第18話 神代遺跡群イクソシア


 春の息吹が感じられる蕾の月。

 俺達プルトス中等教育学校の三年生たちは、街の北にある遺跡群に遠足に来ていた。

 少し興奮気味の同級生たちからは大きく距離をあけて、俺は眼前に広がる要塞のような遺跡に目を向ける。

 正式名は『神代遺跡群イクソシア』。元は魔法がまだ善のものであった時代にできた複合研究施設らしい。師匠が目を輝かせて解説してくれたことがある。

『この遺跡はすごいぞ、ウェント! なんらかの魔法的防護がかけられていて神代の書物がまるまるきれいに残っている! こんな遺跡、大陸広しといえどそうそうない!』

 そのあとつらつらと遺跡の解説を始めたアローサル師匠を、俺とシルフィとレフが生暖かい瞳で見守っていたっけ……。


「懐かしいな……」

「懐古モードのところ悪いんだけど、ほかの子たちはもう行っちゃったわよ」

「え」

 あきれ顔をしたシルフィの言葉に辺りを見渡すと、あれだけいたクラスメートもその引率の先生も居なくなっていた。

「やーい、ぼっちのたつじんー」

「……」

「ああああああ寒い寒い寒い!! わかったわかった! 悪かったわよ!」

 謝るなら最初から言うんじゃねえよ。

 シルフィにかけていた凍える風を止めて、俺は小さく肩を落とす。

「……まあ、俺の目当ては『プシュケの祭壇』だし……お宝さがしが目当ての連中とはどうせ別行動になっただろうさ」

『イクソシア』には神代の魔導具がきれいな形で残されているらしい。たとえ見つけてもプルトス──ひいてはアンドレイア王国に回収されるが、トレジャーハントは心くすぐるものがあるだろう。

