閑話 講師陣、かく語りき


 


 運動場を取り囲む雑木林の奥地。監視用の魔道具で第二試験の内容を一部始終見ていたその女性は、やっと終わった仕事に対してため息をついた。

「収穫はあったか……」

 左手に杖を持つエルフの女性だ。金色の長髪を靡かせ、碧色の瞳で見据えるのは、一人の少年。

 蒼黒色の髪と翡翠の瞳。同じ試験会場にいた他の魔法使いを奮い立たせ、全員生存に導くという、この試験始まって以来、初めての快挙を成し遂げた人物。

 エルフの講師が、今日この場でウェントを見つけたのは偶然だった。

 そもそも彼女は試験監督をする予定はなく、今この場にいるのだってやかましくてお節介な友人に「今年、ガラクシア家の倅がウチの戦士科を受けるんだってよ」と言われ、それが国から要人監視対象に指定されている『姫』と一緒だったからで、今日は自室で研究にいそしみたかったけどコーヒーを書類にぶちまけてしまって萎えたこともあって……とにもかくにも偶然が重なった結果だった。

「──おいおい、今年の受験生はどうなってんだよ。なあ、コココ」

 噂をすれば影。女性は──コココは声をかけてきたダークエルフのロベリカに視線を向けた。

 暗褐色の肌に、暗紫色の髪。コココとは対照的に実りのいい双丘を揺らして、ロベリカは頭をかく。

「せっかくアルカ・デ・ガラクシアの無双劇がみられると思ったのによー! よく知らん魔法使いがあそこまでやるとはなぁー」

「……ウェント・オールビィ。私もいまだに見たことがなかったな。建国十家の中から魔法使いを志した者は」

「──は!? あいつ、オールビィ家の人間なのかよ!? なんの冗談だ!? 誰が唆した!?」

「唆したかは定かではないが……彼の師には心当たりがある」

「……へぇ?」

 コココの言葉に、ロベリカが訝しげに目を細めた。

「彼の家はプルトスにあり、その南には『セルビトロスの森』が広がっている。三年前まで、そこに住んでいた魔法使いがいただろう」

「『聖銀の魔法使い』アローサルか……あのアー坊の弟子ってことは、お前の孫弟子になるってことか」

「…………」

「そんなに嫌そうな顔するなよ……前途有望な魔法使いの雛鳥が入ってきて、本当はうれしいんだろ?」

 うりうり、と脇腹を小突かれ、コココはあからさまに顔をしかめた。

「殺すぞ……ああ、うれしいさ。あの子供は、確かに優秀だ。しっかりと勉強していて、胆力もある。周囲を惹きつける人徳を持ち合わせていて、弱きを助ける正しい心が根付いている」

「べた褒めじゃねーか」

「──だが、彼の見据えているものがわからない」

 コココの言葉に、ロベリカが「あん?」と首を傾げる。

「魔法使いは、理想に殉ずる生き物だ。どんな状況に陥っても、自分の中に確固たる願望があれば戦える」

「お前が北の魔王ぶっ殺すって思っているみたいなものか」

 コココは複雑な気分で顔をゆがめ、しぶしぶ頷いた。

「──………そうだ。ウェント・オールビィからはそれが見えない。魔法を目指す者はみな、大なり小なり野望を持っていて、言動や行動に出るはずなのだが」

 第二次試験で見たウェントの在り方は、ぐちゃぐちゃの状態に見えた。

 情に深いが、非情。慎重だが、突飛。愛されているのに、孤独。

 いくつもの矛盾を抱えているかのような。

「……あいつはなんにも持ってないってことか?」

「まだ自分の願望を見極められていない可能性が高い。あるいは……」

 ──数百年を生きるコココですら見据えたことのない、遥か高みを目指しているのか。

 何を馬鹿な、とコココは自分の考えを一笑に付した。

 もし彼が『それ』を目指しているのだとしたら、とんだ世間知らずと言わざるを得ない。

 至高の域になど、誰もたどり着くことはできないのだから。

 目を細めるコココをあきれ顔で眺め、ロベリカは嘆息する。

「お前はいつも面倒な方向に考えるよなぁ……」

「性分だ。……まあなんにせよ、これから三年間が楽しみだな」

「お、やっぱり好感度たかめじゃんか」

「おい、くっつくな、殺すぞ」

「はいはい、これから試験の後片付けだからなー」

 ピシィッ、とコココの表情が凍り付く。

「…………いやだ、かえりたい」

 それまでの寡黙で神秘的な雰囲気はすっかりいなくなり、コココは情けない声で抗議をした。が、ロベリカの桁外れの怪力で校内に引きずられて行った。

「……そういえば、人事部にこれだけは言っておかないとな」

「……ああ、そうだな」

 ロベリカとコココ──戦士科と魔法科の両学長は顔を見合わせて──

「「──あの試験官、クビ」」

  

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