第3話 襲撃

しかし、団欒の時間は唐突に壊される。

「つっ!」

「──っ。アカリ!!」

一瞬、目を見開いて硬直した涼子。しかし、私よりも先に硬直が解けて大声で私の名前を呼ぶ。それにより硬直が溶けた私は回避行動に移った。私よりも先に動けていた涼子が何も分かっていない様子の司を担いでその場を離れると、私達三人のいた場所に黒い炎の矢とでも言うべき何かが飛んできた。

道のコンクリートをえぐった火力を見ながら、涼子に質問する。

「確認なんだけど、私がアレとやっている間に司を連れて逃げれない?」

視線は街灯の上に立つ先の黒炎を放った褐色の少年に固定し、警戒心をMAXにする。

「無理だ。既に結界で囲まれた。唯一の救いは結界の対象に一般人が入ってないことだろうな」

頬を汗が伝う。内包者指定。結界に内包する者を指定する高等技術。それ自体もかなりの技術だが、何よりヤバいのは先程の悪寒、アレはこの結界に入ったと言うサインだったのだろう。問題はそこである。結界に入るまで気付くことすら出来なかった。そして、さらに言えば内包者指定とは、特殊な場合を除き、結界を作る者と結界に入れられる者で実力に差が無いと不可能なのだ。この結界は抵抗レジストすら許されなかった。最早差は歴然。二人がかりでことに当たったとしても、数分間の時間稼ぎすら出来るかすら妖しい。噂に聞く、本家の当主や本家の嫡子ならば、或いは対抗可能かもしれないが。それ程に目の前の少年の存在感は常軌を逸していた。

「お、おい、どうしたんだよ二人とも?あと、褐色の少年アイツは何なんだ?」

黒炎の威力を見て死に瀕した事を察し、そして、それを事前に察知し避けた私達は何か知っているだろうと当たりを付け質問する司。

「分からない、が、アレが君を含めた私達を殺そうとしていることは視ていて分かっただろう?司、逃げろ。君は人の希望。アレは私達が命に代えても滅しよう。」

私はその言葉にうなずいた。

私達が狙われただけならばまだ良い。それは私達の問題であり、私達が死んでも害があるのは、司が死んだ時に比べると極少数だからだ。しかし、司がごと狙ったと言うことは救世の神子云々を知っていると言うことだ。

そして、それでもなお殺そうとすると言うことは、世界滅亡に少年が、もしくは少年の所属する組織が関わっている可能性がある。

彼も何となく分かっているのだろう。自分はこの場に於いて足手まといでしかないことを。

だからこそ、彼は手を血が出る程握り締め、悔しそうに言った。

「分かった。でも、必ず助けを連れてくる。それまで生きていてくれ。それに人の希望とかよく分からないことも、必ず後で聞かせてもらうから」

「ねぇ~?まだぁ?さっきっからずうっとまってんだけどさぁ?」

首をふらふらと左右に揺らしながら褐色の少年が聞いてくる。

「司、行って!ここは私達が抑えるから!」

そう言うと、最後まで悔しそうにしつつも走り去る司。

「おぉっとぉ!やっとかぁ?イイゼェ!準備位は待ってやるよぉ!」

そう言って嗤う褐色の少年。当然ながら対話は不可能そうだ。だが、それでもまだ勝機はある。時間稼ぎに徹することだ。地球世界から見れば私達はいきなり消えたように見える。それを他の護衛達が見逃すはずが無い。恐らく、当主様バケモノクラスが出張ってくるだろう。つまり、その当主様が到着するまでの時間稼ぎ。それこそ、私達の勝機だ。それに、本当に、でやれば、目の前の少年を殺すと言うことも不可能ではない。