 そんな中で『悪魔召喚の儀式に使われた祭壇』を見に行くのなんて、俺ぐらいのものだ。

「確か、『プシュケの祭壇』は遺跡群の東の方にあるんだよな……さっそく行ってみるか」

「りょうかーい」

 シルフィが俺の頭に乗っかって気の抜けた声を上げる。こいつはこいつで全く興味がなさそうなのがなんか腹立つ。

 探索経路を確認しながら『プシュケの祭壇』がある遺跡が見えてきたところで。

「げっ……」

 俺は前方に人影を見つけて近くの岩陰に身を隠した。

 これがほかの観光客や物好きな学校の人間だったら別に隠れることもないんだが……。

 目の前にいたのは、街中で俺に石を投げつけてくる反魔法組織の構成員達だった。

 五人組の彼らは難しい顔をして遺跡の中に入っていった。

「なんであいつらがここにいるんだよ……」

「歴史オタクなんじゃないのー?」

「そんな殊勝なやつらか? 魔法憎しで平気で歴史を修正しそうなんだが」

「じゃあ、アンタを待ち伏せてるんじゃない?」

「……ありえそう」

 俺が学校の行事でここに来ることをなんらかのルートで知って、俺が興味がありそうな施設に先回り……なんか俺のファンみたいだな。


「……しょうがない。面倒ごとは避けたいし、別のとこに行くか」

「──何してんのよ、こんなところで」

「うぇっ!?」

 背後から不意に声をかけられて、変な声が出た。

「……って、イーラかよ」

「悪かったわね、イーラで」

「なんも悪くはないけど……お前こそ、なんでここに?」

 俺が尋ねると、イーラは颯爽とサイドテールをなびかせた。

「あなたと一緒に回ろうと思って」

「………………はぁ」

「ちょっと! 何よその気の抜けた反応は!?」

「なんか、突拍子がなさ過ぎて……ナンパ避けか?」

「……そうよ」

 打って変わってバツが悪そうに口をとがらせる。そんなところだと思ったよ。

「卒業間近の最後のイベントだからって、浮かれた男子の多いこと多いこと……! 撒いてくるのにも苦労したわ」

 なんだろう、この半分自慢が混ざった愚痴は。俺なんてナンパどころか全員からおいてかれたっていうのに。


「シルフィ、こういう時なんていえばいいと思う?」

「大変ですね(笑)」

「大変ですね(笑)」

「馬鹿にするなぁ!!」

 作り笑いを浮かべる俺とシルフィに、イーラが噛みつかんとばかりに距離を詰める。割と本気で怒っているっぽい。


「悪かったって。それでも、魔法使いの俺と一緒にいられるのは見られないほうがいいんじゃないか?」

「ほかに頼れそうなのが居ないし、苦渋の決断よ」

「悪かったな、そこまで悩ませて」

「──まあそれに」

 不意にイーラは、茶化そうとした俺の顔を見つめる。

「あの話を聞いてから、世間体を気にしていた自分が恥ずかしくなったの。中学最後のイベントぐらい、素直にあなたと一緒に過ごそうと思って」

「…………お、おう」

 その発言で、先日の『セルビトロスの森』で彼女に抱きしめられたことを思い出し、自然と頬が熱くなる。

「ヒュ~」とシルフィが口笛を吹いた。やかましい。


「……わかった。それなら一緒に回るか……と言っても、俺が行きたかった『プシュケの祭壇』には行けそうにないけどな」

「え、どうして?」

 俺はイーラにかいつまんで事情を説明した。

「……そんなの、別に気にしなければいいじゃない」

「えぇ……」

 俺の説明を聞いたイーラはあっけらかんと言う。

「やられたらやり返せばいいのよ。そんなことで見たかったものを我慢するなんて勿体ないじゃない」

「身も蓋もないことを……まあ、確かにイーラの言う通りか」

 普段やっているように、適当にあしらえばいいだけの話だ。単純に面倒だから、わざわざ街の外でもあいつらと関わりたくないだけで。

「わかったよ、それじゃあ行くか」

「案内と解説、よろしくね」

「よろしくー」

「誰が観光ガイドじゃ」



 遺跡に入ると、岩をくりぬいたような通路と橙色の明かりが俺達を出迎えた。発光元は壁に連なる魔導具だ。

「これって、もしかして神代の時に作られているの?」

「ああ」

 魔法の電灯を指すイーラに肯定を返す。

「『空間上のマナを魔力に変えて恒久的に魔導具を運用する』……この技術が千年以上前に実用されているんだからすごいよな」

「本当ね……」

 さらに──イーラにはわかりにくいので言わないが──それらを長い間保護してきた防護魔法もかなりの代物だ。現代の魔法使いでは再現ができないほどに。

 その魔法をかけたのは恐らく、現代でも記録が残っている一人の魔法使いだろう。

(その魔法使いとこの遺跡の関係性は、今でも不明なままだけどな)

「何か考え事?」

「いや、なんでもない」

 シルフィからの質問に短く答え、俺はイーラの横をのんびり歩く。

『プシュケの祭壇』に続く道をしばらく歩くと、扉がいくつか現れた。俺達は好奇心に導かれてそのうちの一つを開ける。

 現れたのは文机のようなものと、動物の頭蓋骨だった。誰かの研究室らしい。


「これは……ヤギの頭骨?」

「悪魔召喚に使う予定だったのかもな」

「悪魔を呼ぶために動物の骨を捧げるのって、絵本だけの話じゃなかったのね……」

 感心して呟きながら、イーラは部屋の中を物色する。

 ふと、サイドテーブルに置かれていた物体を手に取った。赤と紫の渦が巻いた、どこか不気味な箱だ。

「おいおい、あんまり触らないほうがいいぞ?」

「なによ、一般に開放されているんだから危険はないでしょ?」

 俺の制止を気にせずイーラはその箱の蓋に手をかけ──

『ウケケケケケケ!』

「ひぃあああああああああああああああ──!?」

 びょーん、と出てきたばね仕掛けの人形(音付き)にのけぞり悲鳴を上げた。

 びっくり箱を放り投げたイーラがっしりと俺の腕をつかむ。


「なななな、なにあれぇ!?」

 よっぽどびっくりしたのか、小刻みに震えるイーラに笑いそうになるのを必死にこらえながら俺は答える。

「神代のびっくり箱……ではないな。たぶん、以前ここに来た子供が忘れていったものじゃないか?」

「もう、管理者がちゃんと片付けてよね……」

「だからあんまり触れるなって言っただろ?」

「…………あなた、あれがびっくり箱って知っていたわね?」

「うーん、お答えしかねる」

「図星!」

 腕をつかんでいたイーラの手が、俺の肩を強かにはたいた。


「──ねえ、この『イクソシア』って遺跡はどうして現代にまで残っているの?」

「……? 防護魔法のことか?」

 部屋でのひと悶着のあと。再び祭壇に向かい始めたところでイーラの口から出た質問に俺は首を傾げた。

「そうじゃなくて、この遺跡が遺跡になった理由よ。形はきれいなままだし、防護魔法がかけられているぐらいに大事にされていた施設なんでしょ? なのに、どうして人がいなくなったのかって……」

「うーん……イーラのその質問には答えたいところなんだけど……じつのところ、師匠もそれはわからなかったみたいなんだ」

「えっ、そうなの?」

 意外そうにイーラが目をみはる。


「そもそもこの遺跡……イクソシアっていう研究施設は神代の文献に全く出てこないんだよ。だから、この遺跡が発見されたときは学会がひっくり返ったらしい」

「とんでもない曰くつきじゃない!? そんな遺跡が観光名所になってるのって……」

「神代遺跡の重要性は、考古学に明るくないと実感しにくいからしょうがない」

 あきれ顔を隠そうともしないイーラに、俺も似たような顔を向ける。

 ここには誰も知らない神代の秘密が眠っているかもしれないのに、偉い人たちにはわからないんだろう。

 ……わかりたくない、かもしれないが。


「……じゃあ、召喚した悪魔に滅ぼされたわけじゃないのね。なんだか安心した」

「とんでもないこと考えてたんだな」

 相変わらず想像力がたくましいな、俺の幼なじみは。

 俺が思わず吹き出すと、イーラは少し頬を赤らめて唇を尖らせる。

「だって、子供のころ読んだ絵本の中に、悪魔が街の人々を冥界に連れて行っちゃう話があったんだもの……」

「ああ……『ハーメリアの悪魔』か。懐かしいな」

 どこかから現れた悪魔が、その姿を見た街の人々を連れ去ってしまうという物語だ。

 その名前とともに『ハーメリアの悪魔』にまつわる話を思い出した。

 ……ただ、不安がっているイーラにこういうことを言うのは、あんまりよくないことかもしれないな……。

 どうしようかな……まあいいか……イーラの慌てる姿も見たいし。

「……それ、実は古代の実話を基にしたものなんだよ」

「ちょっ……!」

 少し迷った末に放った俺の言葉に、イーラは案の定顔を青ざめさせた。

「な、なんで、今、そんなこと言うのよ! わざとよね、わざとでしょう!? 私の反応を見て楽しむために言ったんでしょ」

「ははは」

「笑ってないで、せめて否定しなさいよ!」

「ごめんごめん。ただまあ、この遺跡とは全く無関係だよ。大体、悪魔がこの時代にいるわけが──」


「うわぁあああああああああああああああっっっ──!?」


 イーラをなだめようとした俺の声は、通路の奥から聞こえてきた悲鳴にさえぎられた。

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