第4話 話が大好きな冒険者

「やあ、エンジェル」


「こんにちわ。アルさん」


 アルはいつも目が笑っていて、陽気そうな男だった。西方の国の出身だと聞いた。「おかっぱで三段腹でこの辺ではみかけない変わった服装の冒険者かも。話が好きで、冒険者の噂話とか、耳寄りな情報を、私になんでかよく聞かせてくれるの。情報屋だっていう割にはお金もとらないし、本当にお話を楽しんでるだけなのかしら」


「近頃みないと思ったら、病気で休んだんだ。驚いたよ。ははは」


「ご心配おかけしました」


「ところで、またゆっくり話さない? いいお茶と菓子が入ったんだ。ははは」


「あの……私がお願いしてたことは何かわかりましたか?」


「うん? ああ、あの冒険者のことか。どうだろう。君がお茶を一緒に飲んでくれたら思い出すかもしれない」


「わかりました。お昼過ぎに食堂でよろしければ」


「うん。いいよいいよ。僕はどこだってかまやしないさ。君とひと時の会話を楽しめさえすればいいから。ははは」


 宿は中央街道の真ん中に位置し、中央街道を昇ると王都があり、山を城壁のようにした高所にあった。「この宿の名前はヤスミテイっていうの」


守護竜の森は王都のさらに北側の大森林に位置し、帝国はさらに北川の寒い場所にあった。


 冒険者は色々な国から己の力を高めるために中央街道へと来るものが多く、そういった者どもは拠点を持つことが多かった。ヤスミテイは拠点にちょうどよく、中央街道に道が集まるように各都市への街道が続いていた。また、南方にはハジメ洞窟があり、そこで新米冒険者の育成指南をしている貴族で有名な社長もいた。南方からこの宿一帯は魔物が比較的弱く、交通の便がいいため、上級冒険者も泊まりに来る人気のお店だ。


「おはようございます」


「おはようございます! 女将さん」


「そろそろ店の暖簾(のれん)を上げるよ」


「はい!」




……




「守護竜は森を守るとかそんな立派なもんじゃない。奴は霊峰の奥深くにあるといわれる村に残された花嫁を守るためだけに戦ってるにすぎないのさ」


「そして、あの森で死んだ冒険者は今も竜と戦い続けてるという。それは精霊の力によるものか、はたまた邪悪な意思を持つものによるものかは知らないが、体を持たずに精神だけで竜を滅ぼすために世界の終わりまで戦い続けると言われている」


 だが、それはおとぎ話のような話でまゆつばものだった。子供が大人になったら忘れるような話だった。そして、冒険者の亡霊が守護竜と戦っているというのはエンジェルも小さい頃に絵本の物語で知っていたし、何をいまさらと思った。ただ、花嫁を守っているということについては知らなかった。


「面白いと思うだろ? そして、その花嫁に君が選ばれた。ははは」


 アルはニコニコして話を終えた。


「何かの冗談ですよね?」


「冗談を言ってるように思う? ははあ」


「いいえ。嘘だとは思ってませんけど。いつも笑っているのでどれも冗談のように聞こえます」


「楽しい話にお菓子はひつようだろ? たくさん笑うのが甘さの秘訣なんだよ」


「もう50分は話しましたよ?」


「そうだったかな。でも、まだお菓子も残ってるし、もっとゆっくり話そう。ははは」


「いえ、申し訳ないですが、そろそろ仕事に戻ろうと思います。あの……調査隊の隊長のグランツ様のこと。今度会う時にもっと詳しく教えてください。今度は情報料もお渡ししますので」


「うん。いいよいいよ。お金はいらないよ。君と話ができるなら、僕は満足だから。ははは」


「ありがとうございます。では、失礼しますね」


「エンジェル」


「はい」


「明けの明性を何でも頼れるお人よしの精霊だと思っちゃいけないよ」


 目が笑っているけど、少しだけ開いて、私の目をアルは見ていた。


「ホシくんは友達です。私に何かするとは思ってません」


「そうだといいんだけど……」


「失礼します!」


 エンジェルはむっとした顔で食堂を出て行った。


「やれやれ。僕のことを信頼してくれてるはずなのに。どうして、あんなやつのことを本気で信じるんだか」


 アルはテーブルの上に残ったお菓子の包みを開けて、空中に放り投げると、パクっと食べようとしたら横取りされてしまった。


「女将? なんのつもりだい。若作りして見た目だけ可愛いんだから」


「それは誉め言葉として受け取っておくよ。それよりも、冷やかししてないで宿に泊まってくれるかい。食堂を使うのもいいけど、たまには注文してくれるとこっちも助かるんだけどね」


「おっといけないいけない。忘れるところだった。あ、そうだ。これは女将の欲しがってたお土産のお菓子だよ」


 アルは女将に銀色の箱に入ったお菓子を手渡した。


「そういうことじゃないんだけどね。ありがたく受け取っておくよ」さっと銀箱を開けると、黒くて細長くて固くて、口の中でとろけそうな菓子を食べ始めた。


「今度きたら何かごちそうになろうかな。じゃ。僕は行くよ。ははは」


 口元に黒いお菓子が溶けたのをつけたまま、むしゃむしゃとお菓子を食べる女将を残して、アルは食堂を出て行った。


「まったく陽気な冒険者だこと」


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