第最終話

「しゅっ! しゅっ! ほ! ほ! しゅっ! しゅっ! ほ! ほ! とぉおおおおちゃーーーく!」


 前を走る男がそういうと、みんな停止した。


 蒸気が背後からでた男たちが六人いて、人が縦長の神輿を担いでいた。蒸気カゴと呼ばれるもので最大四人のれるものだった。蒸気が体の動きを補助する仕組みになっていて、普段よりも少ない力で大きなものを持ち上げたり、早く走れたりする。高速な移動方法だ。


ただ、普通の冒険者が使うことはなかった。料金がかなり高いからだ。「あとかなり恥ずかしい」


 蒸気カゴから降りたのは乱雑に髪を切り揃えた赤髪で金色の瞳のおっさんだった。


 おっさんはヤスミテイにずんずか進むと、両開きのドアを勢いよく開けて中へ入った。


「たのもう」


「おや……あんたは」


「女将。娘はもう病気から回復してだいぶたつ。そろそろ旅立つには頃合いだろう」


「そうだね。でも、あと少しだけ待ってはくれないかい」


「何か心残りでもあるのか?」


「実はね。私の誕生日パーティをやるから、あの娘がはりきっていてね。それが終わるまで待ってはくれないかい」


「ふむ。いいだろう。わしと女将の仲だ。それくらいかまわない。して、日取りは?」


「明後日だね」


「承知した。そのときにはわしも何か女将にプレゼントを用意しよう」


 おっさんはくるっとその場で反転すると、宿のドアからでていった。


「まったく。ここも寂しくなるね」




★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 宿の天井近くのロフトのテラスでエンジェルは人を待っていた。本を読みながら、テラスの天井から落ちる月の光とランプに照らされる文字を目で追いながら、くつろいでいた。


「そのときわしは敵を千切っては投げ、千切っては投げて。大変だったんだぜ。エンジェルはせっかく探し人を守護竜と不死の戦士達の争いから救いだしたのに、別れが二度あるってのはあの娘が可哀そうだ」


「それは大変だね。アキナさんは戦士でもないのに。ははは。それで、グランツはどうなったんだい。アキナさん」


「ああ、あいつか。エンジェルが花嫁の身代わりにしようとした糞やろうだけど、エンジェルにその話をちゃんとしたのは意外だったな。あいつは案外誠実な人間なのかもな」


「なるほど。ははは。ところでその話からすと、エンジェルが一人で逃げれるとは思えないね」


「今から話すところだぜ。このせっかちめ。いいか。エンジェルはな。グランツから話を聞いた夜にスペードたちに……」


 エンジェルは大きな伸びをして、ロフトの側面にあるロビー側の窓をしめた。「そろそろ来る頃よね」


 行商人のアキナとアルはエンジェルのことで話が盛り上がっていた。もっとたくさんスペード達の活躍を聞きたかったけど、これから大事な話があるから仕方ない。


「お待たせしました。エンジェル」


「いいえ、いま来たばかりです」


 1時間前からエンジェルは待っていたのだが、そこは礼節をわきまえて、あえてそう答えた。別に楽しみにしていたわけではない。新刊を買って、待ち時間に読もうと思っただけだ。断じて何かを期待しているわけではない。例えば、これから告白されるかもしれないとか。あったらいいなっとは思ったけど、そうはならないことをエンジェル自身よく知っていた。


「姫を守護竜から助けていただき、まことにありがとうございます。よろしければご迷惑をかけた分のお金を受け取ってもらえないでしょうか」


 どっさりと金属音がいくつも鳴った、重みのある袋が机の上に置かれた。エンジェルは中を開いてため息をつくと、それをグランツの方の机の端に突き返した。


「これは受け取れません」


「どうしてですか! あなたほどの治癒の腕のヒーラーならなおのこと。私はエンジェルに一生かかっても返せない恩を作ってしまった」


「代金は最初の依頼でもらったので十分です。それよりもお姫さまをそのお金で幸せにしてください。これから平民になられるのなら、なおのこと。幸せな結婚を夢見るなら、その実現に向けて、必要なものです。だから受け取れません」


「だが、それではエンジェルは結婚しないからお金はいらいないというのですか!」


「……はあ」


 エンジェルは少し悲しく目をふせて、ため息をついた。


「私にも好きな人くらいいます。それよりもお姫様を大切にしてください。ほら、うしろのドアの影のところから、お姫様が覗いてますよ」


「え」


 グランツが振り返ると、さっと金色の髪は隠れてしまった。


「……」


「今度結婚式の日にちが決まりましたら、お呼びください」


「すみません。必ずそのときは二人でお伺いします」


 グランツは慌てるように出ていった。


「お幸せに。私が好きだった人」




★☆★☆★☆★☆★☆★☆




「娘よ。それは一体どういうことだ。隣国の宰相のせがれさんとの縁談も決まってたんだぞ! 母もお前が心配で病気で倒れて――」


「お父さん。私に嘘ついたでしょ。お母さん元気じゃない。調査好きの冒険者の人に調べてもらったら、元気だったって聞きいたわよ!」


「え、あ、う。それはだな……ええっと。お前のことを思ってだな」


「それは嬉しいわ。だけど、私にだって好きな人くらいます」


「じゃあ、今度その人と会わせてくれるんだな」


「それは……その結婚が決まったら」


「一体、いつになるんだ。その結婚は」


「う」


「あんたたち帰らないなら、うちで働いたらどうだい」


「女将さん!」


「女将!」


「ギルド長もこんなところで暇を売る時間があるんだろ」


「わしは忙しい。世話になった。女将。あと娘よ。がんばれよ」


「はい!」


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宿屋でヒーラーやってます マネーコイコイ @moneykoikoi

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