。最近ずっとここ来て、珈琲飲んでるお客さんの顔見ていたら思うもの。きっといいマスターになれるよ。」

褒められて、いつもなら斜めに構えるひよりなのだが今回だけはそうではなく、素直に笑ってしまった。

その笑顔を見て夏生は思わず見入ってしまう。


見たことのないひよりの表情。

・・・可愛い。こんな顔できるんだ・・・。

なぜだか、どきっとしてしまった。


「どうしたの?」

夏生の異変に気づいてひよりが話しかける。

「ひよりが・・・笑ってると思って・・・。」

改めて夏生にそう言われてひよりは、はっとして恥ずかしくなって下を向いた。

「な・・・なによ・・・!笑ったら・・・!・・・悪い・・・?」

最初は怒鳴ったものの恥ずかしさが増してきてだんだん小声になってひよりは言った。

「いや、いいと思う・・・。もっと笑えば可愛いのに。」

迷いもなくそんなことを言われてしまい、ひよりは余計顔を赤らめる。

だがその顔を見てますます夏生はなぜだかどきどきした。

「馬鹿じゃないの!?同性から可愛いなんて言われてもうれしくない!」

それはごもっともである。けれど、夏生はそんなひよりがなぜか可愛くて仕方ない。

ひよりはというと怒って奥へと引っ込んでいった。


ひよりと入れ替わるように、喫茶店のマスターであるひよりの祖父が現れた。

「ん?ひよりは?」

「うーん。なんだか怒らしちゃったみたいです。」

「あの子はすぐ怒るからな。桧山さん、これに懲りずにまたひよりと仲良くしてやってくれな。」

「もちろん。私はそのつもりだけど。ひよりは嫌なのかな?」

するとひよりの祖父は笑って言った。

「まさか。最近、ひよりは楽しそうだよ。あの子のあんな顔あまり見たことないよ。桧山さんのおかげだな。ありがとう。今日もゆっくりしていってくれ。」

そう言い残すと、ひよりの祖父も奥に入っていった。


ひよりが楽しそう?あんな顔するの・・・私の前だけなのかな?


そんなことを思うとなぜか口元が緩んだ。

自分だけが知っている、ひよりの顔。クラスの女子も知らない、ひよりの顔。身内でもあまり知らない、ひよりの顔。

あれ?なんでこんなに嬉しいんだろう?

わからない。けれど・・・これ、自慢にしていいよね。

そう思うと再び口元が緩む。

夏生はふふっと笑うとレモネードを一気に飲み干した。

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