第13話 冬空下の自白
アンドレトゥス高等学校の合格通知書が届いたのは、試験から三週間が経った頃。ちょうど、中等学校の最終試験の日程と内容が発表された日の、夕方だった。
八芒星を象った真紅の蝋で封をされた一通の封書。
部屋に入るのももどかしく、その場で開封した。
シルフィと一緒に恐る恐る文面をのぞき込むと──
『貴殿はこの度、アンドレトゥス高等学校に合格いたしました』
と質素な文字で綴られていた。
「「やったー!!」」
なんだかんだ合格するとは思っていたが、試験官を蹴飛ばしたことが不安でしょうがなかったので、俺とシルフィは諸手を挙げて喜んだ。
あんまりにも大声だったので、家の前の通りを行く人々が何事かと目を向けてくる。
「やっべ……」
俺はそそくさとその場を後にし、家の中に入った。
「──イーラも合格したのか」
「ええ。ま、私は受かると確信していたけどね!」
うそつけ、昨日までめっちゃ顔色悪かったぞ。
記憶性能に重大な問題を抱えているらしい幼馴染のドヤ顔に、俺は苦笑を浮かべた。
場所はいつもの『セルビトロスの森』の中。
お互いに防寒服に身を包んだ俺とイーラは、丸太に腰かけ互いの祝報を伝え合った。
シルフィは寒いからという理由で家に引きこもっている。今頃はアメラが淹れた世界一美味しい紅茶を飲んでいることだろう。
「お父様も喜んでいたわ。試験前はあんなにやめておけやめておけってうるさかったのに、単純よね」
愚痴っぽく言いながらも、イーラの表情は晴れやかだ。
「あなたのお父様も、合格には喜んでくれたんじゃない?」
「向こうも把握はしていると思うけど、直接喋ってないからわからないな。アメラは号泣しながら喜んでくれたけど」
あの時のアメラの泣きっぷりは凄かった。泣きすぎて脱水症状になるんじゃないかと心配になったぐらいに。
「ふーん? でも絶対嬉しいと思ってるわよ。長男がアンドレトゥス高等学校に入学するんだから」
「そんなものかな」
アメラも、「お父さまもお母さまも喜んでいました」と言っていたが、ちょっと実感がわかない。母さんはともかく、父さんはな……。
「……まあともかく、あと残ってるイベントは卒業遠足ぐらいか?」
「ええ。今年は北の遺跡群に行くらしいわよ」
思考を切り替えた俺の言葉に、イーラがちいさく頷く。
俺達の通う中等教育学校はこの芽吹きの月に卒業生全員で遠足に行く。巣立っていく生徒達へ最後の娯楽を与える目的だ。
「北の遺跡群ねぇ……たしか、『プシュケの祭壇』があるんだよな」
「なにそれ?」
「神話時代の魔法使いが、悪魔を召喚するために作ったものらしい。一度行ってみたいと思っていたんだよな」
「へぇ……この国にもそんな魔法遺産が残っているのね」
イーラが意外と言う風に呟いた。
「びっくりするよな。俺の師匠も『この国にはまだ見ぬ神代遺跡がたくさんある』って興奮していたし」
じっさい、アローサル師匠がこの国を出て行かなかったのはそういった理由があったかららしい。
魔法──特に古代や神代の魔法の話になると、目の色が変わる人だったからな。
目をきらめかせる師匠の顔を思い浮かべて、俺はあることを思い出した。
「……そういえば、アンドレトゥスに合格したら、俺の師匠に会わせるって約束してたよな」
「あら、覚えていたの? 私から言おうと思っていたのに」
「おいおい、俺を誰だと思っているんだ? 約束は四割ぐらい守るウェントさんだぞ?」
「その達成率だと、疑われるのは当然の話ね……」
イーラがため息をつく。
「ははは……それじゃあ、今から師匠のところに行くか。案内するよ」
俺が立ち上がり歩き出すと、戸惑いを含んだ声。
「えっ、そんな急に? 私、お土産とかなんにも持ってきてないわよ」
「いや、いいよ。そういうのは、気にしなくて」
振り向きざまに答えると、イーラは怪訝そうに首を傾げるのだった。
俺とイーラが普段会話をしているのは、アローサル師匠の家とプルトスの中間地点ぐらいにある空き地だ。
そこから木々の無い獣道をしばらく進むと、アローサル師匠の家にたどり着く。
「ああ、やっぱりこの道だったのね」
「気付いていたか」
いつだったか、魔獣が見当たらなかったときにイーラがこの道の先に行きたいと言い出し、俺が慌てて止めたことがある。
「まあ、あの時のあなた、あからさまにこっちの方向に行かせたがってなかったし。てっきり最初は、ドラゴンでも飼っているのかと思ってたけど」
「なにその妄想……」
想像力がたくましいな。意外と作家の才能があるのかもしれない。
落ち葉を踏みしめながら、イーラが首を傾げる。
「でも、なんでそんなにあなたの師匠と私を会わせたくなかったわけ? それなのに今日はあっさりと『会わせる』なんて言うし……」
「……まあ、色々と理由はある。イーラには不快なこともあると思うけど、聞きたいか?」
「…………ええ、聞かせて」
少しだけ硬くなった声が、背後から聞こえてきた。
歩くペースは落とさずに、俺は語り始める。