そう思案しながら残りの札の枚数を数え、武器──涼子は刀でアカリは札──を構える涼子とアカリ。

「いいねぇ!いいねぇ!愉しくなってきたよぉ!」

そう言って街灯から地面に飛び降りる褐色の少年

「あ、戦う前に一ついいかなぁ?君達言い残すこととか無ぁいぃ?」

すぐに仕掛けてくるだろうと、思っていた私達は少し拍子抜けした。

「…目的は何だ?」

怪訝な表情で訪ねる涼子。

「ハッハァ~!可笑しな事を聞くねぇ?それは勿論、さっきの彼を殺す時に伝えるためさぁ?」

プチッ

この時、二人の中で何かが切れた。

「お前ごときに!殺らせは!閃ッッ!」

目にも止まらぬ、そう形容されるような高速で敵の後ろまで移動した涼子が一閃。しかし、褐色の少年はいとも容易くそれを避ける。

「あっぶないなぁ。これでも彼には感謝してんだぜぇ?僕がこの世界にいんのも彼のおかげですしぃ~」

そんな意味不明ことを言いながら涼子にナイフを飛ばし、涼子はそのナイフを避けるため、後方に跳躍した。

間髪入れずに大量の札が降り注ぐ。

「うぉっとぉ!?」

それが地面や少年に触れると──爆発した。

「やはり、この程度では死んでくれんか。」

「承知の上でしょ。殺るわよ涼子!」

煙の中からむせながら出てくる少年。

「ごっほっごっほ!あ、ヴィンセントじゃないよ?」

そんなふざけた事を言いながらも───

「あとぉ、げぇがないっ」

警戒は決して怠っていない。後ろの人影──涼子──を蹴り飛ばす。

「ぐふぅッ」

「涼子!!!」

上がる悲鳴。

「あれぇ?もしかして君達ィ、よ、わ、い、ひ、とぉ?」

アカリが涼子を庇うような立ち位置につく。

「ふぅん?そぉーゆー感じィ?嫌いじゃあ無いぜぇ?」

そしてパチンと指を鳴らす。アカリ達の回りに生成される黒炎の矢。

「ってことでぇ!耐えて魅せろぉ!」

そう言うと黒炎がアカリ達に襲いかかる。

「グッゥ」

札を用いた結界も、黒炎の威力が高いのか、どれだけの霊力を送っても瞬時に削られる。

「ア…カリ、私の、刀に、霊力を」

刀を杖の代わりに、涼子がなんとか立ち上がった。

「でもっそんな身体で……」

一瞬の躊躇。先程の蹴りでかなりのダメージを負っただろう。そんなボロボロの涼子に、戦わせても良いのか、という躊躇。

しかし、涼子の目は言外に告げていた。私が霊力を注がなくとも、一人でもやる、と。

「……分かったわ。でも、死ぬことは許さない。」

出来るだけの霊力を刀に注ぎ、涼子の身体に護符を貼る。

パキン

結界にヒビが入る。

「よし、大丈夫だありがとう。」

そう言って、涼子は刀を高々と振り上げ───

「涼川流三式───」

から

────振り下ろす。

その時、ちょうど結界が完全に壊れ、黒炎により、アカリ達は蹂躙され───無かった。

涼子が刀を振り下ろした先の黒炎は、まるで押し潰されたかのように掻き消え、その「見えない刃」は敵に命中する。

「グギャァァ!!腕ェ!腕切れたァ!!」

戦闘が始まってから、最初の敵への有効打。しかし──

「すま…ない。アカリ、後を──」

そこで気絶する涼子。最早身体の限界だったのだろう。それを間一髪で受け止めたアカリ。

「えぇ、任せて。涼子。貴女と司は、必ず私が守る」

彼女の身体の護符を確認すると貼りつけた6枚全てが焼き焦げていた。人間六人分。先程の技はそれほどのダメージを使用者に負わせる物だった。

(──────)

それは決意。

何を失してでも目の前の敵を倒す、という、当然確定事項の再確認。

故に少女はその名を謳う。

人類の存在するあらゆる世界、あらゆる時代に於いて、人類が遭遇したとされる原初の奇跡ことわり本能ヒトが恐れ、理性ヒトが畏れた、文明の光。

少女は今、確殺の決意を持って、そのを体現する。

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