第3話 諸事情により休みます

  仕事場のロビーには休むことを張り紙で貼ってきた。「偽薬も置いてきたから、軽いけがはなんとかなるはずよね……大けがはホシくんに頼んであるし、夜までは大丈夫よね……」


「頭がぼーっとして、何もやる気がおきません。それに熱もでてしんどいです……」


 疲労が溜まって、エンジェルは寝込んでしまった。


「だから、無理するんじゃないよ」


 精霊は体調を治すが、風邪や病気まで治せはしなかった。いくら気分だけ元気になっても、痛みや病気は精神に影響した。


「すみません。女将さん」


「あたしゃ今日は業務報告を読むだけだから、別にあんたの看病するなんてわけないんだよ」


 女将さんは膝の上にのせた分厚い日報を読んでいた。彼女は近くのものがみえないのか、銀色の丸眼鏡をかけていた。


 ドアを静かに二回叩く音がしたので、女将さんは本を閉じた。


「エンジェル元気ですか?」


 金色の髪の青年はいつかのグランツだった。


「そんな心配しなくても明日には笑顔で仕事してるよ」


「私は元気です……グランツさんに心配かけてしまい……ましたね」


「あんたは黙って寝ときなよ。グランツ。ここにはもう来ないでくれるかい。守護竜の傷は治ったんだろ。だったら、報酬は私が代わりに預かっておくよ」


「いえ! まだ私は彼女に用がありますので、日を改めてまた伺います! 失礼しました!」


 グランツは急ぐようにドアを閉めて去った。


「まったく、やっかいな奴に目をつけられたね。あんたも」


「……」


「疲れて寝ちまったかい」


 女将さんはそっとエンジェルの額にかかった髪を手でなおした。


「エンジェル倒れたって!」


「おやつもってきたよ! エンジェル!」


「拙者がつきっきりで看病するでござる!」


 ノックもせずに、スペードのダニア、アンサ、ミレディが部屋にどかどかと入ってきた。


「やれやれ。あんたたちは朝に南方のハジメ洞窟に出かけたから、帰ってくるのは明日のはずだろうに」


「もちろん仕事を断ってきたに決まってるだろ! こんな一大事に仕事なんてしてられるか!」


「ちょっと黙っててくれるかい」


 そういって、ダニアを片手で持ち上げて、壁に吹き飛ばし、アンサを羽交い絞めにして気絶させ、最後に震えるミレディをデコピンで気絶させた。


「いくら温厚な私でも、さすがに怒るよ?」


「「「すみませんでしたぁああああ」」」


 三人は起き上がり、土下座をすると、猛ダッシュで部屋をでていった。


「まったく、タフな連中だねえ。いつまで駆け出しなんてやってるのやら……あんたはそれでいいのかい?」


 女将さんはため息をつくと、日報を手に取り、よっこらしょっと椅子に座った。


 部屋の巻掛時計の分針が時針を三回ほど、追い越した。っとちょうどそのときだった。仲居さんが部屋の扉を開いた。


「女将さん。都市会議の方は断ってきました」


「今、取り込み中だよ。そういうのはあんたに全部任せたはずだけどね」


「いえ、それが帰り道にどうしてもエンジェルに会わせろってしつこいのがいて、断ったら、今度はこの宿まで追いかけてきて、そのうえ、中で暴れて手が付けられなくて。冒険者のみんなも協力してくれたけど、全然手も足もでません」


「なんだいそれりゃ? 仕方ないねまったく。私がでるよ」




★☆★☆★☆★☆★☆★☆




 暗闇の中、星がいくつも浮かび、時折彗星が過ぎ去った。そんな中、男と女が何もないところにいた。


 肩までゆらゆらと伸びた黒髪の男は寝続ける女の傍らに立っていた。星型のかんむりを被った姿は愛嬌すらあるが、男の顔はどこか不機嫌そうだった。


「夢とは眠りの中で起きることだ。精霊の世界に迷い込んだっというやからもいるな。さあ、起きろ。夢の時間だ」


 エンジェルはその声に答えるように、ゆっくりと目を覚ました。


「わたしはさっきまで部屋にいたはずよね。それにあなたは? もしかしホシくん?」


 男はいつも星の世界から呼んでいた精霊の気配に似ていた。だから、エンジェルはすぐに気づくことができた。それは夢の世界であって、魂がもっとも近い場所でもあったからだ。


「ほう? 我のことがわかるのか? さすがは我が主だ。ようこそ星の国へ。こうして直接会うのははじめてだな。いつもかりそめの姿でしか会わぬからわからんと思っていたが、いやはや驚いたな」


「ねえ、私はどうなったの?」


「死んだっというのにはまだ早いが、それに近いかな。だが、誰かがお前の本当の名を呼ばない限り、じきに死ぬ。それよりも覚えているか。我が主よ。最初の契約だ」


「力を貸す代わりに、毎日、明け方に我が星を見続けよ。でしたか?」


「そうだ。貴様は我が物になるのだ。喜ばしいことだろう。お前は愛する冒険者が死んで、忘れるために仕事を夜遅くまでした。そんな過労から解き放たれ、これから毎日、遊んでくらせる。星の女王として」


「あの……少しお伺いしたいことがあるんですけど、ホシくんは宿でのお仕事はどうしたんですか?」


「ほう? それに気づいたか。ははは、まったく。今日は星が綺麗だな。貴様もそう思わぬか?」


「もしかして、仕事を放棄したんですか? 宿で怪我した冒険者がいたら、治してくださいってお願いしましたよね?」


「ほうき星だけにな。ほら、よくみろ。あの流れ星。綺麗だと思わぬか?」


「綺麗ですけど。いえ、そうではなくて、ホシくんは私との契約を放棄してここにいるということですよね?」


「そうなるな。おや、誰かが貴様の本当の名を呼んでるぞ。よかったな。まあ、こうなることはわかっていたことだがな」


「あの……ホシ君、違約金」


「さすがは我が主だ。小さなことなど気にしないその器量気に入ったぞ」


「違約金!」


 エンジェルの体は輝きをまし、星の国から現実世界へと帰るときがきた。


「安心しろ。違約金というのは払う金がなければ、タラコの精霊も払う必要がないと言ってるし、ここでのことは帰ったら忘れる。では、さらばだ我が主よ。また会おう。くくく」




★☆★☆★☆★☆★☆★☆




「お母さん?」


「しっかりおし。目が覚めてよかったよ」


 女将さんが泣いていた。「心配かけてごめんなさい」


「……」


 そして、女将さんの隣には、「お父さん!」


「探したぞ。娘よ」


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