「原因はもちろん俺にあるんだけど……俺はもう、あまり他人を信じられないんだ」
魔法使いになって。家族から疎まれて。街の人々から石を投げられて。
「だから、正直……イーラともここまで話す仲になるとは思っていなかった。幼なじみとはいっても、一度は縁が切れた間柄だからな」
去年の秋に、このセルビトロスの森で彼女と再会したときは、正直面倒だと思った。いまさら、もう一度幼い頃の様に戻れるわけないと思っていた。
「それでもお前は、ここに来続けた。まいにちまいにち飽きもせず、引きこもって壁を作っていた俺の隣に居続けてくれた」
「それは、私があなたに教えてもらう立場だったし……」
「それでも、投げ出さなかっただろ。厳しい特訓も。退屈な講義も。悪人の俺と居ることも」
ひょんなことで笑って、馬鹿話で盛り上がって、時にはケンカをして、また二人で笑って。
そんな日々が、俺は──
「嬉しかったんだ。本当に。俺と向き合ってくれる人が、妹以外にまだこの街にいてくれたことが」
冬の冷たい風が、熱を帯びた俺の頬をなでる。
「昔みたいに俺と話してくれて、弱みまで見せてくれたイーラに──だから俺も、自分の罪を言わなきゃいけないと思っていた」
歩みを止める。
目の前には頂上部が焼けた巨大樹と、白磁色の岩。
ここは、いつまでも変わらない。
二年前のあの日から、後悔と別離を残したまま、いつまでもこの森に残っている。
「ここは……?」
止む足音。次いで、疑問の声。
「……一つ訂正させてくれ。俺はイーラに師匠を会わせたくないんじゃない。他の誰にも会わせたくないんだ」
「それは……あなたが、魔法使いとつながりを持っていることを知られないため……? いえ、あなたが魔法使いであることは街の多くの人が知っている。いまさら、そんなことは気にしないわよね」
「そうだな。どちらかというと、もう誰も師匠には会えないんだ」
「そ、……それは……どういうこと?」
体を横にずらして、イーラにもその岩が見られるようにする。
「これは……『アローサル・アルゲントゥム』……? 大戦の英雄の名前、よね。もしかして、あなたの師匠がアローサルなの?」
「そうだ」
俺が肯定すると、イーラが目を剥いて振り返ってきた。
「そ、そんな重要なことを、いままでよく隠していたわね!? ていうか、そんな偉人なら、たとえ魔法使いでも私だって会いたかったわよ!?」
「だから、言っているだろ。……もう誰も、師匠には会えない。イーラも、アメラも、シルフィも──弟子の俺も」
「さっきから何を…………え、うそ……そういう、こと……?」
ようやく、名前の掘られた岩の意味に気付き、イーラが声を震わせる。
「──そうだ。これは、墓石だよ。……俺の師匠、アローサル・アルゲントゥムはもう、この世にはいない」
突風が森を駆けぬけ、俺が造った簡素な墓石を叩いた。
「……それで、師匠がこうなってしまった原因は、俺にある。俺は、単純に自分の罪を語る勇気が無かったんだよ」
墓石を眺め、言葉を垂れ流す。
「アメラに語る勇気を持つのに、一年かかった。イーラには、正直、全部話すつもりは無かった。でも、イーラは偏見とか差別意識が薄いことに気づいて、きちんと話を聞いてくれそうだと思った。お前とはこれからもしばらく長い付き合いになりそうってこともあって、全部言うことにした」
俺の罪を。二年前に起きた『プルトス事変』の全容を。
「うぇ、ウェント……?」
「イーラ。俺が魔法使いであることが発覚したのはいつだった?」
イーラの言葉を遮って、尋ねる。
「え、ええ? 確か……二年前ぐらい……? それまでは普通に話したりしていたのに、急にお父様からあなたが魔法使いになったことを聞いて…………待って、にねん、まえ……?」
「そう。悪魔型の魔物が現れて、巨大な竜巻がセルビトロスの森で発生した『プルトス事変』があった頃だな」
「あれは、たしか悪の魔法使いが魔物を引き入れた事件だったのよね……? 竜巻は、魔法の余波で……」
「街の人々がそう信じている情報は、全て間違っている。あの悪魔は、この街に偶然やってきただけだし、あの竜巻を起こしたのは──俺だ」
「──ッ!?」
はっ、と息を呑む音。
「……ここまでにしておくか?」
俺のこの告白は、完全に自己満足の物だ。内側に入られることをこれまでは拒絶しておきながら、「踏み込みたいのなら、もっと奥底まで来い」と今更主張する、傲慢の塊だ。
だから、イーラにはそれを拒否する権利がある。今ならまだ、真実の一端を知っただけで、背負う必要はなくなる。
だが──
「……いいえ。すべて、聞かせて。あなたの人生が変わってしまった、あの日のことを、全て」
イーラは首を横に振ると、まっすぐ俺を見つめ返してきた。
その在り方はが、たたずまいが、今の俺には瞳が焼かれそうなほどに美しくて──
「………………ありがとう」
だから俺は、小さく消え入りそうな声で感謝を述べて、二年前に記憶を巡らせた。
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